73 浩二の告白 その6
体が床に着く前に下平さんに支えられて、また彼の腿を枕に寝かされた。
「ほら、まだ起き上がるのは無理だろう。そんな白い顔をして。・・・大丈夫か」
私が呻いていたら、心配そうに覗き込んできた。
「頭が痛いの」
「薬飲むか。持ってくるよ」
そっと頭を外されて、下平さんが離れていった。すぐに鎮痛剤とお水を持って戻ってきた。体を支えられて薬を飲む。そしてまた横にされた。
「ねえ、やっぱり」
「麻美、いい加減にしないと本気で怒るぞ」
「だってこんなに体が弱いと浩二さんに苦労を掛けるじゃない」
本気でそう言ったのに、下平さんは何故か少し乱暴に頭を撫でてきた。
「麻美に聞きたいけど働いていた頃は、体調を崩すことはよくあったのか」
「仕事していた頃? ここまで体調を崩すことはなかったかな」
「そうだろう。だから今だけだよ。気持ちが落ち着けば体調も安定してくるよ」
「なんでわかるの。そんなこと」
「麻美のことをお母さんが話してくれたって言っただろう。麻美が子供の頃から疲れやすいとは言っていたけど、熱を出しても大体1日寝てればけろりと治ったと聞いたぞ。それなら今だけだろ、こんな不安定なのは」
(そうかな。そうなのかな)
「だから麻美、安心して俺の嫁さんになりなさい」
「・・・はあ?」
言われた言葉に目が点になった。
「はあはないだろう。はあは。もう一度プロポーズしているのに」
「いや、ここで? ・・・その前にこの体勢で言うの」
「記憶に残っていいだろう」
私の顔を覗き込みながらそう言われた。私はムッとした顔をした後、身体を起こした。そして向きを変えて浩二さんと向かい合った。
「もう少し寝ていた方が良くないか」
「寝ていられないようなことを言うのは誰よ」
浩二さんは私を支えようと手を伸ばしてきたけど、私の目を見て動きを止めた。まだ頭は痛いけど、気合で背筋を伸ばした。
「浩二さん」
「はい」
呼びかけたらなぜか返事をしてピシッと背筋を伸ばした浩二さん。
「少しだけ話をしていいですか」
「断りの話でなければ」
その言葉にギッと睨む。そうしたら首を竦められた。
「いくらか不穏な言葉が混じっていましたが、浩二さんの気持ちは伺いました。こんな私を本気で思ってくださってありがとうございます」
そう言って軽く頭を下げた。動いたことで頭がクラりとした。でも、気合をいれてまた背筋を伸ばした。視線が合った浩二さんが少し不安そうに私のことを見てきた。
「いろいろ考えさせられる言葉も言われました。本当なら持ち帰って考えたいところですが、浩二さんが言うとおりに、私はこの関係を受け入れていると思います」
そう言ってから大きく息を吸って吐き出した。まだ薬は効いてこないのか頭はズキズキしているし、貧血も起こしているのかクラクラする。体調は最悪だ。それでも、なんとか体を真直ぐに保つ。
「たぶんいろいろとご迷惑をかけると思いますが、末永くよろしくお願いします」
そう言って手をついて頭を下げた。
(よし、言った。もう、倒れてもいいだろう)
体の力を抜こうとしたら腕を引っ張られて抱きしめられた。
「麻美、ありがとう。愛しているよ」
そう言って口づけをされたけど、私はそのまま意識を失ったのでした。
◇
目を覚ました時には部屋の中はかなり薄暗くなっていた。布団の中だな~と思っていたら、すぐそばで動く気配がした。
「麻美、気分はどうだ」
「頭痛は治まったみたい」
体を起こそうとしたら、背中に手を添えて起きるのを手伝ってくれた。ホッとしたように私の顔を見ながら浩二さんが言った。
「よかった。顔色も良くなっているな」
このあと移動するのならと抱き上げて連れて行こうとされた。
「1人で動けます。重病人じゃないんだから」
「でも、無理はしない方が」
「無理じゃないですから。というより一人で行かせてください」
「行くってどこへ」
「・・・お手洗いです!」
と言ったのに、抱き上げられてお手洗いの前まで連れて行かれた。用を足して出てきて、洗面所で手を洗っていたら、浩二さんがそばに来た。そしてまた抱き上げようとするから、また言い合いになった。
「だから、自分で歩けるから」
「さっき意識を失っただろう。いうことを聞いてくれ」
結局隙をつかれて抱きあげられて連れて行かれてしまった。たかだか10歩程度の距離を抱き上げるって何? いきなり過保護ってこれどうよ。
と、いうことで、下ろされた私はムッツリと黙り込んでます。そうしたらなぜかさっきまでと違ってオロオロしている浩二さん。
(何かおかしい気がする)
私の勘が告げています。
「ねえ、浩二さん」
「何かな、麻美」
「抱かないの?」
またお茶を入れてくれて、それを飲んでいる時に聞いてみた。飲み込むタイミングだったみたいで盛大にむせる浩二さん。
「ゲホッ・・・体調悪いのに、そんなことはしないよ」
「じゃあ、さっきのは何?」
私から視線を逸らして気まずそうにしているから、横目で見ながらもう一押し。
「素直に吐いた方が身のためよ」
その言葉に私のことを見つめてきた浩二さん。
「麻美って、そういうのわかる人?」
「勘はいいほうよ」
と、ニッコリ笑ったら、観念したように話してくれたのよ。
浩二さんは私とのことを友達に相談したそうなの。私に嫌われてはいないようだけど、このまま私の気持ちを置いてきぼりで話を進めていいものかどうかとね。
そこで言われたのが、『彼女の本音を引き出すために下平の本気を見せたらどうだ』だったとか。それと共に授けられた作戦があれだったらしいの。
「ねえ、今度そのお友達に会わせてくれないかしら?」
ニッコリと笑って言ったら、彼はコクコクと頷いたのでした。




