第5話 「時間稼ぎ」
「失礼。我が主を貶めるのは、やめてもらいましょうか」
たじろぐ私を見かねてか、ドリスが私とクレアミスの前に立ち入ってきた。
片手を上げてドレスの長い袖をたらし、彼の視線から私を覆い隠してくれる。
勇者の視線から逃れられたことで安堵する私へと、勇者を厳しい眼差しで見据えながらドリスが言ってきた。
「予定に多少の変更がありますが、ラギア様は当初の予定通りの行動を」
「ここは私たちにお任せくださーい」
「元勇者が相手・・・腕が鳴るねぇ」
実体化した取り巻きたちも戦闘態勢に入る。
霊体のままでは精神攻撃しかできず、勇者ほどの精神力の持ち主には効果は薄い。
かつての私が、すでに実証済みであり。
そのため、有効打を与えるには実体化するしかないのである。
「・・・・・・」
私は躊躇してしまう。
相手は元がつくが勇者。
引退した今も尚、こうしてこの場の空気を支配するほどの気迫の持ち主。
その戦闘力も、こちらが想定した以上であろうことは、もはや明白。
クレアミスの足止め要員は必要ながらも、それは使い捨ての兵力の予定だったのだ。
この側近三人を使い捨てとして切り捨てるのは・・・正直、もったいないと思ってしまう。
(情が湧いた、じゃなくてもったいないって思うあたり・・・私も大概よね)
すっかり魔物の精神に染まっている自分を再認識させられるというものだった。
そんな私の内心を知ってか知らずか、微笑するドリスが小声で言ってくる。
「ご安心を。我等はギリギリまで役目を果たしますが、危なくなればすぐ撤退しますわ」
ある意味、考えようによっては、この三人が足止めをすることでかなりの時間を稼ぐことができるかもしれない。
時間を稼ぐ戦い方をする以上、不必要に攻め込むこともないだろうし、クレアミスから致命打を受ける可能性も低くなることだろう。
「ここは任せるわ。危険と思ったら撤退することも許可する。無駄死には許さないからね」
そう言い残して、私は"悪霊の手"を翼と成して、上空へと舞い上がる。
「待つんだ、ラギア!」
「待つのは貴方ですわよ!」
私を追おうとするクレアミスに、ドリスたちが立ちふさがる。
「こっからは行かせませんよぉ!」
「あたしらに付き合ってもらおうかい、元勇者さま!」
「く・・・っ」
ドリスたちが周囲の上級悪霊と違うことをすぐに見抜いたのか、クレアミスは強引な突破をせずに、雷まとう長剣を構える。
彼女たち三人を倒さねば先に進めないと、敵だと判断したのだ。
「さあ、ラギア様! お早く!」
ドリスの声を受けて、私は頷く。
「ここは任せたわよ!」
「お任せを」
「はーいっ」
「任せなって!」
私はこの場に背を向けて、あの女がいるであろうロイド宅へと飛翔。
「ラギアあああああああああああああああああああああああああああっ!」
私の背に、クレアミスの怒声がぶつけられてくる。
私の心がまた痛み、顔をしかめるも、もはや開き直りの境地。
(はいはい。ぜんぶ私が悪いんですよっと)
──パパ、またあとで、ね──
背後から、すぐに苛烈な戦闘音が聞こえ始めてくる。
元勇者と側近たちの戦闘が開始されたようである。
後ろ髪ひかれる思いながらも、私は先を急ぐのだった。
※ ※ ※
空を飛翔する私は、先を急ぎながら街並みを睥睨する。
最初こそ北区から始まった暴虐の嵐は、いまでは王都全体へと広がりを見せていた。
いたるところから火の手が上がり。
人間の絶叫や怒声が。
魔物の咆哮が。
様々な戦闘音が。
ひっきりなしに飛び交っている。
この王都はいま、私の意思によって滅ぼうとしている。
私の指示で、多くの人々が死ぬ。
それを怖いと感じる感情は・・・もはや私には、ない。
弱いから死ぬ。
運が悪かったから巻き込まれる。
それだけなのだ。
私は目的のために手段は選ばないし、選ぶつもりもない。
復讐に、一番効率的な方法をとっただけなのである。
などと考えていると、一角から爆音が。
倒壊していく建物。
下敷きとなる住民や魔物。
粉塵が舞い上がり、詳細はここからでは見えない。
・・・まあ、細事に興味なんてないけれど。
──わたしね──
ふいに、何やら思い詰めた調子のレナが声を出してきた。
──ママを倒したらパパのお嫁さんにしてもらうんだ──
『・・・・・・』
私は絶句する。
『ちょ・・・なに勝手に死亡フラグ立ててくれてるわけっ!?』
──あはは。お約束ってやつ? まあ、ジョーダン半分ホンキ半分かなー──
勘弁してくれと、私はげんなり。
『・・・ずいぶんと、余裕あるじゃないの』
──怖い声出さないでよぉ。せーっかく、場を和ませようと思ったのにー──
レナのよけいなお節介に、私は溜め息しか出なかった。
※ ※ ※
炎の波に包まれている街並みを眼下にしつつ。
やがて、その場所が見えてくる。
レナにとっては、慣れ親しんだ我が家。
私にとっては、決戦の場。
──ママが、いる──
レナの声が緊張で震える。
ここからではまだ見えないものの、感じるものがあるのだろう。
「決着をつけようじゃない・・・ササラ」
私はにやりと笑い、翼を大きくはためかる。
長き因縁に、終止符を打つために。




