第3話 「一等退魔官①」
レナと協力関係になったものの、依然として私は地下牢に囚われたままだった。
結界のせいで魔法が使えないというのが、致命的だったのだ。
少女だけの力では、格子を突破することができない。
いくら私が憑依先の能力を100%扱うことができるといっても、所詮か弱い少女では、発揮できる物理的力なんてたかが知れているというものだった。
あれから数日の時が流れ、神殿側はあれやこれやと私とレナの魂を分離させようと試みたものの、残念というか生憎というか、どれも目立った効果はなかった。
私が苦しめばレナも苦しんでしまうので、思い切ったこともできないらしく。
それとは別に、周囲にもとある変化が訪れていたりする。
「かつての英雄の仲間が堕ちたものだ」
「人族が魔物になるなんてな」
「よりにもよって英雄の娘に憑りつくなんて」
「もう精神がおかしくなってるんだろう」
等々・・・神官たちが”私”に対して侮蔑の眼差しを向けるようになったのだ。
元々が悪霊ということもあったが、その正体が判明したことで、より一層、といった感じだった。
そんな彼らの話に聞き耳を立ててみると、どうやらすでに町中に広まっている様子。
噂が広まるのが早すぎるし、どうやってこの事実が外に漏れたのか。
(あのクソ女が吹聴したくさい、ね)
あいつは、とことん私を貶めたいらしい
それとも周りの評価を操作して、総合的にレナは始末したほうがいいという既成事実をつくろうとしているのかもしれない
いまはまだ英雄の娘ということで遠慮があるために、これといった目立つ行動を起こす者はいないが、このままいくどうなるかわからなくなってくる。
そんな一方では、こちらも神官たちの話を聞いてわかったことが。
どうやらササラの世間的評価が大きく変貌していたりするのだ。
「お可哀想なロイド夫人・・・」
「悲嘆に暮れて体調を崩されたとか・・・」
「夫人の心中を思うと・・・」
「なにかお力になれれば・・・」
かつての仲間に裏切られたあげく、娘まで奪われた悲劇の母親として、世間から多大な同情の目を向けられているようなのだ。
あいつは私を利用して、自分の名声を高めたのである。
抜け目がないというか、したたかというか。
ちなみに、結界で守られているはずの王都内に魔物が侵入したというショッキングな事実に対して、意外にも住民に騒ぎは起きていなかったりする。
大神殿側が、すでに結界の不備は改善したと発表したらしいのだ。
しかし実のところ、何もしていないというか、どこに不備があるのかさえ把握できていないらしく、今日もしつこい尋問がなされてくる。
「悪霊め! お前はどこから侵入してきたのだ!」
「結界に不備があるなど信じられん! どんな方法を使った!」
「他の悪霊もこの王都に侵入できるということなのか!」
「黙っていないで何とか言ったらどうなのだ!」
どこまでも高圧的でいて、私を見下している神官共。
答えてやる義理も義務もないので、私は無言というか無視を決め込む。
連中は腹立たし気にしながらも、英雄の娘ということもあり、手荒な真似ができない。
・・・とまあ、こんな日々を過ごしながら、脱出の機会を窺っている時だった。
私の前に、予想外の来訪者が訪れていた。
※ ※ ※
「あんたはあの時の聖職者・・・」
目を見開き、私は思わず後退っていた。
現れたのは、あの町で私を罠に嵌めて浄化しようとした、あの青年聖職者だった。
「あの時・・・?」
青年聖職者は眉根を寄せるも、すぐに合点がいったように私を見てくる。
「この堅牢な王都に潜入できるほどの力ある悪霊・・・もしやと思っていましたが、やはりあの時の悪霊でしたか」
そう述べてから、私──というよりもレナを見て、痛ましそうに表情を歪ませた。
「あの時、私が逃していなければ、こんな幼い子が犠牲になることはなかったのですね・・・私はなんと罪深いことを。レナ・ロイド嬢、許してください」
素直に許しを乞うてくる青年を前に、私はあの時の焦燥感を思い出し、顔をしかめる。
(下手したらこいつのせいで、私はあの時、終わってたかもしれない・・・)
ちなみに、いま当のレナは眠っているようなので、彼女からは何の反応もない。
天才児とはいっても、やはりまだまだ幼い子供のようである。
無意識に警戒していた私の態度を受けて、青年が緊張を和らげるように微笑した。
「そう警戒しないでください。いまのそちらの状態は把握しています。いますぐどうこうするつもりはありませんので」
「・・・なんでここにいるのよ」
「私はもともと、この神殿に本席を置く身ですので。任務から戻ると貴女のことを耳にしたので、こうして会いにきたのです」
「・・・ふうん。要は、他の連中同様、ただの野次馬根性ってわけね」
あからさまな嘲笑をする私だけど、青年は小さく顔を左右に振る。
「貴女が英雄パーティのひとり、ラギア・マーティスだと聞きましたので」
そう述べてから表情を変えた青年は、居住まいを正してきた。
「私は一等退魔官、ミスア・ミノンと申します」
(一等退魔官・・・エリートとはね)
私は、顔がひきつるのがわかる。
まさに悪霊狩りのエキスパート。
あの状況下で、よく逃げおおせたものである。
連中にとって想定外のことを私が出来ていなければ、私は浄化されていただろう。
(・・・って、ん?)
私は、頭の片隅にひっかかる単語があった。
「ミノン・・・?」
「ステラ・ミノンは、私の年の離れた姉です」
予想すらまったくしていない名前が出たことに、私は驚きを隠せなかった。