第2話「鮮烈な裏切り」
勇者から一方的に解雇された私──ラギア・マーティスは、とぼとぼとした足取りで魔王城の中を歩いていた。
そんな私に容赦なく襲い掛かってくる魔物たち。
私は無造作な動きで剣で切り捨てる。
勇者一行お供その三とはいえ、伊達に勇者パーティの一員ではないのだ。
私はそれなりに強い騎士だと自負している。
失恋して自暴自棄になってるとはいっても、こんな場所で人知れず殺されては、それこそ目も当てられない。
ただの無駄死にだ。
そんなのは御免である。
だから私は、襲い掛かってくる魔物を撃退しながら、重い足取りで帰り道を行く。
「意味わかんないから・・・っ」
やがて私の心の中には、どす黒い感情が渦巻き始めてくる。
ここが魔族の巣窟である魔王城だからかもしれない。
女三人の約束をあっさり反故にした女神官──ステラ・ミノン 。
見せ場すら奪い、私を解雇した勇者──クレアミス・ロイド。
許さない・・・
絶対に許さない・・・
このふたりを、許してなるものか・・・
そんなことを頭の中でぐるぐる考えていたせいだろうか。
私は迷ってしまった。
ただでさえ迷路のような魔王城なのだ。
私は途方に暮れてしまう。
(ちょっとぉ・・・もう勘弁してよぉ・・・)
泣きっ面にハチとはこのことか。
私がいったい何をしたっていうんだろうか。
ちょっとだけ、夢を見ただけじゃないか。
魔王を討伐した後の勇者は、国にて確固たる地位が約束されている。
そんな勇者の嫁になれば、将来は言うまでもなく安泰である。
優しくて力強くて。
一緒に旅をするうちに、打算とか関係なく勇者に惚れてしまった。
魔王を討伐した暁には・・・
そんな甘い幻想は、裏切りという形で打ち砕かれてしまったけれど。
さらにトドメには、その勇者から「お前いらない」発言。
そして・・・魔王城でのたったひとりでの迷子。
泣きたくなってくる。
(もういっそ、魔物にここで殺されよっかな・・・)
などと、そんなことを思っている矢先だった。
曲がり角を曲がると、ちょうど前方の曲がり角へと姿を消す人物を発見した。
(あれって・・・ササラじゃん。なんでこんな場所に)
勇者パーティに在籍する女三人のひとり、女魔術師のササラ。
私同様に、女神官に出し抜かれたひとりだ。
てっきり、いまごろは魔王戦の真っ最中だと思っていたけれど・・・
私は思わず忍び足になり、こっそり彼女の後を追う。
なんとなく、彼女の言動が気になったのだ。
このタイミングで、この場にいるはずのない彼女。
気にならないと言うほうが、嘘である。
※ ※ ※
ササラが足を止めたのは、魔王城の宝物庫だった。
開かれた室内から覗く金銀財宝に、思わず見とれてしまう。
女魔術師は、それら財宝に目もくれず、何かを探している模様。
(なにやってるんだ、あいつ・・・まさか火事場泥棒?)
扉越しに中を窺う私に気付くことなく一心不乱に物色していた彼女は、やがてお目当てのものを発見したらしく、いつもの気色悪い笑いを浮かべた。
「くふふ・・まさかこれを使うことになるとは。ですが、これでクレアミスを・・・」
「あいつを、どうするつもりなわけ?」
いつまでも隠れているのも馬鹿らしくなり、私は堂々と姿を現した。
私に驚いたようにササラは目を見開くも、すぐに平静さを取り戻す。
「くふふ。誰かと思ったら、解雇されたラギアじゃないですか」
「五月蠅いわね。んで、あんたが手に持ってるそれ、なんなの?」
女魔術師が左手に持っている小瓶を指摘すると、彼女はにんまりと笑みを深くした。
「あの売女に出し抜かれたままじゃ面白くないじゃないですか」
「・・・まあ、ね。抜け駆けしないって固い誓いをしたのにね」
「この薬は、惚れ薬なんですよ」
「まじでっ? ってか、なんでそんなもんがここにあるって知ってるのさ」
「惚れ薬なんて便利な代物、知っておいて損はないでしょう?」
抜け目がないな、と私は内心で感嘆する。
しばらくの間一緒に旅をしてきたからこそ、わかる。
この女のこういう計算高さは、称賛に価する。
ササラはゆっくり歩きながら、私に近づいてくる。
「いまから魔王戦に戻って、事故を装ってあの売女を殺します。そして傷心のクレアミスにこの薬を使い・・・くふふ。私のものにします」
「・・・それを聞いてさ。私がこのままあんたを行かせると思う?」
もちろんのことながら。
私に正義心があっての発言じゃない。
こいつからその惚れ薬を奪い取り、私がそれを使って勇者を手に入れる。
(私を捨てたあいつを、一生こき使ってやるんだ!)
ステラを殺すという意見だけは、同意見だったけれど。
「その惚れ薬、渡してもらうよ」
「くふふ。貴女なら、そういうと思っていましたよ」
この旅で私の人となりを少なからず把握しているササラは、無造作に行動していた。
あまりに自然な動きだったために。
そしてまだ会話の途中だったために。
私は、反応が遅れてしまう。
「な・・・っ」
女魔術師はあろうことか、隠し持っていたナイフで、私の首元を切り裂いていた。
突然のことに痛みは感じなかったけれど、全身の力が抜けて、その場に崩れ落ちる私。
「ちょ・・・な・・・ごぼっ・・・」
血塊が喉につまり、うまく声を出せない。
床に血の華を咲かせていく私を、ササラは冷たい眼差しで見下ろしてくる。
「ここで貴女が死んだとしても、それは魔物に殺されたからってことにします」
(こ・・・このアマああああああああああ! やりやがった!!)
声が出せない代わりに精一杯の憎悪を込めて睨み上げるも、大した効果は見込めない。
(躊躇なくいきなり殺しにくるか普通!? 頭おかしいんじゃないのか、こいつ!)
自分のことは棚に上げて、私は内心で絶叫する。
結局のところ、先に私がやられていなければ、私がこいつを殺していたわけなのだ。
「くふふ。私と貴女はよく似ている。だから、行動も先読みしやすい」
勝ち誇る女魔術師が憎たらしいものの、もはや全身に力が入らない。
私は・・・もうすぐ死ぬ。
あまりの惨めさに、涙が浮かんでくる。
戦いの果てに死ぬのでもなく。
仲間からの不意打ちで、こんな場所で殺されるなんて。
「くふふ。このままじゃ、貴女があまりにも哀れすぎますね」
嘲笑を見せるササラは、整然と並べられている魔法アイテムの中からひとつをかっぱらい、もはや焦点が合わなくなりつつある私の眼前に、静かに置いた。
「これは、輪廻転生に影響を及ぼすと言われている魔法具です。効果のほどは試したことがないのでわかりませんが、そういう効果を秘めているそうです」
意識がぼんやりしてきた。
急激に寒くもなってくる。
「生前の記憶を維持したまま転生できるようですが、転生を繰り返すうちに記憶が薄れていくそうです。まあそれも、実証したわけじゃないので、断言できませんがね」
私を殺した女が、何かを言っている。
もうあまりよく聞き取れない。
「くふふ。転生先は選べないようです。虫けらに転生するかもしれないし、魔物に転生するかもしれません。まあ、貴女がどうなろうが、私には関係のないことです」
女の嫌らしい笑い声だけが、やけに耳障りに聞こえてくる。
「では、これでお別れです。ラギア、貴女のこと、嫌いではなかったですよ。くふふ」
女魔術師が立ち去っていく。
その場にひとり取り残された私は、薄れゆく意識の中、眼前に置かれた物を見る。
二対の竜を台座にしたオーブ。
(私はこのまま死ぬ・・・?)
冗談じゃなかった。
ここまで馬鹿にされて。
このまま終わるなんて、あんまりだろう。
あの女魔術師は、ただの気まぐれで私にチャンスを残した。
だったら私は・・・
あいつらに復讐するために・・・
転生してやる!
(覚えてろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!)
最後の力を振り絞り、オーブへと手を伸ばす。
そこで私の意識は、途切れるのだった・・・