96 浩二さんの親友のめんどくさいこと?
浅井さんは私と目を合わそうとせずに、サンドイッチを作っている。私は視線をその手元に向けると話し出した。
「浅井さんは・・・繊細な人です。気にしなくてもいいことまで気にし過ぎ。それに、本当は人と接するのが怖いと思っていますよね。だから相手を煙に巻くような言い方をしてしまう。8年前のことがネックになっているのはわかりますけど、そろそろ自分をそこから解放してあげたらいかがですか」
浅井さんは何も答えずに作業を続けている。
「あと、浅井さんが現在ここにいてくれてよかったと思います。浩二さんの尽力が無駄にならなかったことがうれしいです」
この言葉に浅井さんの手が止まった。
「・・・それって下平に聞いたわけじゃないんだよね」
「浩二さんからは何も聞いてないですよ。聞いたのは今日会う人達が高校の部活で一緒だったことと、浅井さんが料理を作るのが上手いことだけです」
私は視線をゆっくりとあげて浅井さんの目を見つめた。表情を消している浅井さん。
「麻美ちゃんは人の秘密を暴きたいわけ?」
「そんなことをしたいわけではないですよ。下手に他人の事情を知って巻き込まれるなんて嫌ですもの」
「じゃあ言わなければいいだろう」
「やだなー、言わせたのは浅井さんでしょ。というより、こういう事を言われる可能性があったから、浩二さんを行かせたんでしょ。わざわざ他の友達に行き過ぎるように頼んで」
「そんなことはしてないよ」
「嘘は言わなくていいですよ。浅井さんは本当の自分を言い当てられる可能性を考えて、浩二さんも離れさせたかったのはわかっていますから」
「だから、そうだけど違うって。本当に行き過ぎるようには頼んでないんだよ。ただあいつらはいつも俺が途中まで迎えに行くか下平と一緒に来るかしていたから、別々に来ることになったら曲がる場所がわからなくて行き過ぎるかなとは思っただけだって」
浅井さんは迷ったような顔をしだした。
「本当にしくじったな~。下平の話を聞いて興味を持ったのは本当だよ。どれだけのことを見れるのか知りたいとも思ったし。本当はそんな力はなくて下平の気を引くためにそんなことを言ったのなら、天然小悪魔なのか悪女なのか見極めてやろうと思っただけだったのに」
最後に盛大な溜め息までついていた。
「えーと、私は他の人には言いませんよ」
「うん。そこは信頼してる」
即座に返ってきた言葉に首を捻る。信頼させるほど私のことを知ってはいないのにと思ったから。それが顔に出ていたのだろう。浅井さんの顔に苦笑が浮かんだ。
「下平に聞いてるよ。麻美ちゃんの占いは相手を見て、言葉が選ばれるって。それに覚えていられなくて忘れちゃうんでしょ。きっと麻美ちゃんの中には占いに関する引き出しがあって、他の人に言えないことはそこにしまって鍵をかけてしまうんだよ。だから、必要になるまで思い出さないじゃないのかな」
「そうなんですかね?」
「あと、俺は下平の見る目も信用している。下平がそんな眉唾ものの話を確証も無しに他の人に言わないって。聞いてないけど、下平も何か言い当てられてるんだろ」
そう言って浅井さんは視線を私の後ろの壁に向けた。
「それにしてもあいつら遅いな。下平が出てってからそろそろ1時間経つぞ」
私も振り返って時計を確認した。
「本当ですね。もしかして浩二さんも曲がる場所が分からなくなったとか」
「下平に限ってそれはないから。それとも何か買っているのかもしれないな。あいつらよく飲むから」
浅井さんはそう言って私に笑いかけた。安心させるような笑い方だった。それは私が不安そうな顔をしたからだろう。私は頷いて立ち上がった。話している間にサンドイッチは作り終わったから。空いたお皿やボールを片付けて、サンドイッチはバットに入れて冷蔵庫にしまった。
「もうすぐ来るだろうから、揚げ物を始めようか」
「何を揚げるんですか」
「まあ、よくある唐揚げやポテトなんかをね」
「何か、他にやることってありますか」
「それじゃあ、これの粉付けを頼んでいい?」
「鳥肉ですね」
私が下味のついた鳥肉に粉をつけていると、躊躇いがちな浅井さんの声が聞こえてきた。
「その、麻美ちゃんはさ、前に俺が死のうとしたことまでわかったんだよね」
「・・・ええ・・・まあ」
「そういう人間ってどう思う」
「・・・どうって言われても、事情次第ですよ」
「それもわかったんじゃないの?」
「そんなことまでわかりませんよ」
「だけど、8年前って言ったじゃないか」
「それは8年前に深く傷つくようなことがあって、生きるのを放棄しようとしたということがわかっただけです。それ以上はわかりません」
「だけど下平が尽力したって」
「えーと、これは浩二さんの手相にも出てましたから。今は解決しているけど、かなり大きな心配事があったと」
「それは下平に言ってないよね」
「ええ。余興としてみるには、突っ込みすぎな内容になりますもの。それに相談とかされたのならそのことについて真剣に視ますけど、お遊びには必要ないことだったから」
そう言ったらまた浅井さんから返事が来なかった。横目に伺うと首を振りながらため息を吐いていた。
「これでお遊びって、何かが間違っている気がするんだけど」
浅井さんにぼやかれたけど、それはそれよね。




