9 遊園地にて -Wデートー 後編
もう一度ジェットコースターに乗ってから、最後に観覧車に乗ることになった。ここも、2人ずつに分かれて乗った。ゆっくりと上がっていく観覧車に、私は遠くの景色に目を向けていた。
「麻美さん、下にいる人があんなに小さく見えるよ」
山本さんの言葉にそちらに視線をむけて・・・私は顔から血の気が引いていくのがわかった。私の顔色が変わったのを見て、山本さんは向かいから横に移動してきて手を握ってきた。
「麻美さんは高い所は苦手だったの」
「えーと・・・高い所に登るのは好きなんですけど、真下が見れなくて」
「真下が見れないって・・・」
「下を見ているとクラクラしてくるんです。でも、遠くの景色を見るのは好きなので。だから上がり始めから真横くらいが一番ダメなんです」
そう言ったら山本さんの手が頬に移動した。両手で包まれて彼の顔しか見えなくなる。
「じゃあ、しばらくこうしていようか」
ニコリと笑った彼が顔を近づけてくるのに合わせるように、私は目を閉じた。
「そろそろ天辺になるよ」
彼の声に目を開けると、本当に真上に来ていた。抱きしめられたまま遠くの山並みを眺めた。
「あまり色づいてないね」
私が見ている方向を見やった彼がそう言った。
「今年は暖かいから紅葉するにはもう少しかかるのではないでしょうか」
私が答えたら彼の手に少し力が入った。
「ねえ、麻美さん」
「はい」
「俺達の関係って何」
「おつき合いをしてますよね」
突然の問いかけにキョトンとした。彼の手が顎にかかり視線が合うように顎を持ち上げられた。彼の瞳に私が写っている。心臓がまた早く鳴り出した。
「そう、恋人だよね」
恋人という言葉に頬が赤く染まっていくのがわかる。顔を伏せたくても、顎を捉えられていて、身動きすることもままならない。目線だけ外しても私の目をじっと見つめる彼に、逃げられないとおずおずと視線を合わせた。
フッ
と口元が緩んだ彼が、私の唇に軽いキスをしてすぐに離れた。
「だからね、もう少し砕けた言葉使いをしてよ」
「あの・・・努力します」
「うん。よろしく」
もう一度キスをされたあと、またギュッと抱きしめられた。顔が胸元に埋まり外が見えなくなる。少しそのままでいたけど、すぐにあることに気がついた。
「山本さん、このままじゃ他の人に見られます」
「うん。かわいいから他の人に麻美さんのことを見せたくないんだけど」
「や、さすがに恥ずかしいので離れてください」
「もう少しこのままで」
「駄目ですってば。離して」
胸に手をついて体を離す様にしたら、あっさりと腕を離してくれた。
外を見るともう真横を過ぎていた。並んでいる人たちに抱きしめられているところを見られたかもしれない。
そう思うと恥ずかしくて、ジワリと涙が浮かんできた。私の顔を見ていた山本さんが焦ったように手を握ってきた。
「そんなに嫌だったの」
「違います。他の人に見られたかと思うと恥ずかしいの」
手を握ったまま動きを止めた山本さんが、溜め息を吐き出した。
「麻美さんはずるいな。そんなかわいいことを言われたのに、抱きしめることもできないじゃないか。大体みんな自分たちのことしか考えてないから、他の人のことなんて見ていないと思うよ」
「でも、見ている人はいるもの」
私の言葉に山本さんは困ったように微笑んでいた。
観覧車を降りて下にいった。原田さんだけがそこにいたの。沙也加さんはお手洗いに行ったそうだ。私達もお手洗いのそばに移動して、私も行くことにした。私が済ませて出てくると、沙也加さんが待っていた。仲良く2人が待つところに行って、ショップを覗いて定番のクッキーを家族のお土産に買った。
帰りは後部座席に山本さんと並んで座った。途中のファミレスで夕食を取って、また原田さんの運転で帰路についた。遊園地まで私達が住むところからは2時間ほどかかる。
「疲れただろうから寝てていいよ」
と、原田さんは言ってくれた。ブランケットまで用意してくれていて、至れり尽くせりだなと思ったの。というか、これって毛布じゃないの。山本さんと2人でしっかり入ることが出来るんだけど。
車が動きだしたら、山本さんに手を握られた。ブランケットの下だから、前の2人にはわからないと思うのだけど、何故かドキドキが収まらなかった。
しばらくすると、沙也加さんが寝てしまったようだ。少し前まで原田さんと話していたのに、今はドア側に頭を預けているから。
そんなことを思っていたら右肩に重みが加わった。見ると山本さんも眠ってしまったようで、私の方に凭れ掛かってきていた。動けなくなってまた変に緊張してきたの。
「麻美ちゃんは眠らないの」
原田さんが話しかけてきた。対向車のライトに照らされた時に、ルームミラー越しに苦笑しているのが見えた。
「今はまだ眠くはないですから」
「そうか。でも、眠くなったら寝ていいからね。それとそれ、重かったらどかしていいからさ」
山本さんのことをそれ扱いすることに笑ってしまった。
「今日は楽しかったかな」
「はい。とても楽しかったです」
「そりゃあ~、よかった。ごめんな、沙也加が暴走して。せっかくの初遊園地デートだったのに」
「いいえ、そんなことないです」
暗くて見えないだろうと思ったけど、ルームミラーに向けて私は笑みを浮かべた。
「こんな事俺が言うのはなんだけどさ、航平のことをよろしく頼むよ。こいつは本当に口下手でうまいことは言えない奴だけど、本当に麻美ちゃんのことを好きみたいだからさ」
見えないルームミラー越しに原田さんと目が合った気がした。
「はい」
私は小さな声で返事をしたけど、原田さんに聞こえたかどうかはわからなかった。