第6話 「小さな侵食者」
ササラとの邂逅から早数日が経つ・・・
あれから本当に朝昼晩と豆料理しか出てこず、精神的に来るものがあるけれど。
まだ私は囚われの身に甘んじていた。
でも、脱出の機会を虎視眈々と狙っているわけで。
もう間もなくのはずなのだ。
お目当ての人物が来るのは。
あいつさえ来れば、計画を実行に移す。
恥ずかしいなんてもう言ってはいられない。
それまで私は、辛抱強く待つのである・・・
※ ※ ※
私は、真っ黒な空間に揺蕩っていた。
黒の流れに身を委ねる私にとっては、安心できる居心地のいい居場所。
何を考えることもなく、ただただ暗闇に身を任せるだけでいい安寧の地。
肉体という重い枷を忘れることができるこの場所は、私の精神の奥底である。
まどろみに身を任せる私の夢は、10年前の・・・過去の出来事が反芻されていた・・・
「ちょっとステラ。あんたまた、胸がでかくなってない?」
「ちょ、ラギアさん、だからって触らないでください・・・っ」
旅の最中、温泉宿に宿泊した時のやりとりである。
「くふふ・・・ステラさん。図に乗らないことです。女の価値は胸ではないのですからね」
「お! ササラ、あんたいいこと言った! そうよ、ステラ。こんなのは、ただの脂肪なんだからね」
「ちょ、ラギアさん・・・だからってつねらないでください、痛いです・・・っ」
この時の私は、この爆乳で勇者が篭絡されるなんて、知る由もない・・・
場面は変わり、神妙な表情でお互いを見やる私含む女三人。
「いい? 魔王を倒すまでは、クレアミスにちょっかいかけるのは、禁止だからね」
「はい。それに彼にしても、魔王を倒さないことには、色恋沙汰にも興味を示さないでしょうしね」
「くふふ・・・ラギア、ステラさん。抜け駆けはなしですよ?」
などなど、後々裏切り、裏切られるとは、この時は思ってもいなかった私は・・・まだまだ青い。
またまた場面は変わり。
私とササラのふたりへと相談を終えた男騎士の姿がなくなったところで、私は驚きの声を上げていた。
「まさかあいつが、ステラに片思いしてたなんてねぇ」
「くふふ・・・私たちに相談するあたり、彼も相当悩んでいるようですねぇ」
「まあぶっちゃけ、どうでもいいんだけどさ」
「いえいえ、そうとも言えませんよ。彼とステラをくっつければ、ライバルが減るわけですので」
「おお、なるほど! ならあのふたり、くっつけちゃおうか!」
私とササラが暗躍するも、結局は男騎士の恋は実ることはなかったが。
私の夢は、さらなる記憶を呼び覚ます・・・
いまにして思えば、この出来事がターニングポイントだったのかもしれない。
「どきなさい、ステラ。邪魔よ」
「でも!」
「くふふ・・・遺憾ながらも、私もラギアに同感です。邪魔ですよ、ステラさん」
冷たく言い放つ私とササラの前には、傷ついている魔物の子供が弱々しく小さく唸っており、その魔物を血だらけになるのも構わない様子で、ステラが庇っていた。
「ラギア、ササラ。この子はもう、戦意を失っています。だから命を奪う必要は・・・」
「馬鹿なの? ステラ。子供だろうが、魔物は魔物よ。狩る以外に何があるっていうのよ」
「そうですよ、ステラさん。いまその魔物は弱っていますが、回復したら人を襲うと思いますよ。そこに転がっている親を、人族に殺された恨みでね」
「でも・・・!」
「でももクソもないのよ、ステラ。いい加減にしてよ」
平行線の問答をしていると、その場にクレアミスが現れる。
「君たち、何をしているんだい?」
「ああ、クレアミス! いいところに! 貴方からもふたりを説得してください!」
「え・・・?」
弱って動けない魔物を依然として庇いながら、ステラが状況説明。
私とササラは、隙あらば魔物を仕留めようと狙っていたけれど・・・
「・・・なるほど。状況はわかった」
そう答えたクレアミスは、ゆっくりと私とササラへと視線を向けてきた。
「この魔物は、わざわざトドメを刺す必要はないよ」
「な・・・っ」
「っ・・・」
勇者からのまさかの宣言に、絶句する私とササラ。
「戦意を失っているものを傷つける刃を、僕は持ち合わせてはいないんだ。僕のパーティの一員である君たちふたりも、僕と同じような考えだと思っていたんだけどな」
『・・・・・・』
どう答えていいかわからない私とササラは無言。
「ステラ。君は、ちゃんとわかってくれていたんだね。僕の行動理念を」
「・・・いいえ。ごめんなさい、私は貴方のことは考えていませんでした。ただ・・・純粋にこの子が可哀想に思えてしまって・・・」
「ステラ・・・君は、優しいんだね」
クレアミスの双眸が和らげな光に満ちる。
そんなふたりを、離れた場所で男騎士がじーっと見つめており。
ササラはどうか知らないけれど、私はなんだか居たたまれない気持ちになったもんだった。
(いま思い返せば・・・勇者だってのにあいつがどうかしてたのよね。私は悪くないんだから)
ステラも勇者の前だからってカマトトぶりやがって。
あんな臭い芝居にまんまとコロっと騙された勇者も勇者だ。
よくよく思い出してみると、その出来事があってから、勇者と女神官がふたり一緒にいることが多くなったような気がする。
結局のところ。
一見すると、のほほんとしていたようだけれど、あの爆乳神官のほうが一枚も二枚も、恋愛の駆け引きは上手だったということなんだろう。
もちろん私は、いまでもあのステラが、慈悲深いだなんてこれっぽっちも思っちゃいない。
見返りもなく他人に──しかも魔物に──慈悲をかける人間が、いるはずないのだから。
※ ※ ※
その後も、それこそ他愛もない過去の映像が流れてくる。
(ま、たまにはこういうのもいいか・・・)
夢ってのは、たいがいがこういうもんである。
そんな感じで、ゆったりとした時間の流れに身を任せ、まったりとしていると・・・
(・・・ん?)
突如として、暗闇に亀裂が生じると、真っ白な空間が侵食してきた。
その侵食は貪欲に、四方八方へと瞬く間に広がってくる。
それはまるで、私という存在を欠片すら残さずに消しにかかっているかのような勢いで。
(な・・・なんじゃこりゃああああああああああああああああああ!?)
まったり気分から一転して、私は慌てて抵抗を試みる。
どうにか間に合ったらしく、黒と白の勢力が拮抗・・・
(私の・・・安息の地を乱すなああああああああああああああああああああっ!!)
睡眠を邪魔された怒りもあり、絶叫と共に全ての力を解放。
無遠慮に侵食してきていた白は、その一撃でもって吹き散らされていた。
それと共に、私の意識は覚醒する。
「・・・んあ?」
寝ぼけ眼で視界に広がってきたのは、どこまでも続くお花畑。
どうやら私はその花畑のど真ん中で、大の字になって横になっているようである。
ここも自分の精神の中とはいえ・・・なんではこんなところで実体化しているのだろうか。
・・・少なくとも、私の意思でここに来た記憶はない。
「あ。起きちゃった」
その声に気付くと、私を見下ろす様な恰好で、私に向けて両手をかざしているレナの姿があった。
私はむくりと起き上がり、半眼で睨みあげる。
「何をしてたのよ」
「べっつにー? なーんにもしてないよー」
一切悪びれた様子もなくあっけらかんと言い放ってくるレナに、私は内心で舌を巻く。
(このガキ・・・私の精神に干渉してきやがったな)
狙いは言うまでもなく、この肉体の奪還だろう。
私も油断したといえば、してしまったのだろうが・・・
(裏切りはなしって言ったのに、こういうことしてくるか)
子供とはいえ、やはりレナも女ってことなんだろう。
つくづく女って生き物は平気で裏切ってくる・・・
さすがは、あのクソ女の血を引いているだけはある。
少し彼女を甘やかしすぎたのかもしれない。
ここは一度、お互いの立場をわからせる必要があるか。
「レナ。あんま、舐めたことしてんじゃないわよ」
恫喝するように低い声音で言うや、レナの顔面を右手で掴み、そのまま持ち上げる。
思っていた以上に軽い幼女の体は、簡単に片手で持ち上げられた。
「舐めてるのはさ、お姉さんのほうだよ」
私の威圧に萎縮すると思われたレナは、しかし何ら動じた様子もない。
「わたしが気づかないとでも思ってるの? お姉さんだって、わたしに隙があったらいつも侵食の手を伸ばしてきてるじゃない。だから、お互い様だよ。隙を見せたほうが悪い」
「・・・このガキ」
やはり、この小さなパートナーは油断ならない。
私と同化した影響でか、どんどんそのしたたかさを増していく。
それとも・・・血筋のなせる業か。
宙ぶらりんとなっている危険な幼女は、にっこりと笑ってくる。
「共通の”敵”がいるんだしさ、仲良くしてこうよ、お姉さん」
「・・・どの口がいうんだか」
私は苦い笑い。
仲良くといっておきながら、いつでも背中を狙っている危険な関係。
悪霊の身にまで堕ちている私には、ある意味では相応しい相棒なのかもしれないが。
そもそも私たちは、状況が状況だっただけで、こうして一緒になっただけの関係なのだ。
上辺だけの関係で十分であり、それ以上を求める意味も必要もないわけで。
利用できそうだから利用する。
それだけなのだ。
私は、私を貶めた連中への復讐を。
レナは、母を排除して父を独占するために。
そのためには、現状、私たちは協力せざる得ない。・・・上辺だけでも。
とはいえ、この先の展開はわからない。
分離する手段が見つかるかもしれないし、どちらかを完全支配するかもしれない。
まあ、いずれにしても・・・
「あんたといれば、暇だけはしなさそうね」
解放してやると、レナは上目遣いで私を見てきた。
「暇つぶしで足元をすくわれないよーにね、お姉さん」
「言ってろ、クソガキ」
私とレナの戦いは、まだまだ先が長そうである。