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さよなら、バイバイ、また明日。

作者: 深海映

「またね、未果みかちゃん」


 サッカーのユニフォームを着た少年が悲しげな笑顔で手を振る。


 ――待って! 待ってテッちゃん!


 手を伸ばし、引き留めようとするんだけど、体はどうしても動かない。


「またね」


 ――駄目! この後、テッちゃんは......!


 ......ピピピピピピピピピピ


「テッちゃんは......ってあれ?」


 アラームの音で目を覚まし、私はガバリと飛び起きた。


「夢?」


 窓の外はもうすっかり明るくなって、目の前では、うさぎ型の目覚ましがやかましく音を立てている。


「また、この夢......」


 アラームを止めると、私はパジャマの袖で頬をぬぐった。頬には、知らない内に涙が伝っている。


 最近、いつも同じ夢を見る。テッちゃんが死んでしまう、悲しい夢を。この四月に高校に入学してからずっと。


「一体、どうして?」






「ふああ......」


 眠い目を擦りながら昇降口で靴を脱ぐ。

 最近あの夢のせいで何だか寝不足なんだよね。


 上履きを取り出そうと背伸びをし、靴箱に手を入れると、何かがカサリと音を立てた。


「ん?」


 靴箱の中をよく見ると、奥の方なか何かある。紙? 手を伸ばしてを引っ張り出すと、それは白い封筒だった。中に手紙が入ってる。


 ――またこれだ。


 封筒を開ける。

 そこに書いてあったのはたった一言。


『いつもあなたを見ています』


 ......何だこりゃ。


 一週間前くらいかな。嫌がらせなのかラブレターなのか分からないけど、ここ最近、朝学校に来るとこの手紙がよく下駄箱に入ってる。


 パソコンで打ってあって筆跡も分からないし......ただのイタズラだろうけど、何だか不気味!


 私はその手紙を、鞄の中へと放り込んだ。


「何か最近、変なことが続くなぁ」


 一人呟いて教室へと急ぐ。


 最近立て続けに見る変な夢に、靴箱に入っている謎の手紙。

 この時私は知らなかった。まさか、これが全ての始まりだったなんて。





「単刀直入に言う。付き合ってほしい」


 照れるでもなく、真っ直ぐ私を見つめて言う宮部くん。


 その日の放課後、誰もいない教室で、私は隣のクラスの宮部くんに告白された。


「えっ......」


 信じられない。頭が真っ白になって、思わず言葉を失ってしまう。


 すらりとした長身。サラサラした黒髪。知的に光る銀縁眼鏡。


 宮部くんは、テストでは学年一位、品行方正で、クラスでは学級委員長という絵に書いたような優等生だ。

 

 そんな彼が、何で私?


 だって私はクラスの中でも目立たない方だし、飛び抜けて美人ってわけでも可愛い訳でもなく、成績も運動神経も普通でなんの取り柄もない女子。


 クラスも違うし、ろくに話したこともない。何かの罰ゲーム? そうとしか思えなかった。


「ごめんなさい!」


 考えた末、私は勢いよく頭を下げることにした。


 風が吹いて、カーテンを揺らした。運動部の掛け声が遠くから聞こえる。午後の日差しが、誰も居ない教室を優しく照らした。


「なぜだ」


 宮部くんは私の返事を聞くと不満そうにした。なぜだと言われても。


「だって私、宮部くんのことよく知らないし......あまり話したこともないし」


 それに、このちょっと堅物っぽい感じ。ちょっと苦手かも。


 宮部くんの目が、眼鏡ごしにギラリとひかった。


「ほお?」


 ひいっ!


 思わず肩をすくめる。な、何っ!?


 私みたいな冴えない女子なら断られないだろうと思っていたのに、断られたから不満なのだろうか?


 宮部くんはそんな私をよそにニヤリと笑った。


「ほう、一応僕の名前は知っていたわけだ」


「だって、目立つから。学年一位だし、クラス委員だし......」


 冷や汗をかきながら答える。


「でも、宮部くんだって、私のことなんかよく知らないはずです」


「知らなければ恋に落ちてはならないという道理はあるまい」


 あっけらかんとした顔で言う宮部くん。まあ、それはそうかもしれないけど。


「まあいい。付き合うのが駄目ならお友達はどうだ? 君は僕と友達になる。それ位ならいいだろう?」


「そ、それぐらいなら」


 宮部くんの推しの強さに根負けして、私は渋々お友達になるのを承諾する。


 友達......くらいならなってもいいよね。


「じゃあ、友達ってことで、よろしく」


「よろしく」


 宮部くんに手を差し出され、渋々その手を握り返す。あったかくて大きな手だ。男の子の手って、大きいんだなあ。背が高いせいだろうか。


「先程、君は僕が君のことを知らないと言ったね?」


 手を握ったままじっと私を見つめる宮部くん。


 急に顔が火照る。私は思わずその手を振りほどいた。


「う、うん」


「でも、僕は君に関していくつかの事柄を知っている。まず第一に、君は几帳面で責任感が強い」


「なんでそんなこと分かるんですか」


「教室に置きっぱなしにされたプリントや空になったペットボトルを掃除をしているのを見かけたことがあるからな。それにサッカードイツ代表が好き」


 宮部君は私が持っていたドイツ代表のサッカー選手のクリアファイルを指さした。


 凄い。よく見てるなあ。


「それに、最近顔色が悪い。どうやらよく眠れていないようだ。何か悩み事があるんじゃないのか?」


 悩み事......?


 私はよくよく思い返してみた。


「悩み事って程でもないけど......あ、そう言えば気になることが」


 自分の鞄をゴソゴソと漁る。あった。今朝下駄箱に入っていた謎の手紙!


「これ、ひょっとして宮部くん?」


 私は『いつもきみを見ています』という手紙を宮部くんに渡す。宮部くんは手紙をちらりと見ると、首を横に振った。


「いいや、違うけど、どうして?」


 へっ、そうなの? てっきり宮部くんかと思ったのに。じゃあ、一体誰が?


「......なるほど、君の悩みはそれか」


「へっ?」


 宮部くんの眼鏡がキラリと光る。


「なら決まりだな。早速その手紙の差出人が誰なのか、君の相談にのることにしよう」


「えっ? なんでそうなるの!?」


 私が困惑していると、宮部くんは強引に手を引く。


「だって僕たちは友達だろう? 友達の相談に乗るのは当然だ」


 私の手を握ったまま教室を出る宮部くん。ええっ? そんなのって、あり?


「みっ、宮部くん、どこにいくの!?」


 隣のクラスの子が、私たちを指さしたのが分かった。顔が火照ったように熱くなる。


「学校近くの喫茶店だ」


 喫茶店? いいのかなあ、学校帰りにそんな所に寄り道して。


 校舎の階段を降り、昇降口へ。自分の下駄箱を開けた時、何かがヒラリと落ちた。


 手紙だ。今朝見たやつと同じ。


 私は恐る恐る紙を広げてみた。



『宮部には近づくな』



「何......これ」


 どういうこと? 何で宮部くんのこと......。


 私が呆然としていると、宮部くんが後から覗きこんできた。


「なるほど、それが例の手紙か」


 私の手から手紙をひったくる宮部くん。


「ふむふむ......なるほど。安心しろ。必ずや、手紙の犯人を見つけて、君の悩みを取り除いてやろう」


 ニヤリと笑う宮部くん。


 でも、私にとって一番大きな悩みは、あなたなんですが......。


「それと」


 ふわりと笑う宮部くん。


「友達なんだから、僕とは敬語じゃなくてタメ口で話すこと。いいね?」


「......はい」


 はあ。


 私は深いため息をついた。





 宮部くんの言う、その喫茶店は、高校のすぐ裏手の坂の上にある。


 古びた扉を開けると、古い木でできた扉がカランコロンと音を立てた。


 窓はステンドグラスになっていて、古い人形やオルゴールが沢山飾ってある。


 こじんまりとしていて、お洒落なお店。この高校は家からかなり離れてるし、こんな喫茶店があったなんて、今まで知らなかった。


「いらっしゃいませ」


 白い髭を生やしたナイスミドルな店長さんが出迎えてくれる。素敵な人だな。


 私たちは、一番奥のソファーの席に腰掛けた。


「コーヒーのホット」


 宮部くんがメニューも見ずに頼む。


「ブラックでいい?」


「ああ」


 宮部くん、ブラックコーヒーなんて飲むんだ。大人だな。


「君は?」


 宮部くんにうながされ、慌ててメニューをめくる。


「わ、私はこの抹茶ラテで......」


「抹茶ラテね」


 店長さんは、メニューをメモすると、じっと私の下駄箱に入っていた手紙を眺める宮部くんに親しげに笑いかけた。


「君が女の子を連れているなんて珍しいね」


 どうやら宮部くんはここの常連らしい。


「もしかして彼女?」


「ち、違います!」


 私は慌てて首を振ったが、宮部くんは表情を崩さず言った。


「これから仲良くなるところなのだ」


 私は水を吹き出しそうになる。もう、何言ってるの!? ナイスミドルが笑う。


「そう。仲良くなると思うよ。君たちには赤い糸が見える」


「赤い糸?」


 何それ?


 困惑していると、宮部くんは無表情に言う。


「あ、店長は自称霊能力者だから」


 私は店長と呼ばれた男性の顔をまじまじと見た。


 霊能力者ってもっと怪しげな人がなるものだと思っていたけど、店長さんの見た目は普通、むしろ素敵だ。なんだかとっても不思議な気がした。


 店長さんは照れたように笑う。


「昔から霊とかが良く見える体質なんだ。ただそれだけで、除霊なんかはできないけど」


「へー、凄いですね」


「もしそれが本当ならな」


 どうやら宮部くんは店長が霊能力者だというのを信じていないみたい。


「何か霊に関する悩みがあったら僕に相談してよ」


 店長さんが私の顔を見つめる。


 もしかして、店長さんには分かるのだろうか。私が「あの夢」に悩まされていることが。


 下駄箱に入っていた手紙も気になるけど、最近見るようになったテッちゃんの夢も気になるんだよね。


 一週間くらい前から始まった謎の手紙と幼馴染の夢。


 これは偶然? それとも、もしかしてあの手紙は、死んだテッちゃんからのメッセージ? 何てことも......


 唾を飲み込む。相談すべきなのだろうか。いきなりあったばかりの、見ず知らずの人に。


「何か、相談したいことでもあるという顔だね」


 宮部くんが私の顔を見つめる。


 いやいや、話したら変に思われる。死んだ幼馴染がその手紙の差出人かも、だなんて。


 でもよく考えたら、霊能者に会うことなんてめったにないし、意を決して相談するべき?


 ええい、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥!


「あのっ、実は最近、夢の中に事故で死んだ幼馴染が出てきて」


 今朝の夢の内容を二人に話す。


 店長さんは途中まで真剣な顔で聞いていたけれど、私が話し終わると、うーん、と首を捻った。


「すると、何かね? 君はこの手紙を書いたのが幼馴染の霊だとでも言うのかね?」


 店長さんは二つの手紙を見比べた。


「そうだねぇ。特に霊っぽいのは見えないけど」


「僕も霊ではないと思う」


 ぴしゃりと言う宮部くん。


「で、ですよね......」


 肩を落とす私。宮部くんはじっと私の顔を見つめると、あごに手を当てた。


「なるほど。君の悩みは二つある訳か。一つ目はその手紙。二つ目は夢に出てくる死んだ幼馴染」


 いえ、悩みは三つです。三つ目は目の前にいます、そう言おうとしてぐっと堪える。


「一つ質問していいかい? 君は、その幼馴染のことを好きだったの」


 ゲホ、ゲホ!


 私は飲みかけの水を吐き出しそうになった。


「ただの友達だよ!」


「ふーん?」


「......こ、告白されたけど」


「なるほど」


 宮部くんは顎に手を当て、何かを考えだす。


「よし、決めた。明日、一緒に学校の図書室へ行こう。夢占いで調べてみるんだ」


 夢占い?


 冗談を言っているのかと思ったけど、宮部くんの目は真面目だ。


「必ずや、夢に出てくる幼馴染の謎を解き明かし、君に安眠を届けよう」


 大げさに宣言する宮部くん。


「は、はあ」


 宮部くんはカバンから手帳を取り出した。


「それはいいんだけど、この手紙のことは......」


 私が恐る恐る手紙を指さすと、宮部くんはニヤリと笑った。


「その手紙のことなら、大体分かった」


「えっ? 大体分かったって......犯人は誰!?」


「その手紙のことも、また後日話そう。明日は何か用事はあるか?」


「ええっと......」


「用事があるのか無いのかと聞いている」


「ひえっ、な、無いです!」


「よろしい。ではまた明日」


 宮部くんは強引に決めると、満足そうに店長の持ってきたブラックコーヒーを飲み干した。


 私も店長の持ってきた抹茶ラテに口をつける。あ、甘くて美味しい。


 それにしても、まんまと宮部くんのペースに乗せられてる気がするのは気のせい?


 結局、苦手なはずの宮部くんと、明日も会うことになってしまった......なんでこうなるの!?





 テッちゃんと私は、小学校のころ、同じ少年サッカーチームに所属してた。


 チームには女の子は私一人しかいなくて、私は毎日テッちゃんたち男の子と遊んでた。


 当時、サッカーアニメが大流行していて、私たちはよくそのアニメのテーマソングを歌ってたっけ。


 特に「また明日になれば一緒に会えるよ笑えるよ。またね。さよなら、バイバイ、また明日」というサビが大のお気に入りで――


 家の前で、テッちゃんと私が別れるとき、私たちは決まって 「またね」「さよなら、バイバイ、また明日」と挨拶を交わしていたな。


 だけれどもその日に限って「またね」と言われた私は「さよなら、バイバイ、また明日」と返さなかった。


 そして、テッちゃんに明日は来なかった。

 テッちゃんはその日、家の前でトラックに轢かれて死んだんだ。





「......今日はあの手紙はなし、か」


 明くる日、私は空っぽの靴箱に安堵あんどの息を吐き、自分の教室へと向かった。


「おはよう、未果。聞いたよ?」


 教室に着くなり、イケメンとゴシップが大好きな新聞部のマリナが肩を抱いてくる。


「聞いたって、何を......」


 嫌な予感。


「昨日、隣のクラスの宮部くんと手を繋いでたんだって!?」


 だああー! やっぱり!


「ち、違うよ、それは誤解......」


 弁解しようとした私だったけど、マリナはニヤニヤと笑うと耳元でこう囁いた。


「またまたー、何人も見たって人がいるし、喫茶店でデートしているところを見た人もいるんだから!」


「確かに喫茶店には行ったけど......」


 断じてデートなんかじゃない!


 私はマリナに昨日の出来事を説明した。宮部くんに告白されたけど断ったこと。なりゆきで、相談に乗ってもらうことになったこと。


「えー? なんで断っちゃったの? 勿体無い。宮部くん、堅物そうだけどよく見るとイケメンなのに。学年一位だし」


 マリナは不満そうな顔をする。


「だって、私の好みじゃないんだもん」


「そっか。未果、サッカー日本代表みたいな人がいいんだっけ」


 私はため息をついた。


「ドイツ代表だよ」


「外国人がいいの?」


「外国人じゃなくてもいいけど、明るくて、サッカーが好きな人がいい」


 ふーん、とマリナは鼻を鳴らした。


「じゃあ宮部くんは違うか。スポーツやってるなんて聞いたことないし、どちらかと言うとガリ勉タイプだしね」


 残念そうにするマリナ。そう、宮部くんは私の好きなタイプとは全然違う。断じて違う。


「じゃあ、高梨くんみたいなのが好み?」


 マリナは窓辺で友達と談笑している男子を指さす。茶髪でちょっぴりヤンチャそうなイケメン。サッカー部の高梨くんだ。


「うん。どっちかと言えば」


 どちらかと言えば、とは言ったけど、本当は凄くタイプ。


 高梨くんって、少しだけ、テッちゃんに似ているような気がするし。


 あのいたずらっぽい瞳とか、見てるとちょっぴりドキドキしちゃう。


「おお、なるほど」


 マリナの目が輝く。これは、新たなる誤解の予感。


「で、でも、違うからね! 高梨くんとは――」


「こんにちは、未果ちゃん。高梨くんいるかな?」


 私が必死に弁解していると、廊下から声をかけられる。


 振り返ると、そこに立っていたのはアイドルみたいに清楚な美少女。宮部くんと同じクラスの星羅せいらちゃんだ。


 透き通るような肌にサラサラの黒髪。大きな潤んだ瞳。小柄だから自然と人と話す時に上目遣いになるのがまた可愛い。


 ぶりっ子だって嫌ってる女子もいるみたいだけど、私は星羅ちゃんみたいな子、憧れちゃう。


「あ、うん。あそこに」


 私が窓の方を指さすと、星羅ちゃんは嬉しそうに駆けていく。


「高梨くーん! あのね、今日の練習の事だけど......」


 親しげに高梨くんとお喋りする佐藤さん。


 マリナはあんぐりと口を開けた。


「ちょっと、いいの!?」


 マリナが私の制服の袖を引っ張る。


「いや、別に私はどちらかと言うと好みだというだけで本気で付き合いたいわけじゃ」


「えーっ、そうなの? っていうか、あの子誰!? なんか馴れ馴れしくない?」


「星羅ちゃんだよ。サッカー部のマネージャーなの」


「そうなんだ。何で知ってるの?」


「私も、サッカー部のマネージャーになりたくて一緒に見学しに行ったから......結局抽選で落ちちゃったけど」


 サッカー部のマネージャーは、女子に人気の花形。そのせいで、入部が抽選になって、結局私はマネージャーにはなれなかったんだ。


 サッカーが好きだけど、女子サッカー部は無いから、せめてマネージャーになりたかったんだけどな。


 いいなあ。イケメンの高梨くんと、可愛い星羅ちゃん。お似合いだなあ。


 私が見とれていると、星羅ちゃんと話していた高梨くんが私に向かって笑いかけた。


「マネージャーと仲良いんだな。知らなかった」


 私は高梨くんに話しかけられることなんて滅多にないからドギマギしてしまう。


「う、うん! 実は私もマネージャー志望で、一緒に部活の見学に行ったりしてたから」


 星羅ちゃんが私の右腕をギュッと掴む。


「星羅、サッカーのことあんまり分からないのにマネージャーになっちゃったから、未果ちゃんにルールとかたまに教えて貰うの」


「そうなんだ。サッカー詳しいんだな」


 高梨くんは私の持ってるクリアファイルを指さす。


「そう言えば、いつも見てて気になってたんだ。それギュンドガンだろ? マンチェスター・シティ好きなの?」


「う、うん。ドイツ代表も好きで――」


 ひぇ~! 高梨くんが私にこんなに話しかけてくれるなんて!


「そうなんだ。もしかして、ブンデスリーガとかプレミアリーグとか見てる? 俺はスペインリーグが好きだけど」


「うん。時差があるから録画してだけど」


 そんな風に高梨くんと話していると、急に背後からヌッと腕が伸びてきた。


「ぎゃっ!」


 伸びてきた腕は、私の肩をガシリと掴む。

 恐る恐る振り返ると、そこには宮部くん!


「――放課後。約束、忘れてないよな?」


 低い声で囁く宮部くん。知的な眼鏡がキラリと光る。こ、怖い。


「......う、うん。忘れてないよ」


 もう、宮部くんたら、せっかく高梨くんと話してるのに何で割り込んでくるのよー!

 高梨くんは口をパクパクさせてる私と宮部くんの顔を交互に見比べた。


「......俺、もしかしてお邪魔かな? じゃあ俺はこれで」


「私も......じゃあね」


 苦笑いを浮かべ去っていく高梨くんと星羅ちゃん。

 あっ、せっかく高梨くんとお喋りできたのに!


 マリナがニヤニヤと笑みを浮かべた。


「ほう? 何か昼ドラみたいになってきたね」


 ち、違~う!


「それにしても......」


 マリナが唇を噛み締める。


「未果はあたしの親友なのよ! あの星羅って女、私の未果にあんなにベタベタして~!」


「そっち!?」


 ギュッと私に抱きついてくるマリナ。

 ああもう......訳わかんない!






 放課後、私と宮部くんは約束通り図書室にやって来た。


「意外だね。宮部くんは占いみたいなオカルトっぽいのに興味ないと思ってたのに」


 私が少し皮肉っぽく言うと、宮部くんはくい、と眼鏡を指で押し上げた。


「いや、夢は深層心理を映すものだ。心理学には少し興味があるしな」


「そ、そうなんだ」


 心理学。宮部くん、将来はカウンセラーにでもなるんだろうか。全然似合わないけど。


「ふむ、この本によると、人が死ぬ夢は吉夢で、幸運が訪れることを知らせるのだそうだ」


 ペラペラとページをめくる宮部くん。


「幸運、かあ。ピンと来ないなあ」


「ではこれは? 『初恋の人は素敵な恋をしたいという心の現れ』だとさ」


 私はとっさに否定した。


「べ、別に初恋とかそんなんじゃ。ただ告白されただけで」


「ふむ。『告白される』の項目もある。『誰かからの好意を薄々感じていたり、期待していることの現れ』これは当たっているのではないか?」


 宮部くんが「告白」のページをトントンと叩く。


「どういうこと?」


 首を傾げる私に、宮部くんは盛大なため息をついた。


「それはもちろん、僕が君に告白したことだ。予感めいたものがあったのではないか?」


 そういえば私、宮部くんに告白されたんだった。


 でも予感なんて……体育の授業で一緒になったり、廊下ですれ違った時、宮部くんと何度も目が合ったことを思い出す。その時は偶然だと思っていたけど、もしかして、それが予感? 


 でも......


 宮部くんは時計をじっと見つめた。


「......そろそろか」


 急に椅子から立ち上がる宮部くん。時刻は午後四時。外からは、ブラスバンドの練習の音や、運動部の掛け声が聞こえ始めていた。


「靴箱に行くぞ」


 私の腕を強引に引く宮部くん。


「へっ?」


「何をボケっとしている。そろそろ犯人が靴箱に手紙を入れに来る時間だ」


「何でそんな事......」


 口元に笑を浮かべる宮部くん。


「もしかして、あの手紙の犯人が分かったの?」


「ああ。犯人は、サッカー部のマネージャーの星羅さんだ」


 ええっ!? 星羅ちゃんがどうして!?


 急いで昇降口に向かう。するとそこには、宮部くんの言った通り、一番上の靴箱――私の靴箱に何かを入れようとジャンプしているジャージ姿の星羅ちゃんがいた。


「星羅ちゃん!?」


 私が声をかけると、星羅ちゃんは青い顔をして手から手紙を落とした。


 私は封筒を拾い上げた。間違いない。いつも私の靴箱に入っているあの封筒だ。


「どうして星羅ちゃんが......」


 私が困惑していると、星羅ちゃんは手で顔を覆いわっ、と泣き出した。


「だって私、未果ちゃんに私だけを見て欲しくて」


 え......ええ??


「私、クラスでは男好きだとか人の彼氏を取ったとか、変な噂を立てられてあまり友達がいないの。でも未果ちゃんは優しくしてくれて......」


 聞けば、サッカーに詳しくない星羅ちゃんがサッカー部のマネージャーになったのも、元はと言えば私と同じ部活に入りたかったかららしい。そうだったのか......それで私だけ抽選に落ちちゃうなんて!


「でも最近、未果ちゃんが同じクラスの宮部くんのことを気にしてるのに気づいて」


「き、気にしてなんか!」


 それは、宮部くんがこっちを見てくるから、たぶん無意識の内に見ちゃってるだけだと思うなあ。


「ちょっと嫉妬しちゃったの。未果ちゃんは私のものなのにって。ごめんなさい......こんな私だけど、これからも仲良くしてくれる?」


「も、もちろんだよ!」


「未果ちゃん~!」


 抱きついてくる星羅ちゃん。

 私は大きな溜息をついた。






 夕暮れ。私は宮部くんと二人で駅に向かっていた。暗くなるといけないから、送って行くって。意外と紳士。


「でも、宮部くんはどうして星羅ちゃんが犯人だって分かったの?」


「簡単だよ」


 宮部くんは茜色に染まった空を見上げた。


「まず、君がその手紙を見つけた時、靴箱の奥の方に引っかかってたと言っていた。普通そんな見つけにくいところには入れない。靴の中とか、確実に見てもらえる所に入れるはずだ」


「......確かに」


「そこで僕は、その手紙の主は背の低い女子なんじゃないかと考えた。背が低いから、手紙を投げ入れるしかない。そこで奥の方に入ってしまったんだとね」


 確かに、私の靴箱は一番高い所にある。さほど背が低い訳でもない私が、背伸びをしないと手が届かないんだから、星羅ちゃんなら投げ入れるしか無いんだろう。


「となると、靴箱の高さから考えて、犯人は恐らく身長150センチ以下。そんなに小さいのは学年にも数人しかいない。それに星羅さんはいつも君を見ていたし」


「そ、そうかな」


 唇を噛み締める宮部くん。そんな事、私は全然気が付かなかったんだけど......。


「でもどうして、あのタイミングで星羅ちゃんが手紙を入れるって分かったの?」


「今回は、確実な証拠はなかったが、星羅さんが犯人じゃないかと検討がついていたから、『四時から未果さんと図書館に行く』と嘘をあらかじめ伝えておいたんだ」


 そっか。二人、同じクラスだっけ。


「授業が終わる三時半前後は人が多いし、サッカー部は三時四十五分から四時の間はミーティングがある」


「詳しいね」


「けれどあまり遅くなるといつ僕たちが帰るか分からない。手紙を入れるなら、ミーティングが終わった直後の四時少し過ぎが一番安全だから、もし星羅さんが犯人ならその時間に来るだろうと踏んでいたんだ」


 確かに、ミーティング直後なら部活の準備のためにグラウンドを離れても不自然じゃないし、マネージャーが筆記用具を持ち歩いていてもさほど目立たないかもしれない。


「なるほど......」


 どうやら宮部くんは、私が思った以上にくせ者のようだ。


「......結局、例の夢とあの手紙は関係無かったんだね」


「そのようだな」


「じゃあ夢占いも、意味が無かったわけかぁ」


「元々単なる時間つぶしだしな」


 なあんだ。

 駅につき、電車が来るまで二人でベンチに腰掛ける。


 大きな夕日。まるであの日みたいに赤くて――


「でも私……あの夢はやっぱり何かテッちゃんからのメッセージだと思うんだ」


 ポツリと呟いた私に、宮部くんは顔を上げる。


「ほう」


「テッちゃんが、私に何か伝えようとしてるんだと思う」


 そう言うと、宮部くんは大きく息を吐いた。


「これは僕個人の意見だが――僕は逆だと思う。ならばどうしてそのテッちゃんとやらは君に何も言ってこないんだ? 僕が思うに、言いたいことがあるのは君の方じゃないか?」


「私が? 何を?」


「それを考えるのは君自身がすることだ」








 そしてまた、あの夢を見た。


「お前の事が好きだ」


 突然の告白。告白なんかされたのは初めてで、ビックリして、恥ずかしくて。言葉にならない私に、テッちゃんは苦笑いした。


「......ごめんな、困らせて。今のは忘れていいよ」


 そう言って、テッちゃんは走り出す。


「......あ!」


 私は手を伸ばす。ダメ! 行っちゃダメ! この後あなたは、トラックに轢かれるんだよ! 言おうとしたけど、声がでない。足が動かない。どうしたら?


 ――言いたいことがあるのは君の方じゃないか?


 宮部くんの言葉が蘇ってくる。

 そう。私は伝えたかった。それなのに、伝えられなかった。だからこの夢を繰り返し見るのだ。


「テッちゃんー!!」


 私は体中の力を振り絞り、声を出した。やった! 声が出た!


 こちらへゆっくりと振り向くテッちゃん。

 でも呼び止めたのは良いものの、何を伝えれば?


「またね」


 手を振り、再び走り出すテッちゃん。行ってしまう! 私は無我夢中で声をあげた。


「ありがとうー! 私、すごく嬉しいよ!」


 テッちゃんは目を丸くした後、少し頬を染めてこくり、と頷いた。私は叫んだ。


「さよなら、バイバイ、また明日!!」


 手を振り、眩しい笑顔を見せるテッちゃん。


 そう、私は心残りだったのだ。テッちゃんと笑顔でさよならできなかったことが。


 あの日「またね」と言ったテッちゃんに何も返せなかった。不機嫌な顔で別れしまった。それが心残りで、きっと私は何度も同じ夢を見ていたのだ。


 さよなら。テッちゃん。さよなら、私の初恋かもしれなかった人。好きになってくれてありがとう。






 ......ピピピピピピピピピピ



 アラームの音で目が覚める。

 私の頬は、涙で濡れていた。でも嫌な感じじゃなかった。


「言えた......思いを、伝えられたんだ」


 こうして私は、久しぶりにすっきりとした気分で朝を迎えたのだった。






「おや、今日はやけに上機嫌だね」


 喫茶店で待っていた宮部くんが微笑む。


「うん……多分だけど、もう夢にテッちゃんは出てこないと思う」


「それはどうして?」


「テッちゃんに、言いたかったことは言えたから」


 宮部くんは黙っていつものブラックコーヒーを飲み干す。


「……言いたいことって?」


「それは――」


 すると店の奥からバタバタと女の人が出てきた。


「あらテツ、お友達と一緒なの?」


 ん? この女の人、どこかで見覚えが。っていうか、テツって――


 私はとっさに宮部くんのノートを見た。そこには『宮部徹』と書かれている。


 クラスも違うし、ずっと『ミヤベトオル』だと思っていたけど、宮部くんも『テツ』って名前だったの!?


 女性が私の顔を見てアッ! と声を上げる。


「もしかして未果ちゃん!? 昔近所に住んでた!」


 宮部くんはすました顔で答えた。


「そうだよ、母さん。同じ高校なんだ。初めて会ったときはびっくりしたよ」


 え? どういうこと?

 私があっけにとられていると、宮部くんは呆れたようにため息をついた。


「はじめから『幽霊じゃない』って主張していただろう? 確かに、あの時トラックに轢かれて生死の境を一週間ぐらい彷徨ったけどさ」


 確かに、宮部くんはそう主張していた。でも待って。頭がクラクラしてきた。


 脳裏に様々なことが蘇ってくる。


 なぜ宮部くんはクラスが違うのに私の方をあんなに見ていたのか。なんで私に告白してきたのか。


 なぜクリアファイルを見ただけでそれがドイツの選手だとすぐに分かったのか。ギュンドガンは代表ではなくクラブチームのユニフォームを着ていたのに。


 そしてあの夢。夢は深層心理を示すもの。無意識の内に、私が宮部くんの正体に気づいていたのだとしたら――?


 宮部くんの顔をまじまじと見る。黒縁眼鏡の奥で笑うその目がテッちゃんのものと重なった。


「え……えええええ!? だ、だって名字が」


「離婚したんだよ。それで、あの後すぐ引っ越してさ」


 眩暈がした。こんな……こんなことってあり? 死んだと思っていたテッちゃんが生きていて、それが宮部くんだなんて!


「それで? 僕に言いたかったことってなんだい?」


 頬杖をつき、ニヤニヤといじわるそうな顔で聞いてくる宮部くん。


 まったくも―!!


 私は恥ずかしさのあまり、席を立って店を出ようとした。


 晴れ渡る空の下、背後から爽やかな声が降ってくる。


「またね!」


 だから私は顔を真っ赤にして、思い切り叫んでやったんだ。


「さよなら、バイバイ、また明日!!」 




 【完】




 





 




      

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうお話好きです。やっぱりハッピーエンドですよね。
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