90 浩二さんの親友
書店を後にしてから、浩二さんの友達の家まで約20分車を走らせた。
友達の家は一度来ただけでは覚えにくい所にあった。
浩二さんがその家のそばに着いたら、男の人が外に立っていた。浩二さんが窓を開けて男の人に声を掛けた。
「浅井、遅くなった」
「下平、言うほど遅れてないよ。で、変わるか」
「いや、自分でやる」
浩二さんはその人と話したあと、私に言った。
「麻美、駐車場に停めてからだと降りにくいから、先に降りてくれるか」
「あっ、わかったわ」
私は言われた通り車から降りて、浅井と呼ばれた男の人のそばに近寄った。私が立ち止まったのを確認して、浩二さんがバックで車を駐車場に入れる。そこは3台の車が止められるようになっていて、2台車が止まっていた。もしかして浩二さんは車の運転、いいえ、車庫入れが上手くないのだろうか。
私達が見守る前で、浩二さんは一度で、ピタリといい位置に車を停めることが出来た。
「おお~、下平が一発で決めた~。運転が上手くなったんじゃないのか」
と、浅井さんは感心したように声をあげた。
「それほどのことはないだろ。ああ、だけど確かに車庫入れは上手くなったかもな」
「ほんと、どうしたんだよ」
浅井さんの言葉に車から降りた浩二さんは、チラリと私の顔を見た。私はその視線の意味を理解した。毎週うちに来ていれば、確かに車庫入れが上手くなるだろう。だって、うちの前の道は狭い。それだけではなくて門の作りの関係上、前からより後ろから出た方が出やすいのよ。つまり、道に出るのが車庫入れみたいなものなの。
「麻美の家に通っていたら、こうなったんだよ」
浩二さんが浅井さんにうちの家と道のことを説明した。その言葉を聞きながら浅井さんは視線を私のほうに向けてきた。私はその眼に何か嫌なものを感じ取った気がした。一見すると優し気な感じの人だ。口元に笑みも浮かんでいる。でも、嫌な感じがした。
(ああ、そうか。このひとの眼は笑っていないんだ)
視線が合ったら浅井さんの口角が上がった。その顔を見て、私の中に既視感が浮かんだ。
(ちょっと待って。この人も、もしかしたらめんどくさいタイプなんじゃ・・・)
私は自分の予感が当たらないことを祈ったのでした。
◇
浅井さんの家の中に入り、リビングへと案内をされた。椅子に座った所で、年配の男女が姿を見せた。
「やあ、下平くん。いらっしゃい」
「ご無沙汰をしております。おじさん」
そう言って浩二さんは立ち上がって頭を下げた。私も一緒に立ち上がった。
「そう畏まらなくていいのよ。そちらが浩二君の彼女さん」
「はい。沢木麻美さんです」
私は「初めまして」と言って頭を下げた。顔をあげると、微笑んだ女性の顔が見えた。
「ふふっ、可愛い人ね。光重にも、こんな可愛い子が彼女になればいいのに」
「そんなことないですよ」
浩二さんが答えるのを私は黙って聞いていた。浩二さんが私の方を見ていった。
「こちらは浅井のご両親だよ」
「よろしくお願いします」
そう言うと、私はさっきより深くお辞儀をした。顔をあげると浅井さんのご両親は目を細めて微笑んでくれた。
「それじゃあ、私達は出掛けるから、ゆっくりしていってくれたまえ」
そうして浅井さんのご両親は出掛けてしまったの。
両親が出掛けたあと、浅井さんが飲み物を持ってテーブルのほうに来た。
「麦茶だけど、よかったか」
浩二さんに聞く浅井さん。浩二さんは私の方を見た。なので軽く頷いた。
「ああ、ありがとう」
向かいに座った浅井さんは、ニパッという感じに人懐っこく笑った。
「初めまして。俺は下平の友人の浅井光重だよ。これからよろしくね」
「私は沢木麻美です。こちらこそ、よろしくお願いします」
改めて浅井さんの顔を見る。至って平凡な顔。でも、雰囲気は柔らかい感じで、話しやすそうだ。でも、この一見と違って扱いづらい感じがすると、私は思ったのよ。
「さてと、すぐに支度は出来るから待っててね、麻美ちゃん」
「おい浅井、なんでいきなり麻美の名前を呼ぶんだ」
「下平、お前麻美ちゃんと結婚したら沢木さんになるんだろ。そうしたらどっちも沢木さんだろ。今のうちから慣らしておいた方がいいだろう」
至極当然という感じに、浅井さんはそう言った。浩二さんは反論できなくて、口を開けたりしめたりしていた。
「それじゃあ、まっててな」
そう言って台所に消えた浅井さん。私はそれを見て立ち上がった。
「どこに行くんだ、麻美」
「運ぶのを手伝おうと思って」
そう言ったら浩二さんも立ち上がった。なので、二人で台所へと向かった。台所に顔を出したら、浅井さんはビックリした顔をこちらに向けた。
「どうしたの、下平?」
「運ぶのを手伝おうかと思って」
なんかきまり悪げに答える浩二さん。・・・ということは、こういう集まりの時には浅井さんが全て用意していたのね。浩二さんは座って手伝わなかった、と。
「別にいいのに」
浅井さんがそう言いながら、コンロの前を動いている。時々チラチラとこちらを見るから、気にはしているみたいだけど。
「じゃあさ、これを運んで」
と、用意してあったサラダを冷蔵庫から出して、浅井さんは私達に言ったのでした。




