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少女が変わる、ほんの些細な理由

 寒い。身も心も寒い。


 この田梨たなし英莉えりと申すどうしようもない者へ施しを。

 友達を、居場所を、身長が望み過ぎならせめて胸囲を。あ、ついでに人並みの体力を。


『以上が初詣のお願いだったんだけど』


 ベッドの上で親友へ無意味なチャットを飛ばす手が止まらない。ずっとサボっていた挙げ句、三月に行っても初詣というのかは知らないけれど。


『なんで東京なんかで初詣してるのさ』

『明治神宮だかで初詣してた画像を夜中に送りつけやがって。ポンポコポンポコうるせーんだよ馬鹿たれ!』


 一瞬の出来事だった。

 春休みの寸前、たった一人の親友は遠く東京へと旅立ってしまった。

 正月の旅行はその前兆だったんだろう。

 その親友と実質二人で回していた新聞委員会は、三学期の終業日に休会となってしまった。

 部活の休部ならまだしも、委員会の休会は予想外だった。自分一人で回そうと思っていたから、新入生勧誘計画書すら提出していなかった。そりゃ開店休業状態と判断されても不思議はないか。


『生徒会にスカウトされちゃいましたよ』

『もはや聖職者ですよバチカンですよ』


 そして、宙ぶらりんになった私は生徒会へと組み込まれてしまった。

 部活・委員会活動必須だから仕方ないのだけれど。

 新学年早々顔見知り程度の人々と行動することになるとは。まぁ、内申良くするために余生を過ごすのも悪くはないかな。





『一年生多すぎて怖いんだけど!!』


 人混みの中ではスマートフォンが手放せないのは私の悪い癖だ。

 生徒会役員となった初めての仕事は入学式の手伝いだった。

 でも、一晩中親友を思い出しては涙を流していたので、眠い頭に立ち仕事はありがたいといえばありがたかい。


 体育館の入口で徽章、要するに『新一年生』と書かれた花のバッジを渡し、席が決まっていることを伝える簡単なお仕事。

 ただし、コミュニケーション能力がなければ地獄のような苦痛を伴う。


 案の定、地獄だった。


『必殺技ゲージたまってないから人に話しかけられないんだけど』


 連絡を受けている風にスマートフォンをいじるのも限界がある。


 仕方なく、他の生徒会メンバーの背後に寄生しつつ渡していたからか、紙袋の中の徽章は全く減らなかった。

 こんなの一人一人勝手に取っていくようにしてもいいじゃないかと思うのだが、それでは胸につけてくれない新入生が続出してしまうんだそうだ。言われてみれば私も着けなかった。


「入学おめでとうござ……あ、あれ?」


 生徒会メンバーの一人が困っていた。早くも手持ちを配り終えてしまったらしい。切れ長な目をしたイケメン君の困り顔はなかなかの眼福だ。

 そして、チャンスでもある。さっと駆け寄って手持ちの徽章を押しつけようとしたところで、気が変わってしまった。


「……どうぞ」


 私の手で、徽章を付けてあげたくなった。


「うわ! あ、は、はい」


 私の口から出た声には一切の感情が乗っからなかったけど、心の中は少しだけ躍っていた。


 うっわ、この男の子可愛いなぁ。

 小さくて顔に威圧感が無くて。年上に興味はございませんかね。

 こんな腫れぼったい目の童顔女が近寄るだけで挙動不審になるところも完璧だ。世の男子高校生が全員こんなだったら楽しい高校生活が送れるのにな。


「お名前は?」


 しまった。「入学おめでとうございます」が先だろう。

 しかし、挨拶もなしに名前を聞いてしまったくらいでびっくりした顔しないでよ。

 いや、違うか。こんなのが突然近寄ってきて徽章を付けられたからびっくりしただけかも。その証拠に返事がない。


「お名前は?」


 でも、今更挨拶も出来ないから押し通してやる。


「あ、すみません、かとう、かとうれんじです!」


 うひぃ!

 びっくりさせてくれるなぁ。声がでかいよ。


「『か』から始まる人は入って二番目の列の一番前です。自分の名前がついている席に座ってください」


 事務的だけど、なかなかスムーズに言えた気がする。


「あ、ありがとうございます!」


 だから声が大きいって。

 かとうれんじ君か。態度も可愛い君はきっと楽しい高校生活を送れるよ。

 私と違って。





 仕事は案外早く終わってしまい、昼過ぎには家に着いてしまった。帰るんじゃなかったなぁ。図書室が新入生だらけで入れなかったのは痛い。


 一人での帰宅は何年ぶりだろう。

 私と東京へ行ってしまった親友は、ほぼ毎日我が家に帰ってきていた。

 親友には父親がおらず、母親が働きに出ていたから昼は一人きりだった。我が家も商店経営なので昼は両親共にいない。だから親友と一緒に我が家へ帰るのは当たり前のことだった。そもそも親友とも出会いは母親同士が親友だったからだし。


 しかし再婚って。おばさんも隅に置けないな。

 どこでそんな相手と出会ったんだか、って同窓会だったね。定番中の定番。


 箱が潰れて店で売れなくなったお菓子が二つ、食卓の上に置いてあった。母も親友と私用に二つ置いていくのがクセになっているんだろう。

 その程度のことで涙をあふれさせている自分に腹が立つ。

 ヤケ食いでもしてやろう。潰れた箱を引き裂いて中のコアラを猟奇的に貪ってやった。はぁ、美味い。

 そして、一人むなしくチャットを送る。


『初仕事終わった』

『かわいい子いたよ』


 友達、作っておくべきだったな。生徒会の中で仲良くなれることはないだろう。突然一人になるとは思っても見なかった。いや辛いね、これは。

 とにかく、今は涙が流れるに任せてしまおう。こんなザマは他人どころか親にも見せられないよ。やれやれ。






「さぁ、興味が湧いて来たでしょう! 文芸部兼ミステリー研究会への入部をお待ちしております!」


 体育館の中は眠気に襲われるほど暖かかった。

 新一年生に部活動・委員会を紹介する会場の警備なんていう仕事を仰せつかったが、一年生はちゃんとルールを守って静かにしていたので、何もすることはなかった。


 だけど、少しだけ幸運が訪れた。

 自由着席なのに真面目だな。人が少ない一番前に着席しちゃって。


 かとう君だったかな。

 舞台じゃなくてこっちばかり見ているけれど、もしかして生徒会に興味あるのかな。この高校は部活動か委員会活動は必須なんだから紹介に集中した方がいいのに。生徒会なんて滅私奉公会はお勧めできないんだけど、もしかして生徒会希望しちゃうキャラなのかな。


 うーん、かとう君への興味が若干薄れた。

 真面目すぎる子は好みじゃない。なんて、相手をえり好みできるような立場ではないけれど。頭の中でタチの悪い女を演じることくらいは自由だ。


 人聞き悪くて申し訳ないけど、あの子は間違いなく異性との付き合いとはまだ無縁だろう。そんな無垢さを感じる子だ。

 他の一年生達と違って制服を一切着崩さず、寒いのにインナーも着ていない。

 でも、たまにはパーカを合わせてみて欲しいなぁ。





「田梨さん、とにかくチラシを人に渡して、あたし達がいる勧誘ブースへ誘導してくれればいいから」

「は、はぁ」


 生徒会の勧誘チラシは随分と簡素だった。本当に勧誘する気があるのかってくらい。


「ほんとは春休み中にチラシを田梨さんに作ってもらおうと思ったんだけどさぁ、いきなり仕事振るのは違うかなぁって。今後は多分広報の仕事をお願いすると思うんだけど」

「は、はい」


 なんだ、三年生の先輩なら先輩らしく呼びつけてくれれば良かったのに。人生最悪の春休みを過ごしていたんだよこちとら。


 確かに新聞委員会をやっていた私なら単色刷でももうちょっと見映え良く仕上げられたのに。

 うん、少し心が軽くなった。こんな私でも役に立てるのか。一緒に新聞委員会やっていて良かったよ、我が親友。


 しかし、気をよくしたのも束の間。


『配れねぇよおおあおあああああ!!』


 数分間グラウンドを歩き回ってすぐ、親友のチャットに余分な文字をぶん投げてしまう。


 もう駄目だ。リタイアしよう。

 生徒会のメンバー数は約二十名。一年生の目標勧誘数は十名。つまり、全員が一名ずつ勧誘に成功しなくても良いってことだ。そもそも誰も私には期待なんてしてないだろう。


 だから今出来ることは一つ。生徒会に入りたがっていそうな子が一人いたではないか。そう、かとう君だ。

 彼のような子ならきっと、自分から声をかけられるかもしれない。


『目標、かとうれんじ。作戦を決行する!』


 また愚かしいチャットを飛ばしてしまった。





『隊長! 声をかけられませぬ!』


 何度も目撃したけれど、近付くことすら叶わなかった。

 案の定かとう君は大量のチラシを抱えて困惑していたが、視界に捕らえる度に何故か足が反対方向へと動いてしまう。

 無理だよ。衆人環視の中で男子に声をかけるって。


 でも、私の中で確信めいたものが芽生えていた。

 いくらなんでもかとう君が視界に入りすぎる。それこそ、普通の女子なら警戒するレベルで。

 つまり彼も私を探しているかもしれないということだ。多分、私以外に生徒会のメンバーを知らないからだ。

 もし彼が私と同じような人種なら、必ず一人になるタイミングが来るはずだ。

 見ている限り、彼は同級生と一切言葉を交わしていなかった。ちょうど親友を失った私みたいに。


 そして、そのチャンスはすぐに訪れた。


『やっぱり体育館裏だったよ隊長!!』


 これから彼に声をかけるんだという緊張感で、チャットを飛ばす手が震える。

 体育館とプレハブ倉庫の隙間にかとう君が入って行ったのだ。


 驚くほど簡単に足が動いた。

 なんだろう、この感覚。きっと私は彼の助けになれると言う口実に舞い上がっているんだ。






『隊長、予想外の事態です』


 チラシを地べたに並べて頭を抱えているなんて、漫画かこの子。

声をかけようにも、そんな雰囲気ではなかった。

 そもそもほんの数十メートル走っただけで、少し息苦しい。


「……」


 そして、忘れていた。

 なんて声をかけるつもりだったんだよ。

 まずい。口はおろか足も動かない。いや、逃げる必要はないんだけど。


「え……?」


 気づかれた!

 

『どうしよう!? 笑顔かな!? 笑顔が必要かな!? 助けて親友!』


 脳内でチャットを打ってどうする。


「お、おはようございます!」

「っ! ……お、おはよう、ございます」


 びっくりした。やっぱり声でかいよこの子。でも、正気に戻してもらえた。


「ご、ごめんなさい! き、昨日はあり、ありがとうございました」

「い、いえ。かとう君……?」

「へ? あ、はい!」


 大根役者過ぎるよ。なんて酷いんだ。


「すみません、こ、ここって、立ち入り禁止ですか?」

「い、いいえ」


 そんなこと知らないよ。でも私が立ち入って特に注意されたことなんてないから多分立ち入り禁止ではないはず。


「あの、私の後ろを、付いて来る新入生がいると、皆に言われて」


 おい、切り出しおかしいよ。

 まず「大丈夫?」とか「どうしてここにいるの?」とか優しくて気さくな先輩気取るくらいのことをしなよ。

 しかもあっさり嘘ついてんじゃねえよ『皆』って誰よ。


 とにかくだ。かとう君は間違いなく私を探していたはず。きっと生徒会に入ってくれる。少なくとも一人は気軽に話せる仲間になってくれるかもしれないんだ。


「ご、ごめんなさい。そ、そんなつもりはなくて!」


 え。

 勘違いだった、だと。

 私が一人勝手に心に火を点していたなんて、そんな馬鹿な。


「え? あ、そ……そう、でしたか……」


 でも、まだだ。

 このクソみたいなデザインのチラシを見せれば変わるかもしれない。真面目そうだし。


「あ、でも、これを」


 見ている。かとう君が私をじっと見ている。

 まぁ、迷惑だよね。こんな勧誘。


「き、興味あります!」


 え、チラシも見ていないのに。

 ということは、やっぱり生徒会に興味があったんだ。ああ、よかった。


「あの、オリエン中も、こちらの仕事を見ていたようだったので。もしかしてって」


 喜びを隠しきれない。

 でも、どうしてこちらの顔をずっと見ているんだろう。

 やっぱりサンスクリーンだけでメイクした気になるのは良くないのかな。最近額が月面だ。


 案の定、すぐに興が逸れたのか、かとう君の視線はやっと地味臭いチラシに落ちたが、すぐに私の顔へと戻った。


「あの、参加させてください」

「ほ……本当に?」


 いや、そんな確認をしている場合じゃない。

 次の一手だ。それはもう決めてある。


「れ、連絡先、教えてくれますか、かとう君」


 本当は勧誘ブースへ連れて行くだけでいいのだけど、逃がしてたまるか。


「え? は、はい」


 加東廉二君。普通科一年生。国際科でも特別進学科でもなく、普通科。


 それにしても格好いい漢字だ。ちょっと顔には合わない気もするけれど。

 いかん、浮かれるな。連絡先を手に入れたからといって気を抜くな。


「あの、チラシ、全部預かります」

「え? あ、ちゃんと自分で捨てます」

「お、お願いです。も、もう見ないでください!」


 地べたのチラシはもう見せるわけにはいかない。

 こういう子はきっと自分を変えたいという欲求に飢えているから急にスポーツ部に入ろうなんてことを考えるんだ。これがいわゆる偏見なのは百も承知だ。


「せ、生徒会室へ案内しますので、必ず付いてきてください!」


 勧誘ブースは駄目だ。生徒会室はすぐ近くのプレハブなんだからそっちに連行してしまおう。そしてそこで入会届を書かせてやるんだ。


「うわ……!」


 強い突風が吹き付けた。チラシやグラウンドを埋め尽くす部活勧誘ブースの飾りを吹き散らされる。

 生徒会のメンバーが慌てて飛び交うゴミを集めるのが見えた。


「か、加東君、初仕事です。できる限りゴミを拾います。あ、チラシの内容は見ないでください!」

「は、はい!」


 素直な子だ。

 まずは生徒会室へ連れて行かなくてはならないのに。でも、紙類は近隣の家の畑などへ飛んでいくとクレームに繋がると、新聞委員会で注意されたことがある。

 いや、そんな言い訳をしても仕方ない。

 私は今ひたすらに、先輩風ってやつを吹かせたいんだ。


 急に体に寒気が走ったかと思うと、心臓が高鳴り始めた。

 自分の後ろから男の子が付いてくる。しかも私からの指示を待っている。

 彼をリードしなくちゃならないというプレッシャーが容赦なく襲ってきた。


 加東君はきっとどんな指示にも従う。

 今、こうして紙を拾うことだけじゃない。きっと、広報の仕事を手伝えといったら手伝ってくれるだろう。毎日チャットの相手をするようにと要求しても。

 私の親友の代わりになってくれといっても多分。


 だから、間違ってはいけない。

 私が生徒会一年生だなんて加東君には関係ない。私がちゃんと彼を導かないといけないんだ。

 スマートフォンへと伸ばした手をぐっと握り込んで堪えた。

 今は駄目だ。加東君が見ている。


「っ……!」


 また風が強く吹き荒れて、紙やチリが舞い散り、グラウンドが滅茶苦茶になっていく。

 でも、それは私の決意を折るどころか、一層強くする景色だった。

 背後で私が動き出すのを待つ加東君の優しい表情が、まるで私に前へ踏み出せと、促しているかのようだったから。

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