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70 浩二の告白 その3

(山本さんに別れを告げた日のこと。前に下平さんから、私が出掛けている間にうちに来て両親と話したと聞いたけど)


下げている私の頭にフッと息がかかった。


「親父さんは本当にいい人だよな。家に行って向かい会って座ったら、『麻美が居ないところで呼び出してすまなかった』と、まず詫びられたよ。そして『回りくどいことは苦手だから単刀直入に聞く。下平君は麻美のことをどう思っているんだ』と言われたんだ。『麻美が断ったと聞いているが』ってね。真直ぐに見つめてこられてね、誤魔化すことは出来ないと思ったよ。だから、俺の正直な気持ちを話したよ。最初から麻美の印象は悪くなかったけど、麻美のほうが俺には興味がなさそうで、つき合うまでに至らないだろうと思ったと。なのに思いがけずもう一度会うことになって・・・」


(ちょっと。これって拷問。なんで、もう一度聞かないとならないのよ~)


私は身を縮こまらせて下平さんの言葉を聞いていた。


「・・・ということで、『麻美さんがその人と別れる原因は自分にも少なからずあると思っています』と、話を締めくくったんだ。親父さんは俺の話を聞き終わると『下平君は麻美がそいつと別れることに責任を感じて気にしているのかね』と訊いてきた。だから俺は『私は麻美さんのことを好ましく思っています』と答えたんだよ。親父さんは口を閉ざして何かを考えこんでいたな。そうしたら、お袋さんが自分たちの事情を話しだしたんだ。親父さんが心臓に疾患を抱えていることや、自分の足のことなどを。麻美が家を離れたら沢木家の生活に支障が出るだろうとも、言っていたかな。あと、麻美のことも話してくれた。特に持病があるわけじゃないけど、風邪をひくと治るのにひと月はかかることと、疲れると熱を出しやすいと言っていたよ」


(・・・何を話しているのよ、お母さんは! じゃなくて)


「それなら体が弱い私なんかやめて、別の女性・・・んっ」


口を挟んだら全部言う前に、また唇を塞がれた。


「もう少し俺の話が終わるまで黙っててくれるかな」


唇が離れると目を覗き込むようにして、そう言われた。


「お袋さんの話が終わると親父さんが訊いてきたんだ。『麻美のことを憎からず思ってくれていることは親として嬉しいよ。わしは君のことを好青年だと思っているし、麻美と一緒になってくれたらと思わなくもない。だけど麻美と一緒になったらわしらとも一緒に暮らすことになるんだ。それでもいいのかね』俺はこう答えたんだよ。『もちろんです。そうでなければ、会うことはしていませんでした』ってね」


私は下平さんの目を見つめ返していた。


「それじゃあ・・・初めから・・・」

「やっぱり麻美はわかっていなかったか。最初から婿入りを打診されていたんだよ。お袋さんは軽く頼んだつもりだったかもしれないけど、頼まれた人は真剣に探すだろう。紹介するにしても、そんな軽々しく紹介するわけにはいかないじゃないか」


(下平さんは、最初から真剣に考えてくれていたの?)


聞かされた言葉に体が震えてくる。私は軽く考えすぎていたのかも知れない。


「俺の答えに満足したのか親父さんは『麻美のことをよろしく頼む』と言ってくれたんだよ。だから別れ話が終わったと麻美から連絡をもらって、理由をつけて会いに行こうと思っていたのに、麻美は家に帰っていないというじゃないか。一人で待たせるのは嫌だったけど、会いたかったから会いに行った」


真剣な眼差しに視線を逸らせずに、私も下平さんの目を見つめ続けた。


「会いに行って麻美の姿を見て、安心したのとこれから一人で泣くのかと思ったら、一人にしたくないと思ったよ。なのにすぐに泣きださないで堪えていただろう。俺に気を使っているのはわかっていたよ。いじらしくて愛しく思えて、泣き疲れて眠ってしまった時には、そのまま家に連れ帰ってしまおうかと思ったくらいだ。親父さんに翌週に連れ出すことを頼まれていなかったら、家に帰せなかったかもしれないな」


(・・・なんか、ちょいちょい不穏な言葉が混ざってない?)


「麻美は、もう外堀が埋まりきっているって思わないのか。親父さん達は俺と麻美が結婚することを望んでいるだろう。麻美が嫌がっていないことはわかっているよ。さっきだって俺の家族に挨拶をしていたし、結婚式場でも普通に対応していただろう」

「それは・・・」

「麻美はまだ早いって思ったかもしれないけど、結婚まで1年おくんだ。お見合いからの結婚なら長いほうだよな」

「で、でも、私が納得するまで・・・つき合うって・・・」


私は下平さんが挨拶をしにきた日のことを思いだして、その言葉を口にした。


「言ったよ。だけど、それは結婚してからでもいいだろう」


下平さんの言葉に呆然と見つめ返した。


「えっ・・・待ってくれるんじゃないの?」

「それなら聞くけど、麻美はいつになったら納得するんだ」

「それは・・・わからない。わかるわけないよ」


私は叫ぶようにそう言った。そうしたら下平さんは溜め息を吐きだしてから静かに言った。


「麻美。麻美は頭では納得してないかもしれないけど、気持ちはもう納得して受け入れているだろう」


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