85 聞きたいことはゴニョゴニョのこと
(さて、どうしましょうか)
私は浩二さんの部屋で彼が着替え終わるのを待っているの。
朝食を食べ終わった後、『一度家に戻ってから迎えに来る』と浩二さんは言ったけど、父が『そんな手間をかけないで、麻美を連れて行けばいい』と言ったから、私も出掛ける支度をして彼と一緒に家を出た。
今日は浩二さんの友達の家に行くことになっているの。浩二さんの友達は高校の時の部活の仲間だったそうで、気があった彼らといろいろな遊びをしたそうなの。
浩二さんの実家にキャンプに使うものが置いてあるそうだけど、それはみんなでお金を出し合って購入したとか。本当によくつるんでいたみたい。
浩二さんが結婚を決めたと友達に話したら、お祝いしてくれることになったと言っていた。
『あいつらはそれを口実に飲みたいだけだ』
と浩二さんは口では嫌そうに言っていたけど、うれしそうな顔をしていたのよ。
私はチラリと浩二さんが着替えている部屋の方を見た。
朝からの悶々としたものは継続中だ。
意を決した私は立ちあがると、その部屋のドアをノックもせずに私はバッと開けた。
ズボンを穿き終わり、ベルトを締めている浩二さんと目が合った。
「ビックリした。どうしたんだ、麻美」
一瞬私は動きを止めた。
(・・・あっぶな~。タイミングが悪かったら痴女じゃん、私。いや、そんなことはどうでもいい!)
私は部屋の中に入り浩二さんのそばに行った。
「私、浩二さんに聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと。じゃあ、そっちで」
言いかけた浩二さんの胸に手を当てて顔を見上げた。
「ねえ、浩二さん。浩二さんにとって私って何?」
「何って・・・婚約者だよ」
なんか言い淀んでいたけど・・・。
「そうよね。婚約者よね。じゃあ、何で昨夜は何もしなかったの?」
「・・・何もしてないわけでは・・・」
困惑した顔でぼかしたように言う浩二さん。私は胸にあてていた手にグッと力を入れて、浩二さんの服を握りしめた。
「キスだけでしょ、したのは」
「ちょっと待て、麻美」
浩二さんは私が服を握った手に自分の手を重ねて、離させようとしている。
「ねえ、私ってそんなに魅力がないの? 前に私の体調が良くないから抱かないって言ったわよね。あれから私、寝込むことはなかったわよ。体重だって戻ってきたし、顔色だっていいと思うの。なのに、なんで手を出してくれないの」
私は浩二さんを押すように力を入れた。浩二さんは一歩後ろに下がった。
「ちょっと待ってくれ、麻美」
「いいえ、待てないわ。本当は浩二さんはスラリとした女性の方が好きなんじゃないの。だから太ってきた私は・・・嫌なんでしょ」
「だから、変な思い込みはするな」
やっと私の手を服から引きはがした浩二さんが、私の両手を握りしめながら言った。
「じゃあなんで昨夜は抱かなかったのよ」
じわりと涙が浮かびあがってくる。でも視線は浩二さんから外さなかった。
「ああ、もう!」
浩二さんはやけくそのように叫ぶと、グイっと私を引き寄せて唇を重ねてきた。いつものように呼吸を奪うような激しいキスだけど、少しいつもと違う気がする。情欲を感じさせるような口づけに唇が離れた時に、私の口から甘い吐息が漏れた。
別の意味で涙にぬれた瞳で浩二さんを見つめたら、もう一度唇が重なった。そのまま抱きかかえられるように移動して、背中からベッドの上に着地した。
唇が離れて、浩二さんの右手が私の頬を撫でる。視線で問うてきたから、私は微かに頷いた。また、唇が重なって、浩二さんの手が移動して・・・。
そこで、浩二さんの動きは止まったの。体を起こして、私の上から離れていった。
私は瞬きを何度か繰り返してから、体を起こしてベッドの上に座った。
「なんで・・・私なんて抱く価値はないの?」
そう呟いたら隣に腰かけた浩二さんが抱きしめてきた。
「違うから。・・・麻美、無理しなくていいから。心の傷はそう簡単に癒せないだろう。こんなに震えているのに。無理に身を任せようとしなくていいんだよ」
労わるように背中を撫でられて、私は「えっ?」っと小さく呟いた。
「これから一緒に暮らすんだから、それからだっていいんだ。俺に悪いとか思わなくていいから。体だけでなくて心も健康になってからでいいんだよ」
私は浩二さんの言葉を聞きながら考えていた。
(震えている? 私が? 確かに震えているわね。今まで気がつかなかったけど。でも、これって緊張からよね。なんか浩二さん、誤解しているような気がする。心の傷って・・・そんなものはないんだけど)
私は顔をあげて浩二さんの顔を見た。目が合ったら安心させるように微笑んでくれた。その顔を見ながら私は口を開いた。
「あの、浩二さん。何か誤解してない?」
「誤解って何が」
「私には心の傷なんてないんだけど」
そう言ったら浩二さんにきつく抱きしめられた。
「麻美、強がらなくていいんだよ。それともそのことに気付けないくらいに、思いこまされていたのか」
後半は呟くような言い方だったけど、私の耳にはちゃんと聞こえていた。
「思い込まされていたって何のことなの?」
私は浩二さんの抱擁から逃れようと、彼の胸に手をついてそう言ったの。




