第3話 「復讐の幕開け」
夜の闇が薄れていく。
──お姉さん、そろそろだよ──
さすがに緊張が隠せない様子で、レナの声も震えていた。
「・・・ん」
私は、側近たちと、控える隊長クラスの上級悪霊たちを見回す。
「各自、作戦通りに行動を」
浮かれていたドリスはもちろんのこと、全員が真剣な面持ちで頷く。
そして表情を引き締めたドリスが、副官としての立場を果たすべく、皆を見回した。
「各員、これは我らが主、ラギア様の大望を果たす戦ですわ。我等の奮戦は、すべてラギア様の御為にありますの。命を惜しむべからず! 主の御為にその命を散らしなさい!」
檄に応えるべく、しかし雄たけびを上げられないので、魔物たちが唸りを上げる。
ここで感情に任せて雄たけびを上げると、奇襲の効果が失われてしまうからだ。
朝もやの中、静寂に包まれている大森林が、魔物たちの静かな殺気で打ち震える。
(あの時は逃げることしかできなかったけど・・・)
私は自分の軍勢を頼もし気に見やる。
私のためだけの戦力。
あの時にはなかった兵力。
いまの私は、あの時とは違うのだ。
私に対してそれほど本気で追手を出さなかったササラは、私のことなんて取るに足らない存在だと思っているんだろう。
だからこそ、自ら私を始末しにくるようなことはしなかったのだ。
・・・私はあの女に、常に下に見られている。
でもその理由が、ようやくわかったのだ。
魔族を統べる魔王の感性からすれば、人族のひとりやふたり、その程度の認識なのだろう。
今日、その認識を悔い改めさせてやるのだ。
(元魔王だろうが知ったことじゃない。あいつの死体を踏みつけてやる・・・)
クレアミスも復讐の対象者だけれど、まずはササラだ。
私を殺してくれたあの女は、必ず殺す。
本来は私が得ていたであろう幸せを享受するあいつは、絶対に許すことはできない。
いまや復讐心には、恨みだけじゃなく妬みや嫉みまでが含まれていたりする。
でも残念なことに、どうやらあの女を絶望させることはできそうもないので、もう嬲り殺しにするだけでいいやと、妥協することにする。
クレアミスを殺せば間違いなく絶望するだろうけれど・・・
私の内側にいるレナが黙っていないだろう。
だからこの手は使えない。
・・・というか。
レナとの同化の影響のせいか、好物が知らないうちに変わってしまったように。
あの男へ対する感情に変化があり始めていることに気付かされる。
全ての元凶なのに。
また・・・愛しいと、思ってしまうことがあるのだ。
レナの父親に対する歪んだ愛情が、確実に私に影響を与え始めている。
私の影響を受けてレナの性格も変わってきているように、私もまた、レナの影響を受けて変わりつつあるのだ。
ただし共通の認識として、ササラが敵ということに変わりはないけれど。
このため、クレアミスに関してはササラを始末してから改めて考える必要がある。
なんにしても。
まずは、ササラだ。
クレアミスを"手に入れる"にしても。
この女が、邪魔なのである。
(ササラ・・・いま、あんたの息の根を止めにいくわよ・・・)
ゆっくりと、夜が明けていく。
私たちにとっては始まりの。
王都パテントにとっては終わりの。
運命の一日が始まる──
※ ※ ※
朝日と共に、魔物の軍勢が北門の一か所へと総攻撃をしかける。
突然の魔物の大軍による攻撃を前に、正門の警備兵だけで対処できるはずもなく。
瞬く間に警備兵は殲滅され、王都内へと物理魔物がなだれ込む。
早朝の穏やかな静けさは、魔物の興奮した咆哮と、けたたましい警報音とで、粉々に打ち破られることになる。
正門を突破した魔物勢は、作戦通りに、北区に配置されている結界発生装置へと。
まだ対処ができていない王都側の隙をついて、その総力を上げて装置を破壊。
王都を覆う薄い光の壁が、消え去る・・・
黒い波が、空から王都へと襲い掛かる。
侵入を阻む壁がなくなったことで、難なく空から入り込む悪霊勢。
迎撃態勢に入る兵士や、何事かと顔を見せる住民へと、容赦なく憑依していく。
体を乗っ取られる者。
発狂して暴れる者。
大挙して押し寄せる悪霊により、人々はたちまち狂乱の渦に。
地上の物理魔物勢も、悪霊勢に負けじと、装置を破壊後は手あたり次第に暴れ回り。
北区から始まった破壊と混乱の波は、瞬く間に全域へと広がっていく・・・
※ ※ ※
やがて聖職者たちが動き出し悪霊部隊に被害が出始めるものの、あくまでも聖職者らは悪霊に強いだけであって、地上の物理魔物に対してはそれほど効果を発揮できていない。
それとは逆で、地上物理魔物に対しては有効な騎士団も、悪霊の精神攻撃には脆く。
機先を制し、尚且つ連携をとる魔物勢の前に、王都パテントの戦力は後手後手に。
悪霊だけ、物理魔物だけ、だったならば、あるいは違った結果だったかもしれない。
だからこそ私は、念には念を入れて、両方の魔物を配下にしたのである。
すべては、この王都パテントを落とすために。
私の復讐を邪魔されないようにするためだけに。
こうして戦局は、完全に私たち魔物勢が優勢に進めていくのだった。




