第3話 「魔族国」
移動速度が劇的に上がったことで、私はすぐに魔族国領に到着していた。
とりあえず目指すは、一番近い町。
国境とその町の間に広がる大地には野良の魔物が多数生息しているので、それが自然の壁となっていることもあり、比較的この町は安全といえた。
町からやや離れた所で着地し、そこから徒歩で町へと向かうことに。
──ねえ、お姉さん。なんでそのまま飛んで町に行かないの?──
私が面倒なことをしていることに、不思議に思ったのだろう。率直にレナが聞いてくる。
『馬鹿ね。ちょっと考えればわかるでしょう?』
小馬鹿にしたように鼻を鳴らす私に少しだけムッとしたように、レナが声をとがらせた。
──わかんないから、聞いてるんだけど。もったいぶるような答えなの?──
『そんなわけないでしょ。簡単な話よ。背中から変な翼を生やした奴が空から降りてきてみなさいな。それを見た連中が、どういう反応すると思う? 私だったら、ヤバい奴って警戒するわよ』
──ああー、なるほど。そういうことかぁ──
いまの私の目的は、とりあえずは安全地帯で態勢を整えたいのである。
だから、無用な混乱は出来るだけ避けたいのだ。
噂話はすぐにあっちこっちに伝播する。
そうなれば、私を探しているあいつらの耳にも入ってしまうだろう。
いずれは派手に行動するつもりだけど、いまはとにかく静かに身を潜めたいのである。
──私たちって『逃げてる』んだもんね──
『・・・いまだけよ。戦術的撤退ってやつ。必ず・・・反撃するんだから』
レナと脳内でそんなことを話しながら、私は町へと歩いていく。
出入りする人影こそ少ないものの、出入り口の門には警備兵が配置されていた。
これは恐らく、野良の魔物を警戒してのことだろう。
調教されていない野良魔物は、人族のみならず魔族にさえも牙をむくからだ。
私の接近に気付き、警備兵のひとりが眉根をひそめてきた。
「子供・・・? まさかひとりか? 家族はどうしたんだい?」
「えっと・・・ひとり、です」
意味はないけれど、私は思わず敬語になってしまう。
「ひとり・・・?」
胡乱げに私を見てくる警備兵の肩を、別の警備兵がポンと叩く。
「馬鹿。察してあげろ。ひとりで来れるわけないだろ。彼女の服を見てみろ」
「服・・・? あ、血が・・・そういうことか」
何やら勘違いしているようである。
そして指摘されて気づく。私の服のあちこちに、血が付着していることに。
たぶんこれは追手のものだと思うけれど、この警備兵たちは勘違いしたらしい。
「この町に来るまでに、ひどい目に会ったんだな・・・」
「町にさえ入ればもう安全だ。通りを真っすぐ行くと孤児院があるから、頼るといい」
同情の眼差しで手厚くもてなされ、私は無事に町の中へと入ることができたのだった。
※ ※ ※
魔族と言っても人族と何ら変わりなく。
せいぜいが外見の違いだろうか。
あとは、人族よりも長寿ということくらいか。
だからというべきか、町並みは至って平穏で、人族の町並みとそれほど遜色がなかった。
──すごく意外ーっ。教科書だと、魔族って野蛮で原始的って書いてたのにー──
レナの声は興味津々だった。
プロパガンダというべきか。
それだけ、人族と魔族の軋轢は深いということなんだろう。
私自身、魔族の町は初めてなので、彼女と同じような感想だったりする。
勇者一行の一員だった頃は、呑気に魔族の町を見学なんてこと、出来るはずもなかったからだ。
とりあえず私は、言われた通り孤児院へと向かう。
お腹も空いてきたし、お風呂にも入りたかったのだ。
魔族国の通貨なんて持ち合わせていない私は、いま文無しなのである。
そして、目的地の孤児院に到着すると──
「あらあらあら! まあまあまあ!」
恰幅のいい中年女性が出迎えてくれた。
「こんなに汚れちゃって。ちょうどお風呂を沸かしてるところだから、すぐに入ってきなさいな。お腹も減ってるでしょう? 上がるまでに、何か用意しておくわ」
事情を深く聞くこともなく、その女性は快く私を迎えてくれる。
私が幼い子供だから、というのもあるのかもしれない。
別段、断る理由もないので、私はその好意に甘えることにした。
こうしてしばらくの間、この孤児院でお世話になるのだった。
※ ※ ※
孤児院でお世話になりながら、魔族国についての情報収集の日々。
魔王が倒されて以降、魔族国は衰退の一途とのこと。
人族国も、もはや魔族国が脅威じゃないと判断したようで、攻め込むこともなく。
いまや、前線基地だったパルテント王国のみが、魔族国に睨みを利かせる程度だった。
魔族を一気に殲滅しないのは、共通の敵が弱体化したことで、一致団結していた人族国が分裂しており、小国同士で覇権争いが起きているかららしい。
いまの魔族国は、人族国の自滅行為により、首の皮一枚が繋がっている状態といえた。
さらに悪いことに、現在の魔族国の軍部がふたつの派閥に分かれているようなのだ。
新魔王を担ぐ好戦派と、旧魔王を今でも支持している穏健派。
好戦派は魔族国の総力を挙げて人族国に攻め込もうと意気込み。
穏健派はいまは時期じゃないと、好戦派を抑え込み。
この二大派閥が、現在の魔族国を維持しているらしい。
ただし、この派閥の力関係は、指導者である新魔王がいる好戦派が優勢らしかった。
このまま穏健派が負けてしまうと、再び人族と魔族の種の存亡をかけた大規模な戦争が勃発するかもしれない。
・・・まあ正直なところ。
私にはそれほど興味のない事柄だった。
魔族や人族がどうなろうが、知ったことじゃない。
私の目的は、あくまでも勇者夫婦に復讐することだけなのだから。
夜ということもあり孤児院のベッドで休みながら、私は意識を内側に移していた。
はた目から見れば、普通に眠っているように見えるだろう。
「でもさー。実際のところ、今後どうするのさ?」
あぐらをかいているレナが小首をかしげてくる。
「"悪霊の手"だっけ? 新しい能力手に入れたことだし、すぐにパテントに戻るの?」
「んー・・・新しい能力があったとしても、難しいわねぇ」
「どうして?」
「王都パテントは要塞都市よ。個人でどうこうできるレベルじゃない。憑依が使える悪霊のままだったら侵入は簡単だけど、いまの私じゃ、もう侵入すらできないわ」
虫に憑依しての方法は、もう使うことができない。
というか、もう二度と使いたくなかったので、ちょうどよかったけれど。
「正門を強引に突破すればいいじゃない」
「馬鹿ね・・・これだから短絡的な子供は」
やれやれと、私は嘆息する。
「そんなことしたら、王都全体の戦力を相手にしなきゃならなくなるわよ。それに加えて、ササラとも戦わないといけない。とてもじゃないけど、私ひとりじゃ不可能よ」
場合によってはクレアミスともね、と心の中で付け足しておく。
私の内心に気付く素振りもないレナは、あっけらかんと言ってきた。
「ならさ、ひとりじゃなければいいんじゃない?」
「は? どういうことよ」
「仲間、増やそうよ」
「仲間・・・どうやってよ?」
「それはお姉さんが考えてよ」
「肝心なところは人任せですか、おチビちゃん」
「わたし子供だからー。難しいことは、大人のお姉さんが担当だよー」
「おいおい。いつからそんな決まり事が」
一応ツッコミを入れてから、私は顎に手を当てる。
「でも仲間、か・・・ありっちゃありか」
個人で無理なら集団。道理である。
ただ問題になってくるのは、どうやって集めるか、である。
「魔族は・・・アテにできないか。内輪もめで忙しそうだし」
「だよねー。んー・・・じゃあさ、野良の魔物を手懐けるとかいいんじゃない?」
「野良の魔物かぁ・・・んー・・・まあ、それしかなさそうね」
別に人族全体にケンカを売るわけじゃないのだ。
王都とはいえ、ひとつの都市を落すだけの戦力があればいい。
後先考えることもなく、使い捨てできる消耗品。
野良の魔物は、まさにうってつけかもしれない。
(私自身が魔物だし・・・私にうってつけかもね)
今後の方針は決まった。
あとは行動あるのみである。
私はさっそく、近辺の情報取集に取り組むのだった。




