82 カツオ事件? 悪友のはっぱかけ編?
浩二さんから和彦に視線を向けたら、和彦は軽く肩を竦めた。
「まあ、こんな感じなんですよ。同じ物を読んでも好きな部分が違うというか、見ている方向が重ならないというか」
苦笑を滲ませながら言う和彦。
「だけど」
「それに俺、好きな人がいますから」
戸惑いながらも何かを言おうとした浩二さんに、言葉を被せるように和彦が告げた。私は浩二さんの顔を見るのをやめたけど、驚いた顔をしているのだと思う。
「下平さん、俺の好きな人は麻美も知っていますから」
浩二さんは私の顔を覗き込むように見てきた。なので、浩二さんから離れて隣に座ってから頷いた。
「私も何度か会ったことあるけど、可愛い人なのよ。気遣いできる人で、私が男だったら絶対モノにしたのに」
半分本気で言ったら二人に呆れた視線を向けられた。そのあと、何故か顔を見合わせた二人。
「麻美、絶対それおかしいから」
「そうだよ。お前って実は同性愛嗜好だったのか」
「んなわけあるか! 男だったらと言ったでしょうが~!」
あまりの和彦の言葉に睨みつけてやる。和彦はまた肩を竦めながら笑っていた。私の隣では何故かホッとしている浩二さん。
「まあ、いいんだけどさ~。それよりさっきから話を脱線させてない」
「「あっ!」」
二人は気まずげに顔を見合わせた。でも二人はなんか打ち解けてきたよな、と思う。ずるいよな~。
「で、もういいのなら台所に片付けに戻りたいんだけど」
「待った。麻美に聞きたい。麻美は渡辺君のことをどう思っているんだ」
「はあ?」
立ち上がろうとしたら浩二さんに手を掴まれた。思いがけないことを聞かれて目が点になる。
「ただの憎たらしいやつだけど」
「本当に?」
(何が言いたいのだろうか? 私と和彦の間に何か特別な感情でもあると思っているのかしら?)
「本当だけど」
「だけど、麻美の方が読む本を合わせていたんじゃないのかい」
(えーと、これって?)
何を気にしているのかがわからなくて、困った私は和彦に視線を向けた。和彦は肩を竦めてから言った。
「下平さん、何を疑っているのか分かりませんが、俺と麻美の本の趣味って麻美のお兄さんの影響なんですよ」
「麻美のお兄さん?」
「そうです。銀英伝も、ロードスも、あとクラッシャージョウに、ダーティーペア、キマイラ、Dシリーズと、グインもそうか?」
「グインは違う。中学の時に友達が読んでいて、私が気にしたら貸してくれたのよ。そこから私も買い始めたのね」
「他には何があったかな」
「う~ん、アニメ系の本も兄は持っていたいたわよね」
「ああ、ゴーショウグンのやつか」
「そう、まさかあんな風に派生した話があるとは思わなかったわ」
浩二さんは困ったような顔をしている。兄のことは話してあったけど、ゴールデンウイークは兄がヨーロッパのほうに行っていたから、顔を合わせることができなかったから。
浩二さんの様子を見ていた和彦は、溜め息を吐いた。
「大体麻美と俺の間に何かあったら、下平さんはここにいないんですけど」
少し呆れ気味に和彦は言った。
「親父さんって古い人だから俺が麻美に手を出したって知ったら、今頃麻美は俺の嫁になってますよ」
「あー、あり得たかも」
和彦の言葉に想像ができて、私はポンと手を打ち鳴らした。
「お前な、そこは否定するところだろ」
私の言葉にすぐさま和彦が噛みついてきた。視線は浩二さんに向けたままで。私も浩二さんを見ると、浩二さんの表情はもっと複雑な表情になっていた。
「でも、あり得ないことだからね」
浩二さんに笑顔を向けてそう言ったら、私の手を掴む浩二さんの手に力が入った。
「あり得ないねえ・・・最初から麻美がブレないから、あいつらも告る気失くしたんだよな」
独り言のように呟いてから、和彦は真面目な顔を浩二さんに向けた。
「一応麻美の名誉のために言いますけど、麻美は見た目がこんなだけど、ちゃんと自衛してましたから。浩二さんも苦労したでしょう。麻美の頑固さに。こいつ、旗がたってもどうこうなる前にへし折りまくっていましたよ。そんなやつに告ろうなんて奴は滅多にいませんよ」
(・・・それって私が自分で旗がたたないようにしていたということ?)
和彦は立ち上がると言った。
「下平さんが麻美のことを本気で思ってくれて嬉しいです。麻美も下平さんのことを好きみたいですし、これから幸せになってください。それじゃあ、俺は帰りますから」
そのまま和彦は部屋を出て行った。それを見て浩二さんは私の手を離すと、和彦の後を追った。
「待ってくれ、渡辺君」
「なんですか」
「帰るって。君も飲んでいるんだろう」
「俺は車じゃないですから。まだバスがあるはずだから、それで帰ります」
「だけど」
振り返った和彦が浩二さんに何事か囁いていた。言い終わったら台所に歩いていく和彦。その後を追う様について行く浩二さん。私も後から台所に入ったら母も台所に戻っていた。
「おじさん、おばさん、俺は帰ります」
「なんだ、泊まらんのか」
「はい。まだ時間が早いからバスがありますので」
「そうかい。着替えも用意したんだけどねえ」
父と母が少し残念そうに言った。
「次は泊まらせていただきますよ。それじゃあ失礼します」
「ああ、気をつけてな」
玄関まで私は何となく和彦の後をついて行った。
「ねえ、家まで送ろうか」
「・・・バーカ、違うよ。このままあっちに行こうと思ってんだよ」
ニヤッと笑ってそう言われて、和彦は最初からそういうつもりだったのだと気がついた。
「まあ、いいけど・・・でも、程ほどにしておきなさいよ。変な相手に引っかからないようにね」
「・・・麻美ってどうしてこういうことに理解があるんだろうな」
「理解があるんじゃなくて、諦めているのよ。じゃあね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
和彦が玄関を出て行くのを見送り、私は溜め息を吐いてから鍵を閉めた。そして向きを変えた先に、私のことを見つめる浩二さんを発見したのでした。




