第1話 「監禁」
元勇者夫婦に拘束された私は、大神殿の地下牢にて厳重に監禁されていた。
鎖で繋がれてはいないものの、魔法行使を妨害する結界が張られており、この中にいる限り、どんなに優秀な魔術師だろうとも、一切魔法を使えなかった。
魔法が使えなければ、レナ・ロイドという肉体は、ただの幼女に過ぎない。
だからこそ、鎖で拘束するまでには至らなかったということなんだろう。
(予定はだいぶ狂ったけど・・・まだチャンスはあるはず・・・)
レナと一蓮托生になってしまった以上、彼女に憑りついている私に対しても、連中は思い切った手荒な真似はできなかった。
なんてったって、連中の目的はレナを助けることなのだからだ。
クレアミスは娘から私を引き離す手段を探すべく、そして私の動きを封じるべく、悪霊の力を弱体化させる神聖なる場所──大神殿に、その身柄を預けていたのである。
初日は、厳重な警戒の中で魔術的検査を受けた後、すぐにこの地下牢に放り込まれていた。
その際、神官たちは難しい顔をしていたので、すぐにどうこうはできない様子だった。
(それにしても・・・肉体があるのが、こんなにも不便に感じるなんてねぇ・・・)
すっかり悪霊の自由な体に慣れていた私は、なんとなく檻に閉じ込められた気分。
・・・まあ、いまはそれに加えて、地下牢に閉じ込められているわけだけれど。
簡易ベッドに腰かけながら私が嘆息すると、脳内でレナの声が聞こえてきた。
──なんで、おとなしく捕まったの?──
私は目を閉じて、意識を内側へと向ける。
すると目の前に、どこまでも続く花畑と、愛らしい少女の姿が見えてくる。
その姿は魔族化してしまっているものの、この肉体の本来の持ち主であるレナだ。
魂が同化したことで、こうして面と向かって会えるようになっていたのだ。
「わかってないわね。それが、あの場での最善の行動だったからよ」
溜め息を吐き、私は手近にある小岩に腰かける。
あの場で下手に暴れていたら、私と娘を始末したがっているササラに、大義名分を与えてしまいかねなかったのだ。
あいつは、クレアミスの前ではいい子ちゃんを演じている。
そしてそのクレアミスは、娘を助けたがっている。
ゆえに私は、あの状況を無事に乗り切るために最善の行動をとったのである。
ここは大神殿の地下牢なので、あのササラもそうそう手は出してはこれないだろう。
これで少しは時間が稼げるというもの。
当面の問題は、どうやってここから抜け出すか、だろう。
「あんたがよけいなことしなかったら、こんなことになってないってのに」
「わたしは、自分の身を守っただけだよ」
反論してくるなんて、生意気なガキである。
しかも、私の精神支配もあまり効果がなくなってきているのだ。
(というかこの子、少し印象変わった?)
魂が私と同化した影響なのか、彼女が少し大人びたような印象が。
・・・まあ、私にとってはどうでもいいことなんだけれど。
私は頭の中で打算を巡らせる。
(この子と敵対すると厄介なことになりそうね)
潜在能力が高い神童。
自分の内側にいる存在。
精神支配も受け付けなくなりつつある。
(だけど問題は、どうやってこの子を懐柔するか・・・)
この子は私を快く思ってはいないだろう。
肉体を奪われたあげく、こんな地下牢に拘束される羽目になっているのだから。
結果論ながらも私が原因で、母親から殺されそうになっているのだから。
私が考え込んでいると、レナが可愛らしく小首をかしげてきた。
「お姉さんはさ、どうしてパパとママに怒ってるの?」
あまりにも不意の質問に、私は返答に詰まってしまう。
「それは・・・」
そこで私は、気配を感じたので内側での会話を中断。
ゆっくりと目を開けると、格子越しに佇む人物がいた。
私の人生を狂わせた男──元勇者、クレアミス・ロイド。
※ ※ ※
──パパだ!──
父の姿に、レナから歓喜の感情が伝わってくる。
私の方はというと、一瞬だけ同じように嬉しいと思ってしまったことに驚きを禁じれなかった。
(・・・まさか、私もレナの影響を受けてる・・・?)
同化したことでレナが少し変わったように。
レナだけじゃなく私すらが、影響を受けてしまったというのだろうか。
(馬鹿げてる・・・こんなことで私の憎しみは消えやしない・・・っ)
内心の動揺をひた隠し、私は無言で元勇者を見据える。
「レナ・・・会いに来たよ」
泣き笑いのような、疲れたような微笑を浮かべる元勇者の姿は、完全に父親だった。
「ママは、抱きしめることができない娘を見るのは辛いからって、来れなかったけど」
簡単に騙されている元勇者に、私は内心で失笑する。
あのクズ女のことである。
単に足を運ぶのが面倒くさかっただけか、神聖な神殿に足を入れたくなかったかのどちらかだろう。
私でさえ弱体化は免れていないのだから、性根が腐っているあいつも同様のはず。
・・・まあ、前者だろうけれど。
一旦言葉を止めて、私──レナを見つめる彼は、沈痛な面持ちで再び口を開いた。
「レナ・・・すまない。パパは、いますぐ君を助けることができないんだ」
重たい口調で、神官から聞いた話を語る。
青い粘土と赤い粘土を混ぜることは簡単だけども、色が混ざり変色した粘土から青い粘土だけを取り出すことが難しいのと同様に、レナと悪霊──私の同化した魂から、私だけを排除する方法がないと。
将来的には可能になるかもしれないが、現在はそこまでの技術がないと。
「いつか必ず君を助ける。神殿側も、いろいろな方法を模索してみると、全面的に協力してくれるみたいなんだ。だから、決して諦めないでほしい」
父の言葉を受けて、レナが嬉しそうに震えているのが伝わってくる。
そんな父娘を前に、私は内心で肩をすくめていた。
(はいはい。私がぜんぶ悪いですよーだ)
「レナ、君が悪くないのは知っている。だけど・・・悪霊に憑かれている君を野放しにするわけにはいかないんだ。僕としても心苦しいけど・・・毎日、会いに来るから。我慢してほしい」
揺れる瞳でレナを見つめたあと、クレアミスは一度目を閉じる。
そしてゆっくり開いた後、さっきとは違う意味合いで沈痛な表情になったクレアミスは、まっすぐにレナを──いや、”私”を見据えてきた。
「ラギア」
「──っ!?」
まさか名前を呼ばれるとは思っていなかった私は、思わず両目を見開いてしまった。
※ ※ ※
クレアミスが、かみしめるように言葉を紡ぐ。
「ササラから聞いた時は驚いたよ。まさか君が悪霊になっていたなんて。しかも僕たちの娘に憑りつくなんて・・・どうしてこんなことをしたんだ」
真っすぐに見つめてくる彼の視線から逃れるように、私はつと視線を外した。
(あの女・・・私の正体をバラしたのか)
あのクズ女のことだ。
目的は、ただの嫌がらせだろう
一度は心を奪われた相手からこんな目を向けられてくると、悪霊になったとはいっても、さすがに精神的にくるものがある。
ササラは、自分の手を汚さずに獲物をじわじわと甚振るが好きなのだ。
(やってくれるじゃない・・・あのアマ)
「僕がパーティから君を帰したあと、君の身に何があったんだ?」
(あんたの奥さんに殺されたんだよ)
「どうして魔物になっているんだ」
(好きでなったわけないじゃない、馬鹿かあんたは)
「・・・どうして、レナに憑りついたんだ」
(あんたたちに復讐するためよ)
問いかけてくる元勇者に、私は声に出しては何も答えない。
何を言っても無駄だろうからだ。
恐らく予防線で、前もってササラが言っているはず。
魔物と化している私の精神はおかしくなっているだろうから、何を言われても真に受けないで、と。
だから私は、黙して語らない。
それに、こいつの疑問に答えないのが、いまの私にできるささやかな復讐なのである。
「・・・何も、答えてくれないんだね」
残念そうに、そして悲しそうに、クレアミスは瞳を伏せる。
「あの時の判断は間違っていたとは思わないけど・・・かつての仲間とこんな形で再会したのは、すごく残念だよ」
レナに「また来るよ」と言い残し、クレアミスは静かに去っていった。