第4話 「一等退魔官②」
「ステラ・ミノンは、私の年の離れた姉です」
告白されて改めて見てみれば、確かにあの女に少し似ている部分もあったりする。
「ステラ・・・」
思い出す。
あの裏切者の女神官を。
思い返してみれば、あの女も馬鹿である。
ササラの本性を知ることもなく私たちを出し抜くもんだから、ササラに殺されて。
現場は見てないけれど、ササラが殺すと宣言した以上、彼女がステラを魔王戦の時に事故に見せかけて殺したと思う・・・証拠はないけれど。
そして私は、出し抜かれるのならステラじゃなく、ササラだと思っていた。
たぶん同じく、ササラも私が出し抜くと思っていたらしく。
お互いに牽制し合っていたら・・・その隙をステラにつかれた、という結末に。
いまは亡き姉を想ってか、青年──ミスアは瞳を揺らす。
「私と姉に親はいません。私はずっと姉の背を見て育ってきました。だからでしょうか、いまの私は、姉と同じ聖職者として身を粉にしています」
(・・・なんか勝手に語り始めたんだけど・・・なにこいつ)
逃げ場のない私は、聞きたいわけじゃないのに、聞く以外に道がない。
「姉が英雄パーティの一員となったことはすごく誇りでした。・・・しかし。姉は魔王との戦いで命を落とした。激戦だったと聞きます。仕方ないのでしょうが・・・」
揺れる瞳が、まっすぐに私を見つめてくる。
「私は、姉がどのように奮戦し、どのように散ったのか知りたいのです! ですが生還したクレアミス殿は詳細な記憶を持ち合わせておらず、ロイド夫人も同様でした」
「・・・激戦の記憶が曖昧?」
違和感を覚えた私は、思わず聞き返す。
激戦だったにしろ、その記憶が曖昧というのは変な話である。
(まさかササラが、クレアミスの記憶操作をした・・・?)
それしか考えられない。
何でそんなことをしたのかは、現場に居合わせてないから何とも言えないけれど・・・
感情だけでなく、まさか記憶まで弄るとは。
(あの女、やりたい放題ねぇ・・・)
そんなクレージーな女に見初められてしまったクレアミスは、ある意味じゃ被害者かも・・・
などと思ってしまい、私は苦笑い。
その笑いに気付いたミスアの双眸が、鋭く細められる。
「ラギア殿。やはり、何か知っているのですね?」
「知っていたら、なに?」
「教えてください。真実を」
「なぜ?」
「私には、その真実を知る権利があります」
「ふーん・・・私には知ったことじゃないわね。さっさと帰れ」
私が鼻を鳴らすと、初めてミスアが顔色を変えた。
「な・・・っ、貴女はあの英雄パーティの一員として、説明義務があるはずだ!」
格子を両手で握りしめ、声を荒げてくる色男。
「なぜ私の姉は死んだんだ!? どうやって死んだんだっ! なぜ姉の仲間たちはその記憶が曖昧なんだ!? 貴女は途中で行方不明になったようだが何かを知っているはずだ!」
冷静な仮面をはぎ取り、今にも牢内に入り込んできそうな勢いだった。
「私は知りたい! さあ、答えてください! ラギア・マーティス!!」
「・・・ぎゃあぎゃあ煩い」
「っ・・・」
「私の噂、聞いてるんでしょう? もう精神がおかしくなってるって」
「それは・・・」
「そんな悪霊の言うことを、あんたは信じるってわけ?」
「・・・だとしても、真実に近づける可能性はあります」
藁にも縋る想い、といったところか。
まあどのみち、こちらには答える義務もなければ義理もない。
というか、現在のササラの世間的評価を鑑みるに、私が真実を言ったところで一蹴されかねない。
悪霊に堕ちた私と、いまじゃ悲劇のヒロインとなった誰からも信頼の厚いササラ。
このふたりなら、どちらを信じるか、という話である。
しかしながら、こいつの姉への想いは、利用できるかもしれない。
私は、にやりと人の悪い笑みを浮かべる。
「取り引きに応じるなら、答えてもいいわよ」
「・・・取り引き、ですか」
私の笑みに警戒心をあらわにするも、ミスアは真相が気になる様子。
私は、そこへ付け入る。
「ここから私を逃がしてくれれば、答えてあげる」
「・・・やはり、そうきますか」
予想はついていたようで、彼は苦渋の表情に。
「力ある悪霊を・・・野放しにするわけには、いきません」
「・・・ふぅん。交渉決裂ってわけね」
さすがは聖職者といったところか。
その肩書きは伊達じゃないらしい。
なら、もうこいつに用はない。
ベッドへと移動してそのまま横になる私に、ミスアが声を投げてくる。
「何をしているのですか」
「見てわからないの? 寝るんだけど」
「な・・・っ、まだ話は終わっていませんよ! 私の問いに答えなさい!」
「はあ?」
怒声を飛ばして来る青年に、さすがに私もカチンときて上半身だけ起こした。
「私の要求には応じないくせに、自分の要求だけは聞けっていうの?」
「っ・・・」
「どんだけ自己中なんだよ、あんた」
「わ、私は、神に仕える者として・・・っ」
「あっそ。んじゃ、その神様にでも真相を聞いたら?」
投げやりにそう言い捨てて、私は再びベットに身を預ける。
「に、逃がすこと以外のことだったら、なんでも・・・」
なおも言い募ってくる青年に、さすがに苛立ちを覚え始める。
「んじゃ逃がさなくていいから、牢の鍵だけ開けておいて」
「それは・・・逃がすと同意語じゃないですか」
「じゃあ、牢の鍵をちょうだい」
「・・・同じことじゃないですか」
「だったら牢の鍵をそこの通路に置いてって」
「いや、だから・・・」
私の要求を迷いながらも断ってくる青年に、私は嘆息ひとつ。
「話にならないわね。いまの私の要求はたったひとつ。それを聞けないっていうんなら、話は終わりよ。ほら、私はもう寝るんだから、早く帰ってよ」
そちらを見ることなく、しっしと手を払う。
「・・・貴女は、真実への手がかりなんです。私は・・・諦めませんよ」
慙愧の念を込めた言葉を残し、ミスアは立ち去って行った。
※ ※ ※
──お姉さんって、イジワルなんだねー──
いつから起きていたのか、レナの声が聞こえてくる。
私は本当に眠たいこともあり、内側に意識を移さずに応じた。
『意地悪も何も、あいつがこっちの取り引きに応じないからじゃないの』
──ほんとのところは、どうなってるの?──
『あなたのママが殺したと思うわよ。詳しい状況はわからないけどね』
──ママが・・・──
声が震える彼女に、私はさらに追い打ちをかけてやる。
『しかも、どうやらあなたのママは、パパの記憶もちょっと弄ってるくさいわね』
案の定というべきか、レナは過敏に反応を示してきた。
──パパの記憶を・・・っ! 許せないよ、ママ・・・!!──
彼女の怒りが伝わってくることに、私は内心でほくそ笑む。
(子供ってのは扱いやすいわね)
レナがササラを憎めば憎むほど、レナの隙が大きくなっていくのだ。
まだ子供の彼女はそのことに気付いていないようなので、私は最大限利用する。
徐々にレナへの包囲網を狭めながら、私は話題を変えることにした。
『なんにしても。あいつは利用できそうにないわね。そうなると、どうやってここから脱出するか、よね。いつまでもこんな場所にいたくないわ』
──パパが毎日会いに来てくれるから、わたしは気にしないよ──
『馬鹿ね。あんたがここにいる以上、あんたのママはパパを独り占めにしてるのよ』
──それは、いやっ!──
『嫌なら、考えて。ここから脱出する方法を』
無言になるレナに、私は内心で嘆息ひとつ。
神童といっても、子供は子供。
(あまりアテにはできない、か)
自分で考え出すしかないということなんだろう。
なんにしても、ここに長居すればするだけ、リスクが高まってくる。
私だけを排除する方法が確立されるかもしれないし、私を貶めることに飽きたササラが本格的に動きだすかもしれない。
(早くどうにかしないと・・・)
焦慮ばかりが先行してしまう・・・
さすがの私でも、こうも状況が悪いと焦りも出てくるというものだ。
すると、沈黙していたレナが再び声を出してきた。
──いい方法があるよ──
彼女が提示してきた作戦に、私は驚かされる。
思わず意識を内側へと移動させ、彼女の顔をまじまじと見つめた。
「まじで? 私がそんなことしないといけないの?」
「きっとうまくいくと思うよ。"あの人"になら」
神童の観察眼は侮れないということか。
私はぜんぜん気が付かなかったのだから。
「あとは、お姉さんがうまくできるかどうか、だよ」
「・・・間接的にでも、あんたは──」
「パパ以外の人がどうなったって知らないよ、わたし」
(迷いなく言い切ったよ、この子・・・)
さすがは、あの女の娘、と言ったところだろう。
「うまくいったとして、その後の算段は?」
「とにかく1階に出て。見慣れた場所に来れたら、あとはわたしが先導するよ」
「先導・・・この神殿に来たことあるんだ?」
「うん。パパと何度かお祈りに来たことあるんだ」
「なるほど、ね」
一度しか使えない方法だけど、成功率は高いだろう作戦。
事が起きれば、あとは時間との勝負になってくる。
「どうする? お姉さんが嫌なら、”わたし”がやってもいいんだよ?」
まるで挑発するように上目遣いで見てくる少女に、私は鼻を鳴らす。
「この肉体の所有権は"私"にあるのよ。だから、私がやるに決まってるじゃない」
「・・・ちぇ。ざーんねん」
ペロッと舌を出し、悪戯めいた微笑をするレナだった。
意識を外側へと戻すと、もう見慣れた地下牢の天井が目に入ってくる。
(レナのやつ・・・あわよくばこの肉体を取り戻そうって魂胆だったみたいね)
小娘とはいっても、油断はできないということだろう。
私は決意する。
いつまでもここにいる気はないのだから。
そうと決まれば、いまは少しでも休んで体力を温存することにする。
決められた周期で"あの人物"がくるのは、夜中なのだから・・・