98 戻ってきた浩二さんは・・・
浅井さんは「フムッ」と何かを考えだした。なので私はパン粉付けに意識を集中したの。
「ねえ、麻美ちゃん」
「はいぃ!」
また話しかけられて、私は飛びあがるように返事をした。まだ続けて微妙な話を訊かれるのだろうかと身構えたら、浅井さんは苦笑を滲ませた声で話して来た。
「もうそのことは聞かないから安心してよ。それよりさ、麻美ちゃんはお酒は飲める人なの」
「飲めないことはないです。でも、それほど強くないですから」
「そうなんだね。じゃあ、どんなお酒が好きなの」
「・・・ビールはあまり好きじゃないです。最近は梅酒とか飲みますけど」
「じゃあ、甘い系がいいかな。カルーアは飲んだことある」
「ありますけど、それならコーヒー豆をつけたコーヒー酒の方が好きかな」
「麻美ちゃんも果実酒を作るの?」
「まあ、はい」
この後メンチカツのパン粉つけが終わり、揚がったものをテーブルに移動したりお皿に盛りつけたりしていたら、玄関のチャイムが鳴った。すぐにドアが開いてガヤガヤと何人かが入ってきたようだ。
浅井さんは台所を出て玄関の方に行った。私も菜箸をおくと台所から出て玄関に向かったの。
「遅いぞ、お前ら」
「悪い」
「これ、お土産」
「何で焼き鳥なんかを」
「だってさ、スーパーに寄ったらそこで焼いてて美味しそうだったんだよ。焼き上がるのを待っていたら遅くなっちゃったんだ、よ」
みんなの姿が見える所に行ったら、みんなに注目をされてしまった。靴を脱いで上がった浩二さんがそばに来て、私の肩に手を置いた。
「俺の婚約者の沢木麻美だ」
「初めまして、沢木麻美です。よろしくお願いします」
私はぺこりと頭を下げた。そして浩二さんが皆を私に紹介しようとしたら、浅井さんが浩二さんを止めた。
「待った、下平。ここは狭いからリビングに行こうぜ」
その言葉にみんなしてリビングへと移動したのでした。
買ってきたお酒などを、とりあえず台所に置いてから、みんなはリビングへと入っていった。そして、私と浩二さんは他の人達と向き合うように座った。
「麻美、その背が高いのが、藤ヶ谷俊彦で、その隣が新屋達樹、その隣が有吉昌行、その隣の女性は有吉の彼女の田川結花さん」
浩二さんに紹介されると、みんなは頷いたり「よろしく」と言ってくれた。
「それじゃあ、飲もうぜ」
有吉さんが陽気にそう言った。
「まてよ。まだ、準備できてないだろう」
「乾杯してからでいいだろう」
「その前に出来ているものを運ぶくらいしろよ」
浅井さんと有吉さんの応酬を見ながら、他の人達はてきぱきと動いていた。紙コップを出したり、割り箸を用意したり。
その様子を見ながら、浩二さんにこっそりと耳打ちをする。
「いつも割りばしや紙コップなの」
「そうだよ。洗い物を出すのは悪いだろ。だから片付けが楽なようにしているんだ」
だから揚げ物も使い捨てにすることが出来るお皿だったのかと、私は納得した。その揚げ物とサンドイッチを運んで、みんなはコップにビールを注いでいた。田川さんと浩二さんは烏龍茶だ。私も烏龍茶にしようと思ったら、浩二さんに「気にしないで飲んで」と言われてしまったの。だから、私もビールを貰った。
みんながコップを持つと有吉さんが立ち上がった。
「この度、目出たいことに下平と沢木さんの結婚が決まったそうだ。先を越されたぜ、このやろ~! ということで、かんぱ~い!」
「「「かんぱ~い!」」」
コップを触れ合わせてから、ゴクゴクとビールを飲んだら、なぜか「おお~!」と言われてしまったの。
「もしかしたら下平より強いんじゃねえの」
有吉さんがそう言ったら、みんなも頷いていたのでした。
◇
みんなが来たのが午後の3時過ぎ。ほろ酔い気分になった4時頃に私はお手洗いに行った。戻る時に浅井さんが台所に行くのが見えた。なので、私も台所に顔を出した。
「浅井さん、どうしたんですか」
「ああ、次のものを用意しようかと思ってね」
「浅井さんは作るのが好きなんですか」
「まあ、そうだな。俺が作ったものを美味しそうに食べてくれると嬉しいよな~」
「何か手伝うことはありますか」
「こっちはいいから、麻美ちゃんは向こうで飲んでて」
「でも」
「今日の主役は麻美ちゃんなんだからね」
浅井さんがウインクをしてきた。それに私は笑顔を返して台所を出ようと向きを変えたら、丁度入ってこようとした浩二さんの姿が見えた。
「ここにいたのか、麻美」
「どうしたの、浩二さん」
「なかなか戻ってこないからどうしたのかと思ったんだ」
浩二さんのそばに近寄ろうとして、私はその場に立ち止まった。浩二さんは浅井さんのことを見つめているけど、目つきが鋭い気がする。
「浅井、少し聞きたいことがあるんだが」
「ん? どうしたん? 下平」
浅井さんはピザ生地を取り出してトマトソースを塗っていた。ピザを生地から作っているのかと驚いていたら、浅井さんに近づく浩二さんが見えた。
「なあ、俺がいない間に麻美と何かあったのか」
低められた声にどきりとした。浅井さんも表情には出さないけど、肩が少し揺れていた。




