68 浩二の告白 その1
結婚式場を後にして、私達は昼食を食べにいった。入ったのはとんかつ屋さん。だけど、座敷に個室って何? それに、また下平さんの家の近くに来ていたの。
食事を終えて車に乗ったところで、私は言った。
「浩二さん、騙すなんてひどい」
「俺は騙してはいないけど」
「どこが? なんでいきなり式場に行くの? 予約なんてするの? 勝手に話を進めないでよ」
「待った、麻美。その話はここでするんじゃなくて、落ち着いて話せるところでしよう」
私はムッとしたけど、「わかった」と一言だけ返したの。
着いた先は下平さんの部屋。そうよね、他の人がいる所で出来る話じゃないわよね。と、私は納得して彼の部屋の中に入った。
そしてどこに行けばいいのかと、後から入ってきた下平さんのほうを振り向いたら、抱きしめられて唇を奪われた。頭を固定するように手を回されているから、逃げたくても逃げられない。唇が離れたと思ったらこんなことを言われた。
「麻美は無防備すぎ。男の一人暮らしなのに、疑わずについてくるし」
下平さんが耳に唇をつけながら囁いてくるから、背中をゾクゾクしたものが上がってきた。彼から逃げようと身を捩ったら、また唇を塞がれた。貪るような口づけに呼吸も思考も奪われて、彼が唇を離した時には私は息が上がり立っていられない状態だった。
私を凭れ掛からせるように抱きながら、彼が呟いた。
「よく、こんなで今まで無事だったな。他の男達が我慢強かったのか、強力な保護者がいたのか。ああ、香滝さんが守っていたのか」
何のことよと、目で訴えたら、また口づけをされた。今度はそれほど長くはなかったけど、整いかけた息がまた上がった。唇を離した彼が、耳元で諭すように言った。
「麻美、そんな潤んだ目で見つめたら、誘っているとしか見えないんだぞ。いくら無自覚で天然にしても酷すぎる」
そう言って耳に歯をたてられた。
「ひゃぁ、・・・やっ、やめて。浩二さん、酷い」
「酷いのは、麻美だ。俺は最初から麻美のことを気に入ったのに、麻美は俺の事を見てくれなかったじゃないか」
言われた言葉に私は愕然とした。
「えっ・・・嘘・・・。だって好みのタイプじゃないって、言って」
「俺は言ってない。麻美が勝手に誤解したんだ」
「そんな・・・えっ? じゃあ・・・」
「次に会った時も、俺の事には関心なさそうにしていただろう。お母さんの思惑だかなんだかしらないけど、二人で出かけることができて俺はうれしかった。俺は興味のない麻美にどうやって印象を残そうか考えていたのに」
「じゃあ、あの・・・別れ際の指先へのキスって」
私の言葉に顔を私の目の前にもってきた下平さんは嬉しそうに微笑んだ。軽く口づけてすぐに離れて、頬を愛おしそうに撫でてきた。
「次に会った時に麻美の反応がなかったから、効果がなかったのかと思ったけど、そうでもなかったんだ」
嬉しそうな笑顔を向けられて私は視線をそらした。
「そんなことない」
「麻美は嘘つきだね。でも、そんな顔で言われても説得力ないよ」
また軽く口づけをされた。
「麻美、かわいい。顔真っ赤。・・・でも、やはり麻美は酷いよね」
「何が・・・というか放して。離れたって話は出来るでしょ」
「そうやって、俺から逃げるの?」
「違う。そんなことは言ってない。ただ、近いから」
言葉を遮るようにまた口づけをされた。逃げられない容赦のない口づけに涙が滲んできた。唇が離れたところで、力が入らなくなりぐったりとして凭れ掛かったら。
「あっ、ヤバイ。またやり過ぎた」
という声が聞こえてきた。抱き上げられて部屋を移動して、座った下平さんの膝の上に横抱きに座らされた。グズグズと泣いていたら抱きしめられて、頭を撫でられた。
「ごめん、ごめん。でも、麻美が気づいていないのが悪いというのは本当だよ」
優しい声に下平さんのことを見上げたら、苦笑をして目尻に口づけられた。
「さっきも言っただろう。麻美は無防備すぎ。二人っきりなんだぞ。何をされても文句言えないだろう」
「でも・・・浩二さんは、そんなことしないでしょ」
見つめたまま言ったら、少し乱暴に頭を撫でられた。同時に頭を少し下げられた。
「麻美、それ反則。理性失くして襲ったらどうしてくれるんだ。それにな、さっき言ったことは本当のことだぞ」
「何よ。わかんないこと言わないでよ」
頭に手を置かれているから見上げることができない。それでも、文句だけは言ってやる。そうしたら耳のそばで声がした。
「最初から気に入っていたってこと。本当は悔しいから言わないつもりだったけど」
「うそ」
「本当。だから、あの日だけで縁はないと思ったのに、もう一度会えることになって喜んだんだよ。なのに麻美は俺に興味がないままだったし」
(ええっと・・・どう考えればいいの。最初の時に気に入られるようなことした覚えはないよね)
チラリと下平さんのことを見たら、グイッと頭を下げられた。
「だから、話が終わるまで俺の事を見るのは禁止。でないと別の意味で泣かすぞ」
不穏な言葉に体を固くしたら、よしよしという感じに頭を撫でられたのよ。




