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72 浩二の告白 その5

なんか釈然としないという様に下平さんが呟くように言った。


「これは香滝さんに話を聞いた方が早そうだな」

「なんで、千鶴に聞くの。千鶴は私の保護者じゃないわ」

「いや、多分香滝さんのガードが堅かったのだと思う。でも、家を離れて仕事をしていたのだろ。その時に告白されなかったのか」

「えーと、仕事場では既婚者の男性ばかりだったのよ。専門学校でも妹扱いされていたし、男性より女性とばかり話していたかな。向こうで、大学に行っている友達と再会して飲み会に誘われたことがあったけど、そんな雰囲気になった人はいなかったし」

「・・・専門学校や友人との飲み会で、香滝さんみたいな女性がいなかったか」

「えーと・・・うん。そういえば、場を仕切っていた人が千鶴と似たタイプだったかも」


私は働いていた頃を思い出して、頷きながら答えた。


「麻美の周りは麻美に過保護なやつばかりだったんだな」

「そんなことはない・・・と、思うけど」


首を捻りながら答えて、そういえば論点がずれているような気がすると思った。それは下平さんも思ったみたいで、苦笑が浮かんでいた顔の表情を引きしめていた。


「話が逸れたな。それじゃあ麻美は、俺が麻美のことを好きだというのが信じられないのか」

「それは・・・信じられる」

「じゃあ、どこに不満があるんだ」

「不満はないよ。不満じゃなくて、私にはそこまで想われる資格はないんだってば」

「どうしてそんなことを思うんだよ」

「だって・・・約束を守れない人間だし・・・」


また、じわりと涙が浮かんできた。


「約束ってどんな」

「・・・」

「麻美、言わないとわからないんだけど」

「・・・言いたくない」

「・・・そうか、元彼との約束か。そんなに大事な約束だったんだ」

「違う。自分の中で出来ないことになるってわかっていて、約束したことだから。それなら同意しなければ良かったのに、って」


また涙声になってきたら、下平さんは私の頭に手をあてて、彼の胸に顔を埋めるように押し付けた。


「麻美は真面目すぎ。果たされなかった約束なんて、別れた時点で無効だろ。そんなのを気にしているから気が休まらないんだろ」

「でも・・・」


下平さん胸に額をつけたまま口を開く。


「私、彼に『浩二さんとはつき合わない』って言ったもの」

「はあ~?」


気の抜けたような声が聞こえて顔を見上げたら、下平さんはなぜか慌てだした。


「ちょっと離れるけどいいか。いいな!」


下平さんが離れて支えが無くなって、私はそのままぺたんと横になった。泣きすぎて頭が痛くなってきた。


戻ってきた下平さんは毛布と湯呑を持ってきた。湯呑の中身はお茶。下平さんは私を抱えると毛布でしっかりとくるんだ。そして私は支えられてゆっくりとお茶を飲んだ。飲み終わったら横にさせられた。頭が下平さんの腿に乗っている。


「今は無理がきかないのを忘れてた」

「・・・弱い私と」


私が言いかけたら口を彼の手で塞がれた。


「麻美、また蒸し返すつもりなら、体にいうこときかすようにするけど」


私は口を閉じた。それを感じて彼は私から手を離した。


「麻美、確認だけど、元彼に『俺とはつき合わない』と言ったから、つき合えないと思ったのか」


(どうなんだろう・・・でも、そういう事かもしれない。ずっと何かが引っ掛かっていたもの)


「たぶん・・そう」


また、下平さんの溜め息が降ってきた。


「どんだけ融通が利かないん性格してるんだよ。俺とつき合うのがそいつにわかるわけないだろう。どっかでばったり会ったとしても、知らんぷりしていればいいことなのに」


頭をガシガシと掻く下平さんの姿が目に入る。


「だから」

「別れてくれというのは無しな」


全て言う前にじろりと睨まれてしまった。


「でも」

「でもは無し」

「だって」

「だっても禁止。麻美、俺は麻美と別れる気はないからな。そんなことが理由なら尚更だ。麻美が俺の顔を見るのも嫌だっていうくらい嫌いなら別だけどな」

「じゃあ、き」


嫌いと言おうとしたら、また口を手で塞がれた。


「待て待て。なんでそうなんだ、麻美は。素直なのか頑固なのかわからないじゃないか。大体な、この状態で信じるわけないだろう」


口を塞がれたままだから、視線で「なんで」と訊いてみる。


「だから、さっきも言っただろう。麻美は心を許してなければ、こんな風に横になってないだろう」


(言われて見ればそうかも)


口から手を離すと下平さんは頭を撫でてきた。困った子供を見るように見つめられて、私はムッとした。


「こら。そこでムッとしない」

「なんで、わかるのよ」

「麻美は顔にすべて出ているからな」


(そんなにわかりやすく顔に出ているかな?)


「だから俺の事を好きなのも分かったから」


言われた言葉に目を瞬いた。


「そんなことないと思ったろ」


私が口を開く前に言われてしまった。


「態度にも出ていたよな。甘えてくれていたし」


『いつのことよ』と訊く前に、また続けて言われた。


「まさか口移しで水を飲ませて欲しいと言われるとは思わなかったな」


ニヤリと悪い顔で笑われて、私はがばりっと身を起こした。


「言ってない! 口移しだなんて! ただ支えて欲しかっただけなのに」


勢いよく言ったのはいいけど、急に起き上がったせいでクラりとして、そのまままた背中から倒れ込んだのでした。


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