表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただいま悪霊中   作者: 吉樹
第2章 『囚われの身』
15/91

第4話 「一等退魔官②」

「ステラ・ミノンは、私の年の離れた姉です」


 告白されて改めて見てみれば、確かにあの女に少し似ている部分もあったりする。


「ステラ・・・」


 思い出す。

 あの裏切者の女神官を。

 思い返してみれば、あの女も馬鹿である。

 ササラの本性を知ることもなく私たちを出し抜くもんだから、ササラに殺されて。


 現場は見てないけれど、ササラが殺すと宣言した以上、彼女がステラを魔王戦の時に事故に見せかけて殺したと思う・・・証拠はないけれど。


 そして私は、出し抜かれるのならステラじゃなく、ササラだと思っていた。

 たぶん同じく、ササラも私が出し抜くと思っていたらしく。

 お互いに牽制し合っていたら・・・その隙をステラにつかれた、という結末に。


 いまは亡き姉を想ってか、青年──ミスアは瞳を揺らす。


「私と姉に親はいません。私はずっと姉の背を見て育ってきました。だからでしょうか、いまの私は、姉と同じ聖職者として身を粉にしています」


(・・・なんか勝手に語り始めたんだけど・・・なにこいつ)


 逃げ場のない私は、聞きたいわけじゃないのに、聞く以外に道がない。


「姉が英雄パーティの一員となったことはすごく誇りでした。・・・しかし。姉は魔王との戦いで命を落とした。激戦だったと聞きます。仕方ないのでしょうが・・・」


 揺れる瞳が、まっすぐに私を見つめてくる。


「私は、姉がどのように奮戦し、どのように散ったのか知りたいのです! ですが生還したクレアミス殿は詳細な記憶を持ち合わせておらず、ロイド夫人も同様でした」


「・・・激戦の記憶が曖昧?」


 違和感を覚えた私は、思わず聞き返す。

 激戦だったにしろ、その記憶が曖昧というのは変な話である。


(まさかササラが、クレアミスの記憶操作をした・・・?)


 それしか考えられない。

 何でそんなことをしたのかは、現場に居合わせてないから何とも言えないけれど・・・

 感情だけでなく、まさか記憶まで弄るとは。


(あの女、やりたい放題ねぇ・・・)


 そんなクレージーな女に見初められてしまったクレアミスは、ある意味じゃ被害者かも・・・


 などと思ってしまい、私は苦笑い。

 その笑いに気付いたミスアの双眸が、鋭く細められる。


「ラギア殿。やはり、何か知っているのですね?」

「知っていたら、なに?」

「教えてください。真実を」

「なぜ?」

「私には、その真実を知る権利があります」

「ふーん・・・私には知ったことじゃないわね。さっさと帰れ」


 私が鼻を鳴らすと、初めてミスアが顔色を変えた。


「な・・・っ、貴女はあの英雄パーティの一員として、説明義務があるはずだ!」


 格子を両手で握りしめ、声を荒げてくる色男。


「なぜ私の姉は死んだんだ!? どうやって死んだんだっ! なぜ姉の仲間たちはその記憶が曖昧なんだ!? 貴女は途中で行方不明になったようだが何かを知っているはずだ!」


 冷静な仮面をはぎ取り、今にも牢内に入り込んできそうな勢いだった。


「私は知りたい! さあ、答えてください! ラギア・マーティス!!」

「・・・ぎゃあぎゃあ煩い」

「っ・・・」

「私の噂、聞いてるんでしょう? もう精神がおかしくなってるって」

「それは・・・」

「そんな悪霊の言うことを、あんたは信じるってわけ?」

「・・・だとしても、真実に近づける可能性はあります」


 藁にも縋る想い、といったところか。

 まあどのみち、こちらには答える義務もなければ義理もない。

 というか、現在のササラの世間的評価を鑑みるに、私が真実を言ったところで一蹴されかねない。


 悪霊に堕ちた私と、いまじゃ悲劇のヒロインとなった誰からも信頼の厚いササラ。


 このふたりなら、どちらを信じるか、という話である。

 しかしながら、こいつの姉への想いは、利用できるかもしれない。


 私は、にやりと人の悪い笑みを浮かべる。


「取り引きに応じるなら、答えてもいいわよ」

「・・・取り引き、ですか」


 私の笑みに警戒心をあらわにするも、ミスアは真相が気になる様子。

 私は、そこへ付け入る。


「ここから私を逃がしてくれれば、答えてあげる」

「・・・やはり、そうきますか」


 予想はついていたようで、彼は苦渋の表情に。


「力ある悪霊を・・・野放しにするわけには、いきません」

「・・・ふぅん。交渉決裂ってわけね」


 さすがは聖職者といったところか。

 その肩書きは伊達じゃないらしい。

 なら、もうこいつに用はない。


 ベッドへと移動してそのまま横になる私に、ミスアが声を投げてくる。


「何をしているのですか」

「見てわからないの? 寝るんだけど」

「な・・・っ、まだ話は終わっていませんよ! 私の問いに答えなさい!」

「はあ?」


 怒声を飛ばして来る青年に、さすがに私もカチンときて上半身だけ起こした。


「私の要求には応じないくせに、自分の要求だけは聞けっていうの?」

「っ・・・」

「どんだけ自己中なんだよ、あんた」

「わ、私は、神に仕える者として・・・っ」

「あっそ。んじゃ、その神様にでも真相を聞いたら?」


 投げやりにそう言い捨てて、私は再びベットに身を預ける。


「に、逃がすこと以外のことだったら、なんでも・・・」


 なおも言い募ってくる青年に、さすがに苛立ちを覚え始める。


「んじゃ逃がさなくていいから、牢の鍵だけ開けておいて」

「それは・・・逃がすと同意語じゃないですか」

「じゃあ、牢の鍵をちょうだい」

「・・・同じことじゃないですか」

「だったら牢の鍵をそこの通路に置いてって」

「いや、だから・・・」


 私の要求を迷いながらも断ってくる青年に、私は嘆息ひとつ。


「話にならないわね。いまの私の要求はたったひとつ。それを聞けないっていうんなら、話は終わりよ。ほら、私はもう寝るんだから、早く帰ってよ」


 そちらを見ることなく、しっしと手を払う。


「・・・貴女は、真実への手がかりなんです。私は・・・諦めませんよ」


 慙愧の念を込めた言葉を残し、ミスアは立ち去って行った。


 ※ ※ ※


 ──お姉さんって、イジワルなんだねー──


 いつから起きていたのか、レナの声が聞こえてくる。

 私は本当に眠たいこともあり、内側に意識を移さずに応じた。


『意地悪も何も、あいつがこっちの取り引きに応じないからじゃないの』


 ──ほんとのところは、どうなってるの?──


『あなたのママが殺したと思うわよ。詳しい状況はわからないけどね』


 ──ママが・・・──


 声が震える彼女に、私はさらに追い打ちをかけてやる。


『しかも、どうやらあなたのママは、パパの記憶もちょっと弄ってるくさいわね』


 案の定というべきか、レナは過敏に反応を示してきた。


 ──パパの記憶を・・・っ! 許せないよ、ママ・・・!!──


 彼女の怒りが伝わってくることに、私は内心でほくそ笑む。


(子供ってのは扱いやすいわね)


 レナがササラを憎めば憎むほど、レナの隙が大きくなっていくのだ。

 まだ子供の彼女はそのことに気付いていないようなので、私は最大限利用する。

 徐々にレナへの包囲網を狭めながら、私は話題を変えることにした。


『なんにしても。あいつは利用できそうにないわね。そうなると、どうやってここから脱出するか、よね。いつまでもこんな場所にいたくないわ』


 ──パパが毎日会いに来てくれるから、わたしは気にしないよ──


『馬鹿ね。あんたがここにいる以上、あんたのママはパパを独り占めにしてるのよ』


 ──それは、いやっ!──


『嫌なら、考えて。ここから脱出する方法を』


 無言になるレナに、私は内心で嘆息ひとつ。

 神童といっても、子供は子供。


(あまりアテにはできない、か)


 自分で考え出すしかないということなんだろう。

 なんにしても、ここに長居すればするだけ、リスクが高まってくる。

 私だけを排除する方法が確立されるかもしれないし、私を貶めることに飽きたササラが本格的に動きだすかもしれない。


(早くどうにかしないと・・・)


 焦慮ばかりが先行してしまう・・・

 さすがの私でも、こうも状況が悪いと焦りも出てくるというものだ。


 すると、沈黙していたレナが再び声を出してきた。


 ──いい方法があるよ──


 彼女が提示してきた作戦に、私は驚かされる。


 思わず意識を内側へと移動させ、彼女の顔をまじまじと見つめた。


「まじで? 私がそんなことしないといけないの?」

「きっとうまくいくと思うよ。"あの人"になら」


 神童の観察眼は侮れないということか。

 私はぜんぜん気が付かなかったのだから。


「あとは、お姉さんがうまくできるかどうか、だよ」

「・・・間接的にでも、あんたは──」

「パパ以外の人がどうなったって知らないよ、わたし」


(迷いなく言い切ったよ、この子・・・)


 さすがは、あの女の娘、と言ったところだろう。


「うまくいったとして、その後の算段は?」

「とにかく1階に出て。見慣れた場所に来れたら、あとはわたしが先導するよ」

「先導・・・この神殿に来たことあるんだ?」

「うん。パパと何度かお祈りに来たことあるんだ」

「なるほど、ね」


 一度しか使えない方法だけど、成功率は高いだろう作戦。


 事が起きれば、あとは時間との勝負になってくる。


「どうする? お姉さんが嫌なら、”わたし”がやってもいいんだよ?」


 まるで挑発するように上目遣いで見てくる少女に、私は鼻を鳴らす。


「この肉体の所有権は"私"にあるのよ。だから、私がやるに決まってるじゃない」

「・・・ちぇ。ざーんねん」


 ペロッと舌を出し、悪戯めいた微笑をするレナだった。


 意識を外側へと戻すと、もう見慣れた地下牢の天井が目に入ってくる。


(レナのやつ・・・あわよくばこの肉体を取り戻そうって魂胆だったみたいね)


 小娘とはいっても、油断はできないということだろう。


 私は決意する。

 いつまでもここにいる気はないのだから。

 そうと決まれば、いまは少しでも休んで体力を温存することにする。


 決められた周期で"あの人物"がくるのは、夜中なのだから・・・



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ