第6話 「魔都」
ダーリンの悪霊を支配してから、早十数日が過ぎる。
実体化できる悪霊のほとんどは、私の直轄配下ということにして、メイドという形で傍に置き、屋敷の維持管理を任せていた。
当然ながら、実体化した彼女たちの服装は、ちゃんとしたメイド服である。
私の支配の影響力下にあるために逆らう者もなく、みんな真面目に働いてくれている。
むしろ、喜々としている部分さえ、見受けられるほどだった。
私の近くにいればいるほどに、支配者たる私からの恩恵が強くなるらしく。
みんな喜んで、メイドとしての仕事を全うしていたのである。
※ ※ ※
私は自室にて、紅茶を飲みながら優雅なひと時を過ごしていた。
(感無量、って感じかねぇ)
多くの使用人を抱える大富豪というものに憧れていたものだけれど・・・
まさか、こんな形で夢が叶うとは思ってもいなかった。
人生、何があるかわからないというものである。
生活必需品や食料、通貨等の確保も命じると、メイドたちはどこからか調達してくるので、生活に困ることもなく。
どうやって調達してくるのかは、あえて聞かない。
私は、何も知らないのである。
責任転嫁というなかれ。
表立って行動するなと厳命しているし、彼女たちもあからさまな行動はしないだろう。
だから私は何も聞かず、ただ受け入れるのみなのだ。
──いっぱい人が増えて、なんか賑やかになったねー──
『人ではないけどね』
素直に嬉しそうなレナにそう答えてから、私は紅茶が入ったカップに口をつけていた。
こんなに満ち足りた日々は、初めてかもしれない・・・
私の人生なんて、ごくごくありふれたものだったりする。
普通の家柄に生まれ。
父の影響を受けて騎士を目指し。
ひょんなことから勇者と知り合い。
勇者パーティの一員となり、魔王討伐へ。
・・・その後の展開は、推して知るべし。
(いまとなっては懐かしいわねぇ・・・)
まったくの偶然だったと言ってもいい。
私が旅先で魔物と交戦中に、助っ人に入ってきたのが勇者だったのだ。
その後、何かと意気投合して、勇者パーティに入ったというわけだ。
何を隠そう、この私が勇者パーティの第一号だったりする。
それなのに、いまじゃ・・・
(悪霊にまで堕ちたわけだけど・・・)
復讐に失敗して、再起を図るべく戦術的撤退をした結果、いまの私はかなり裕福となっている。
本当に、人生何があるかわからない。
・・・とはいえ。
穏やかな毎日を怠惰に過ごしていたわけではなく。
来るべき復讐のための準備を、怠ってはいない。
悪霊部隊に命じて、周辺の野良魔物の調伏も行っているのだ。
たまに私自身も出征しては、直々に調伏する魔物も少なからず。
ただ少し、気になる点がひとつ。
最近になって、私が出征した時、奇妙な視線を感じるようになったのだ。
しかも何度も。
敵意は感じられないので放置しているものの、気になる案件ではあった。
というか、気持ち悪い。
透明化した悪霊で様子を探らせると、私を見ているのはオーブを持った魔族だった。
当然ながら、まったく知らない顔である。
──排除しなくていいの? お姉さん──
『馬鹿ね。これだからお子様は』
可愛い顔で物騒なことを言ってくる幼女に、大きな椅子に深々と座りながら、やれやれと息を吐く。
『そいつを殺すのは簡単だけどさ。まずは背後関係をはっきりさせる必要があるでしょ?』
──背後関係・・・? 魔族だから、ママは関係ないと思うけどなー──
『ササラじゃないとしても私たちを監視してくる以上、どっかの勢力でしょ。それがどこなのか、はっきりさせておかないと。だから、尻尾を掴むまでは泳がせてるのよ』
敵なのか味方なのか・・・まあ、味方ってことはないだろうけれど。
──ふーん・・・ちゃんと考えてるんだねー。そういうのは、ちょっとわかんないや──
『大人と子供の差ってやつよ』
こちとら、生前は何度も生死をかけた修羅場をくぐってきているのだ。
温室育ちのお子様では、そこまで考えつかないだろう。
神童と言われても、まだまだ人生経験の少ない子供ってことだ。
『・・・まあ。そうは言っても、追跡はちょっと困難なんだけどねぇ』
どうやらその魔族、用が済んだらすぐに転移魔法でどっかへ行ってしまうのだ。
さすがに転移されては追跡のしようもなく。
『・・・そういや、あんたさ、いろんな魔法に詳しいのよね?』
そのせいで、私とレナは一蓮托生になってしまったのだから・・・
──そうだよー──
『転移魔法の転移先がわかる魔法とかってないわけ?』
──んー・・・あるには、あるけどさー──
『ん? なんか歯切れ悪いわね』
──なんていうかさ、あるにはあるんだけど・・・その対象が妨害の魔法をかけてたら、結局はわかんないんだよねー──
『妨害・・・か』
ありえない話じゃない。
けどまあ、試してみる価値はあるってところだろうか。
『とりあえず、その魔法教えてよ。ダメもとでさ』
──いいよー──
なかなか面倒くさい相棒だけれど、こういう時は役に立つなと思う私だった。
ちなみに。
その魔族は妨害魔法を使っていたようなので、結局は無駄に終わっていたけれど。
※ ※ ※
そして話は戻り。
悪霊部隊を使って支配した物理魔物は、時が来るまでは放逐していたりする。
そのことを不思議に思ったのか、執務室の椅子でまったりしている私に、レナが聞いていた。
──お姉さん、なんで支配した魔物をさ、ほったらかしにしてるの?──
『ん? そんなの決まってるじゃない。食費がかかるからよ』
──食費?──
『そうよ。食べる必要性のない悪霊と違ってさ、生物である魔物は食べなきゃいけないじゃない』
とてもじゃないけれど、、軍団規模の魔物を養うなんて無理な話である。
だから来るべき日が来るまでは、とりあえず今まで通り好き勝手に生きてもらうのだ。
とはいえ、好き放題生きて討伐されるなんてオチも困るので、ある程度は管理するけれど。
──ふーん・・・でもさー、悪霊のお姉さんも、いろいろ食べてるよね──
『馬鹿ね。確かに”私”は悪霊だけど、いまは生物であるあんたの身体がメインなのよ。この肉の体を維持するには、普通に食べなきゃいけないのよ』
──肉の体とか。なーんか、やらしー言い方ー──
『・・・どこがよ』
本気か冗談か、レナの発言に私は嘆息ひとつ。
と、そこへドリスが入室してきた。
「ラギア様。ご報告がありますわ」
「んー、なにかあったの?」
「巡回部隊からの報告で、西地区の許容量が限界に達したとのことですわ」
「まじかー。思ってたよりも、早いわねぇ」
支配下に置いた物理魔物の中には、多少なりとも知性がある魔物もいるようで。
私の近くにくれば力が増すことを知ると、こっそりと廃都に住み着いていたりするのだ。
最初こそ少なかったものの、いまではかなりの数がこの廃都に生息することに。
その中には繁殖して数を増やす個体までいるので、なかなか管理が大変だったりもする。
廃都の巡回部隊を編制して、見回りを強化して対応していたわけだけど・・・
「如何いたしますか? ラギア様」
「どうするもなにも・・・まあ、仕方ないって感じかね」
来る者は拒まず。
去る者には鉄槌を。
私の支配下にありながら逃げる者には容赦ないけれど。
従う者に関しては、私は寛容なのである。
「他の地区はどんな感じ?」
「北地区が6割、南地区が8割、東地区が4割といった所ですわ」
「なるほどねぇ。じゃ、とりあえず当面は、まだ空きが多い東に誘導してあげて」
「了解しましたわ」
その指示を伝えるべく、ドリスは一礼すると静かに退出していった。
──仲間がいっぱい増えてくねー──
嬉しそうにレナが言ってくるも。
『馬鹿ね。仲間じゃないわよ。所詮は、使い捨てのコマよ』
──むう・・・わたしさ。お姉さんのそういう冷たいところ、ちょっと嫌いだなー──
『あっそ。別に嫌いでけっこう』
同族である悪霊はともかく、知性の低い物理魔物を仲間とは思えないし、その必要性もないのだ。
──わたしさー、メイドさんばっかりで、なーんか味気ないなーって思ってたんだよねー──
『は? どういう意味?』
──ペット、ほしいなーって──
『・・・あんた。まさか魔物をペットに欲しいとか言いださないわよね・・・?』
──うふ。可愛いのがいたら、欲しいな~──
『・・・あんたって子は・・・』
魔物をペットとか、とんでもない発想である。
これだから、子供ってのは・・・
つくづく、子供のやることには驚かされる。
助かる為とはいえ、私と同化する手段を選んだ時のように・・・
※ ※ ※
着々と戦力が充実していくことに、私は満足していた。
(待ってろよササラ・・・クレアミス。もうすぐよ・・・もうすぐだからね・・・)
どんなに満ち足りた時間を過ごそうとも。
私の中で燻る復讐の炎は消えることはなく。
この復讐を完遂しないことには、私は先に進めないのだ。
だからこそ私は・・・必ず復讐する。
でも・・・
最近の私は、クレアミスに対して以前ほどの強い憎悪が薄れてきていることに気付いていた。
原因は言うまでもない。
同化したレナのせいだろう。
彼女の感情が・・・私の復讐心を揺さぶってくる。
対照的に、ササラに対しては依然として変わらない憎悪があるけれど。
純心だったレナが私と同化したことで生意気なクソガキに変貌したように。
私もまた、レナが父親に抱く恋愛感情にも似た甘酸っぱい感覚に苛まれているのだ。
侵食、といってもいいかもしれない。
クレアミスに対する、私の憎悪とレナの愛情。
相反する感情が、私を苦しめる。
(あの男に対する憎しみが完全に消えないうちに、カタをつけないといけないわね・・・)
あいつらへの復讐を完遂するのが先か。
もしくは、レナを完全に支配下に置くのが先か。
・・・ありえないけれど、私がレナに敗北するのが先か。
この危険なパートナーは、文字通り、危険だったというわけだ。
”私”を変えてしまうほどに。
(・・・でも。私の復讐心は、そう簡単に消えやしないんだからね・・・)
あの時の惨めさや悔しさ・・・
決して忘れることなんてできやしない。
あいつのせいで、結果的には私は死んだのだから。
・・・私の揺れ始める感情とは別に。
いつしか廃都ダーリンは魔物の都──魔都ダーリンと呼ばれるようになり、その都を支配する魔族の少女のことは、巷で有名になっていくのだった。




