92 浩二さんの親友に向けられた疑惑?
私が言葉を返せずに黙っていたら、浅井さんは気にした様子もなく言葉を続けてきた。
「下平が夢中になるくらいだから、もっと違う感じの子を想像していたんだけどな」
「それって、私は下平さんのタイプじゃないと言いたいんですか」
「そうだよ。実際前の彼女はもっと細くて綺麗な人だったからさ」
(・・・なんで浅井さんが浩二さんの前の彼女と私を比べる訳?)
「まあ、精神のほうも細くて、下平から逃げ出したけどね」
「・・・浅井さんが何かをしたんですか」
「俺が? そんなことするわけないでしょ」
そう言いながらも浅井さんの顔には嫌な笑いが浮かんだ。
「まあ、少し苦言は言わせてもらったけどね。『私よりも友達とのつき合いを優先するの』なんて、下平に言うんだもの。男のつき合いをなんだと思っているのさ」
その時のことを思いだしたのか忌々しそうにいう浅井さん。視線は私を見ているようで、他の人に向けているよう。
「麻美ちゃんはどう思う。下平が麻美ちゃんより俺達とのつき合いを優先したらさ」
「それはそれでいいと思いますけど」
「本当に? 自分より優先するなんてって、怒らないの」
「いえ。多分私の方が浩二さんにつき合えないことが多いと思いますから。それに友達とのつき合いは大切にしてほしいと思います」
私の答えに浅井さんは鼻白んだ。
「なにそれ。下平より優先することがあるんだ」
「仕方ないじゃないですか。農業ってお天気仕事なんですよ。野菜の成長は待ってくれませんもの」
私の返事に浅井さんは口をポカンと開けた。返事が意外過ぎたみたいだ。
「えーと、じゃ、じゃあ・・・いや、待てよ・・・」
浅井さんは動揺したのか、口籠った。それから少し思案をしてから、改めて言ってきた。
「麻美ちゃんのことを下平は天然小悪魔って言っていたけどさ、実はすべて計算してたんじゃないの」
「計算って何をですか」
「ま-たまた、しらばっくれなくてもいいよ。麻美ちゃんは元彼より下平の方がいいから、比べて乗り換えたんでしょ」
「そんなことはしてません」
「嘘はいらないって。別に本当のことを言っても下平と別れろなんて言わないよ」
浅井さんの言葉に違和感を感じる。・・・というか、この前の浩二さんに襲われかかったのは、浅井さんが焚きつけたのではないのだろうか。
「浅井さんは浩二さんにどこまで話を聞いているんですか」
「ん? まあ、最初からかな。婿養子ということで見合いの話があるって聞いてさ。『下平は次男だしそれもありなんじゃねえの』って、答えたのが始めだろうな」
「本当に始まりから知っているんですね」
(そうか。相談をするくらいの仲なんだ)
「まあな。下平は真面目だから、会う時から慎重に考えていたんだよ。それなのに麻美ちゃんは、気のない様子だったんだって? 下平は最初から麻美ちゃんのことを見ていて、控えめながらも意見をちゃんというところとかを、いいなって思ったみたいだったのに。なのに、麻美ちゃんは下平を虚仮にしてくれたよね」
浅井さんの言葉に悪意が籠められた気がした。
「本当にさ、頼んできたのはそっちなのに、下平のことを見ようとしないってどうなんだろうな。そうかと思えば、思わせぶりに二人で会いたいって連絡して来たりしてさ。でも、下平を無視して魚に夢中になっていたんだって?」
(ウッ・・・あれは反省案件よね。つい、クマノミなどの南の方の魚が綺麗で見入っちゃったし。反論が出来ない)
「それに、その次に会った時にかなり誘うような行動をしたんだろ。下平が理性的でよかったね。でなきゃ、ホテルに連れ込まれても文句は言えなかっただろう」
(・・・クッ。これは気がついてなかった私が悪かったけどさ。足を立てたらショーツが見えるなんて思わなかったのよ~! ・・・と、いうかどこまで知っているわけ? 浅井さんは)
私は浅井さんの顔を凝視した。浅井さんは私に見られて嫌そうな顔をした。
「なんだよ。下平がこんなことをペラペラしゃべったとでも思っているのか。言うわけないだろ。なんか、浮かない顔をしていたからうまく誘導して聞き出したんだよ。あいつは自分がここまで話したとは思ってないだろう」
「やっぱり! 浩二さんに要らん知恵を授けたのは、浅井さんなのね」
私はソファーから立ち上がって言った。
「おかしいと思ったのよ。真面目な浩二さんが、私を襲うような真似するわけないと思っていたから」
「へえ~、本当に下平はやったんだ」
「やったんだじゃないわよ! 何を唆してくれたのよ。無理やり襲ったなんてことになったら、浩二さんが後々まで気にするじゃない。それで私達の間がおかしくなったらどうしてくれるのよ!」
私は浅井さんのことを睨みつけた。
「見下ろされるのは気分が悪いから座ってくれないかな。それにどちらかというと俺に感謝してもいいことだろ。下平が手を出し損ねて悩んでいたから、出しやすくしただけなんだぜ」
「どこがよ。実際に手は出されてないし」
「なんだって? どこまで下平に我慢させる気だよ。初めてじゃないんだろ。勿体ぶるのもいい加減にしろよ」
浅井さんの言い草に私は唇を噛みしめたのでした。




