第1話 「襲撃者」
想定外の事実判明があったけれど。
ついに、待ちに待った決起の時がやって来る。
戦力が十分にそろったので、私は"全軍"に号令を下した。
私を頂点とした魔物で編制された一大勢力。
ひとつの都市を落とすには、十分すぎる戦力。
それがいま、動き出したのだ。
要塞都市と名高い王都パテントへと向けて。
とはいえ、さすがに大軍勢での行軍は目立つので。
まずは小隊規模に分け、数日に渡って夜闇に乗じてこっそり移動。
かつて私が通ったあの大森林を前線基地に定め、そこで集結させる。
襲撃予定時刻は、一番隙ができるであろう夜明け直前。
夜明けまでには時間が少しあるので、面々は森林内で最後の調整中。
知性が低い物理魔物は興奮気味ながらも、完全統制下の為、暴れることもない。
「・・・・・・」
私はちらりと、ひとりの人物に目を向ける。
──違和感、あるよねー──
レナも私と同じ感想らしい。
私たちが視線を向ける先にいる人物・・・それは、一等退魔官のミスアだった。
しかしもはや、いまの彼は私たちが知る彼ではなく。
動きやすくアレンジされた女性用のドレスをまとい。
魔法で髪を弄られて伸ばされており。
薄い化粧すらしており。
元々中性的だった顔立ちのため、見た目は完全に女性だった。
「その体はどう? ──ドリス」
私に問われ、ミスア──彼の体を乗っ取っていたドリスは、満足そうな笑みを。
「完璧ですわ。思った通りですわ。ひと目見たときに、ピンときた私の勘は、間違いではなかったようですわ!」
くるりと周り、優雅なお辞儀をしてくる。
「いいよなー、その体。あたしも使いたかったわー」
「ですよねぇ。ドリスばっかりずるいですぅ」
不満げな声をもらしてくる取り巻きたち
退魔官であるミスアに完全憑依できたのは、ドリスのみだったのである。
このことから見ても、やはりドリスの力は頭ひとつ分、抜きんでているってことなんだろう。
「戦闘力もそうですが、この男子はきっと素晴らしい女装男子になると思いましたの!」
どうやらドリスは、少々倒錯した性癖をもっていたらしく。
彼女は喜々とした様子で、女装ミスアの体を満喫中。
私は思う。
ミスアという青年は、つくづく哀れだなぁっと。
姉を殺され。
そして騙され。
揚げ句に体を乗っ取られ。
思い出すは、決起間近の日。
この現状の原因となったあの日──
※ ※ ※
「襲撃!? 相手は誰っ?」
のんびりと紅茶を飲んでいた私は、突然の報告に思わず吹き出してしまう。
「相手はひとりのようですが・・・退魔官のようですわ」
ドリスの報告に、私は思い当たる人物が。
「・・・まさか」
──わたしも、あの人しか思いつかないかなー──
レナも私と同じ人物が思い浮かんでいる様子。
「かなり強いみたいですよぉ」
「ひとりで乗り込んでくるって、ラギアさまを思い出すよな」
それぞれの表情をする取り巻きたち。
そんなこともあったなぁっと思い出しつつ、私はドリスに目を向ける。
「・・・それで、いまの状況は?」
「街に住み着いている物理魔物が応戦してますわ。被害が大きくならないよう上級悪霊に援護を命じたので、いまはそれほど被害は出ておりませんが、このままだと・・・」
不測の事態に対してのドリスの的確な手腕に、改めて驚かされる。
優秀な副官である。
手ごまにして良かったというものだ。
それにしても、あのストーカーには困ったもんである。
「決起間近だってのに、下手に戦力を削られたくないわね」
──でもさー、たったひとりの退魔官にも勝てない戦力じゃ、役に立たなくない?──
レナの指摘はごもっとも。
『まあね。でも、頭数さえそろえばいいのよ。所詮は、使い捨てのコマなんだから』
支配下に置いた魔物に愛着なんか沸くはずもない。
メイドとして傍に置く悪霊たちは別だけど。
だからいくら倒されたって別に心が痛むわけじゃないけれど、作戦に影響が出るのは困る。
──ふーん。じゃあさ、何とかしないといけないねー──
(ったく。面倒な男よねぇ)
こうして私たちは、襲撃者のもとへと向かうことに。
※ ※ ※
廃墟の中で魔物に囲まれながら孤軍奮闘しているのは・・・やはり、見知った人物だった。
光の刃を出す十字架を武器に、群がる魔物相手に大立ち回り中。
数でこそ圧倒しているものの、個体の戦闘能力の差か、戦局はこちらが劣勢。
これ以上は無駄に手ごまを失いたくないので、私は魔物に指示を出した。
まるで波が引くように、退魔官から魔物群が距離を開ける。
驚いたように目を見開く退魔官に、側近三人を引き連れた私は声をかけた。
「ミスア・・・だったっけ。まさか、私を追ってきたの?」
「やはり・・・ラギア・マーティス。この魔都ダーリンの支配者がまだ幼い魔族だと聞いた時、すぐに貴女じゃないかと思いました」
「それでわざわざ、魔族国領にまで・・・」
──きゃー、ストーカー! こーわーいー!──
棒読みで悲鳴を上げるレナ。
私は嘆息ひとつ。
「っていうかさ、あんた。なんで私を追ってきてるわけ?」
こいつが知りたがっていた事実を教えたので、私を追ってくる理由がないはずなのだ。
退魔官──ミスアは、その双眸に怒りの炎を灯した。
「よくも私をだましたなっ!」
「は?」
「あれからロイド夫人を調査して、夫人にも直接話を伺いました。そのお話によれば、姉を殺したのは貴女というじゃないですか!」
「な・・・」
「夫人は、仲間の貴女を庇い、いままでずっと秘密にしてきたと!」
(こ・・・こいつ・・・)
私は愕然とする。
(あほかあああああああああああああああああああああああああああああっ!!)
すっかり騙されてるやん、こいつ!
私は思ず、内心で大声をあげていた。




