67 今から予約は早すぎない? *
私が珍し気に部屋の中を見ていたら、不意に肩を抱かれた。そのまま抱えられるように靴を履いて外に連れ出された。私は下平さんを振り仰いで言った。
「何か見られちゃまずいものでもあったの?」
私を放して鍵をかけている下平さんは、何故か溜め息を吐きだした。
「いいから、行くぞ」
私は首を傾げながらも下平さんの後をついて行った。そして車に乗りこんだのよ。
「ところで麻美、結婚するのならいつがいい」
「はあ~? なんでそんなこと」
突然聞かれて困惑した。一気に結婚が現実になるのかと、身構えてしまった。
「季節とか時期にこだわりはないのか」
続けて言われた言葉に、肩に入った力を抜いた。
(そうか時期ね。季節・・・やっぱり春がいいかな~)
「そうねえ~、特にこだわりはないけど」
「6月がいいとか言わないのか」
「何で6月?」
「ジューンブライドという言葉があるだろう」
「ああ~」
私はその言葉を聞いて笑った。
「それってヨーロッパかぶれの人がしたがるだけでしょ。私は6月はごめんだわ」
「ヨーロッパかぶれ?」
私の言い方に面食らったように下平さんは言った。
「えーとね、ヨーロッパは6月は雨が少ないらしいのね。だから、この時期に結婚する人が多いのですって。あと、どっかの神話の結婚を司る女神様の名前に由来して、6月を「JUNE」とつけたと聞いた気がするわ」
「それなら女神様にあやかった方が良くないか」
「別にあやからなくてもいいでしょう。それに日本の6月は」
そこで言葉を切ったら、下平さんが「あっ!」と言った。
「日本は梅雨か」
「そう。雨の中の式だなんて嫌だもの。来てくれる人も大変になるし」
私の言葉に下平さんも頷いた。
「じゃあ、いつの季節がいいんだ」
「そうねえ、・・・やはり桜が咲く季節かな」
「桜? じゃあ、春か」
「まあ、そうなるわね。でも、別に桜が咲いていなくてもいいのだけど」
桜から公園のことを思い出してしまい、心臓がドクンと大きく音を立てた気がした。そういえばお弁当を私が作って出掛けようと約束したっけ。
思い出したことで気分が落ち込んできた。山本さんに言った「下平さんとつき合わない」は嘘になってしまった。
(私は本当に何をしているのだろう)
物思いに沈んだ私は、私のことを見ている下平さんの視線の意味に気がつかなったのでした。
◇
次に着いたところ。私は建物を見て、入り口で足を止めた。
「浩二さん、本当にここなの」
「そうだけど」
「聞いてないんだけど!」
「だから着いてからのお楽しみだって言ったろ」
睨む私のことは気にせずに、私の腕をとって建物の中へと入っていく下平さん。足に力を入れて抵抗しようとしたけど、引っ張られてつんのめっただけでした。
下平さんは受付の人に「丸山さんにお会いしたいのですが」と告げた。受付の人も心得たように「お約束はしていらっしゃいますか」と聞いている。
「はい」
「お名前をお願いいたします」
「下平です」
「下平様ですね。丸山をお呼びいたしますので、そちらにお掛けになってお待ちください」
下平さんに連れられて歓談スペースに行って椅子に座った。私達以外にも2組のカップルと思しき人達が、ここの従業員の方と話をしている。
「お待たせ致しました。久しぶりだな、浩二」
現れた男の人が親し気に下平さんに話しかけてきた。下平さんが立ち上がってその人を迎えるから、私も立ち上がった。
「ご無沙汰しています、哲夫さん。今日は突然すみませんでした」
「いいって。逆にうちを使ってくれるなんて嬉しいじゃないか」
男の人は身振りで座るようにといってきた。私は下平さんが座るのを見て腰を下ろした。男の人は笑顔で私のほうを向いた。
「ようこそいらっしゃいました。私は丸山哲夫、浩二の従兄です。この結婚式場で主任をしています。二人の結婚式は全面サポートいたしますから、大船に乗ったつもりでいてください」
私はチラリと下平さんを見てから、口を開いた。
「沢木麻美です。これからよろしくお願いします」
そう言って頭を軽く下げた。
(やはりこの人が前に聞いた従兄なのね。これじゃあもう逃げられないのかしら)
この後、私は黙って二人の会話を聞いていたの。
「それで式はいつにするのかな」
「そのことだけど、かなり先になるけどいいかな」
「もちろん、構わないよ。もう、来年の6月の予約が入っているからね」
「そんなに早く」
「6月の大安の土日に式をなさりたい方がいらっしゃるんだよ。拘りたい人はそこまでこだわるからね。浩二達も6月がいいのかな」
「違う。春、出来れば3月の終わりか4月頭がいいのだけど」
そう言ったら丸山さんはファイルを捲りだした。
「4月の1週目の土曜日が大安ですね。どうしますか?」
「じゃあ、そこで」
「おじさん達もいいのかな?」
「そこは2人に任せると云われているから」
「沢木さんもいいですか」
突然私に話しかけてきたから、一瞬どう言おうかと迷ってしまった。
でも「はい」とだけ、答えたの。
「わかりました。じゃあ、この日を押さえておきます。人数は大体でいいからわかるかい、浩二」
「多分親戚と仕事関係で40人は」
「沢木さんは」
「私は、親戚は20人くらいだと思うのですけど、他はわからないです」
「そうですか。それでは120名ぐらい入れる部屋を押さえておきますね。あとはまた追い追い決めていきましょう。それでは少しお待ちください。これから結婚式に向けて準備しなければならないものなどのパンフレットを持ってきますから」
そう言って丸山さんは少し離れた。そして彼がもってきたパンフレットの山を渡された。
「そうだ、兄貴が今度飲みに行こうって伝えてくれって」
「泰一が? ああ、わかった」
そうして私達は結婚式場を後にしたのでした。




