第9話 「本性」
「くふ・・・くふふ・・・なるほどなるほど。そうきましたか」
世間で評価されている淑女の姿はどこにもなく。
どこまでもしたたかで腹黒い、私の知っているクソ魔女が、姿を現していた。
「まさか10年かけて輪廻転生の流れを超えて現れるとは、思ってませんでしたよ」
「あんた・・・猫をかぶってったってわけ」
いくら月日が経とうとも。
いくら貴婦人を演じて世間から評価を受けたとしても。
腐った性根は死ぬまで治らない、ということなんだろう。
ササラは、着こなしている豪華なドレスにそぐわない下卑た微笑をする。
「人心掌握は、人付き合いの基本ですからね。信頼させたほうが、いろいろと便利なのですよ。世間の評価も、なかなか馬鹿にできないんですよね」
悪びれた様子もなく、むしろ誇るように語る彼女は、私をまじまじと見つめてくる。
「最近、妙な視線を感じるなと思ってましたが・・・貴女でしたか、ラギア」
「・・・あんたの性根が腐ったままだったってのはわかった」
むしろ礼を言いたいくらいだった。
変わらないでいてくれてありがとう。
これで何の気兼ねなく、思う存分復讐することができるのだから。
「でもね、ササラ。こっちにはね、このレナっていう人質があるのよ。下手な真似はしないほうがいいわよ」
この娘を自殺させるといっておいて、いまさら人質の価値があるのか微妙だったけれど・・・
私はあえてササラをけん制するように言い放つ。
しかしこの女は・・・とんでもない発言を繰り出してきた。
「どうぞご勝手に。子供なんてまた作ればいいだけのこと。私にとって重要なことは、娘の生死じゃなく、充実しているこの生活を守ること、なんですよ」
「なっ・・・あんたってやつは・・・」
こいつにとって娘とは、世間の評価を良くする為の道具でしかなかったということだ。
こいつのクソさ加減は知っていたつもりだったけど・・・
出産経験はないから何とも言えないけれど、お腹を痛めて生んだ我が子に愛情は持てないのだろうか?
(・・・まあ、その子を人質にとってる私が言う立場じゃないけどさ)
「ラギア。私がいまの立場を得るために、どれだけの労力を費やし、邪魔者を影で始末してきたと思っているのですか? まあそのうちのひとりに、貴女も含まれているわけですがね」
醜悪な笑みを見せる元魔術師は、右手を私に向けてきた。
「たかだか小娘のひとりやふたりで、この生活を手放す気はないのですよ私は。邪魔者は排除する。それがたとえ、血を分けた娘であろうとも、ね」
右手に、魔力の光が灯り。
「娘を溺愛しているあの人が帰ってくる前に、面倒事を処理するとしましょうか」
まるで世間話をするような口調で宣言するや、躊躇なく魔力矢を放ってくる。
「な・・・っ」
私が慌てて飛び離れた床に魔力矢が突き立ち、高級な絨毯に穴を空けていた。
(この女、まじかっ?!)
次々と放たれてくる魔力の矢。
私は細かく動いて椅子やテーブルの影に隠れて回避する。
連鎖する破砕音。
飛び散る調度品の数々。
逃げ回る私に、容赦なく攻撃してくるササラの笑みが、深くなる。
「逃げ回ってばかりなんですか? 消極的だと、また殺されますよ? くふふ」
「このクソアマがあっ! 普通、何の躊躇もなく自分の娘、殺しにくるか!?」
椅子の影に隠れて頭を両手で抱えながら私が叫ぶと、ササラは哄笑してきた。
「くふふ! その娘を殺そうとしている貴女が、どの口で言いますか」
確かにそうなので、強く否定はできないけれど・・・
情け容赦なく、正確な攻撃をしてくる女魔術師を前に、私の顔は引きつってしまう。
(あいつ、本気で実の娘を殺そうとしている・・・性根が腐ってるのは相変わらず、か)
思い出すは、パーティを組んでいた頃。
ササラのクズっぷりは、嫌というほど見てきているのだ。
そのくせ、勇者の前では猫かぶりという・・・
昔の彼女との出来事を思い出す私の脳裏に、声が聞こえてきた。
またレナが、私の精神支配を跳ね除けたようである。
この忙しい時に・・・
──仕方ないよ。ママは、こういう人だから──
『え・・・あんたたち家族って・・・』
──ママにとっては、ずっとパパが一番なの。わたしは、オマケなの──
ある意味で達観している様子のレナの言葉。
──でもね、お外に一緒に出るとママは優しくなるから、ママのこと好きだよ──
なんてことだろうか。
私は、大きな勘違いをしていたらしい。
周囲からの理想的な家族像は、ただの虚像だったようである。
クレアミスにとってはわからないけれど、少なくともササラにとっては、娘が死のうが生きようが、関係ないようだった。
この女の前で娘を殺したとしても、復讐にはなり得ない。
こうなってしまうと、不本意ながら、あとは実力行使しかないだろう。
幸いなことに、この少女の潜在能力は高い。
私は、計画を大きく見直すことにした。
この体を使ってまずササラを殺してから、帰ってきたクレアミスの前で自殺する。
(おし。この計画でいくか)
──お姉さんって、ひどい人なんだね──
『あんたの両親に、先にひどいことをされたのよ』
──おねがい、お姉さん。わたし、まだ死にたくないよ──
『諦めて、お嬢ちゃん。あんたはね、もうすぐ死ぬのよ』
幼いながらも命乞いしてくる彼女を、私は冷たく突き放す。
──お姉さん・・・──
『おしゃべりは、ここまでよ』
頭の中でしゃべってくるレナを精神支配の強化で黙らせてから、私は行動を開始した。
「いつまで隠れているつもりですか? 早くしないとあの人が帰ってきちゃうじゃないですか。早くおとなしく、また私に殺されてくださいよ、ラギア」
魔力矢を放ってくるササラは、余裕の態度で言ってくる。
こちらに攻撃手段がないと思っているからだろう。
まあ、8歳の子供が魔法を使えるなんて、普通は思わないだろう。
その認識が狙い目だった。
私は、憑依した者の能力を100%使うことができるのだから。
「くふふ・・・レナも、そろそろ邪魔だなと思っていた頃なんですよ。あの人の愛を受けるのは、私ひとりだけでいいのですから」
始末する機会をくれてありがとう、とササラは双眸が喜色に染まっている。
とことん腐ってる女である。
返答の代わりに、私は行動で応えてやることにした。
(油断したまま死ね! クソ女!)
物陰から飛び出した私の肩先を魔力矢がかすめ過ぎ、衣服が焼き千切られる。
その際、腕から僅かながらも痛みが伝わってくる。
(痛っ・・・なんで?)
憑依先の痛みを感じるはずがないのだけど・・・疑念が沸くも、いまは気にしない。
そんな余裕もありはしない。
私は真っすぐにササラへと突進するや、両手に魔力光を生み、解き放つ。
「死ねクソ女ああああああああああああああああッ!」
「な──っ!?」
想定外の魔法攻撃を前に、優位を疑っていなかったであろうササラから、初めて動揺の声が漏れる。
咄嗟に両腕でガードして爆発の直撃は防ぐものの、その衝撃で吹き飛ばされていた。
ここは室内、しかも戦闘の余波ですっかり荒れているのだ。
こんな場所で下手に吹っ飛べば、打ちどころが悪ければ即死すらありえる状況。
だったのだが・・・
私のそんな淡い期待は、あっさりと吹き散らされる──
「大丈夫かっ、ササラ!」
まったくもって最悪の場面で、待ちに待った待ち人が、飛び込んできたのだった。