第1話 「逃走」
「私は戻ってくるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
命綱なしの高さ数十メートルからのダイブ。
普通の人間だったなら、これはただの飛び降り自殺。
でも私にしてみたら・・・
「ひゃっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
いつもなら重たい肉の身体が、いまこの瞬間だけはとても軽く。
空を自由気ままに飛び回っていた爽快感を思い出す。
落下という名の飛行を楽しんだあと、地面に叩きつけられる前に地表に向かって炎の玉を撃ちこむ。
真下で巻き起こる爆発。
爆風が私の落下速度を緩め。
なおかつ肉体を魔力で強化しているために、私は無事に地上に降り立っていた。
すべては計算通り。
なにも、ハイテンションに任せて、ただ飛び降りたわけじゃないのである。
とはいえ・・・
「いったあああああああああああああああああああい・・・っ」
着地の衝撃が全身を駆け巡る。
魔力で強化しているために、両足は折れてはいない。
折れてはいないのだけれども・・・
激痛に涙が浮かび、叫ばずにはいられない。
叫んだところで痛みが和らぐわけじゃないけれど・・・
叫ばずにはいられなかった。
それだけの衝撃だったのだから。
「しぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬから! まじでこれ死ぬからあああああああ!」
そのまま地面を転がり、のたうち回ることしばし・・・
・・・
・・
・
ひとしきり騒いでから、どうにか立ち上がる。
分厚い外壁を見上げてみるも、上からは何の気配もない。
さすがにこの高さなのだ。
ミスアも、飛び降りてくるような馬鹿な真似はしないようである。
無難に階段を使って、外壁を降りている最中ってところだろうか。
・・・私には、ちゃんと策があったから飛び降りたのであって、馬鹿じゃない。
ちょっとだけ・・・ちょっとだけ、痛みが想定以上だっただけなのだから・・・
──もうっ。いつまで遊んでるの? お姉さん──
呆れたようなレナの声。
──ちょっと引くわー─
責めてくるレナに、私は恨みがましい声で反論。
「あんた、都合のいい時だけ感覚共有切るんじゃないわよ」
──レナ子供だから、なに言ってるのか、わかんなーい──
「このくそガキ・・・っ」
──ほらほら、お姉さん。早く走ってよー──
「・・・煩いわね」
腹が立つも、私はすぐに走り出す。
いつまでもこの場に留まっている場合じゃないのだ。
追手がくる前に、とにかくこの王都から離れないといけない。
この状況下で頼りにしているのは、私が人だったころの生前の記憶。
記憶から引っ張り出した世界地図である。
脱出した後の目的地はすでに決めているのだ。
この魔族の外見が目立つのならば、目立たない場所へ行けばいいだけの話。
つまり、向かう先は魔族国。
魔王が倒され衰退しているものの、依然として多くの魔族や魔物が生息しているのだ。
そこで潜伏し、あいつらに復讐するための態勢を整える。
しかしながら、ここから魔族国へは距離がある。
なのでまず向かう先は、目と鼻の先にある大森林。
魔族の外見が目立つ以上、人族国の往来は堂々と歩けないってのは、言うまでもない。
その大森林で距離と時間を稼ぎながら、今後のことを考えることにする。
(当初の計画から・・・ここまで狂うなんてね)
あの夫婦の前で愛娘を自殺させて絶望させたうえで、その動揺をついて一気にあのふたりを仕留めるはずだったのに。
もしくは、失敗したとしても悪霊としての能力で容易に逃げおおせるはずだったのに。
なんだいまのこの状況は。
ふざけているとしか言えない。
幼い少女の体とはいえ、肉の体が、やけに重く感じる。
あの女のクズっぷりを失念していたせい?
娘のレナの意外性のせい?
もはや今更である・・・
様々な顔が脳裏を過ってくる。
骨の髄までとことん腐ってるクズ女・・・
結局何も変わっていなかった独善男・・・
裏切るもあっさりと殺された馬鹿女・・・
常に寝首を狙ってくる腹黒クソガキ・・・
(私の周りには、ロクな奴がいねぇえええええええええええええええええええええええ!!)
レナに読まれないよう、内心のさらに奥底で大絶叫。
(でも私は諦めない・・・必ずあいつらを・・・)
悪霊にまで堕ちたのだ。
人としての生を失い、騎士としての名声すら無くし、いまの私には失うものなんてありはしない。
失うものがない私に対し、あいつらは失うものがたくさんある・・・
なんなんだろうか、この差は。
なんでこんなにも、差があるんだろうか。
私がいったい、何をしたっていうんだろうか。
すべてはあいつらのせい。
あいつらがいる限り、私が幸せになることなんてありはしない。
憎い・・・恨めしい・・・羨ましい・・・絶対にぶっ壊してやる・・・
(お前らの幸せは・・・私の不幸の上に成り立っているんだから・・・)
だから。
利用できるものは何だって利用してやる。
泥水を啜ろうが、最後に笑うのはこの私。
逆恨み?
上等。なんとでも言えばいい。
最後にひとり、立っている奴が正義なのだから。
そして最後に立っているのは、この私──ラギア・マーティスなのだから。
暗い決意も新たに、私は真っすぐに大森林へと──




