65 下平家、訪問! 前編
4月の5週目の土曜日。世間はゴールデンウィークに入りました。そんな中、私は下平さんに連れられて下平家に来ています。
事の起こりはこの間の月曜日。
軽く下平さんに遊ばれて、私が下平さんの耳元での囁き声に弱いことがバレてしまいました。
ええっ、そうよ。あのあと、私の反応が面白いのか、耳へのキスと囁き声をずっと聞かされたのよ。そして音を上げた私は、白状させられてしまったのよ。
というか、病人に何してるのよー!
でも、そんなことを言えるわけもなく、散々私の反応を楽しんだ後に、下平さんに言われました。
「麻美、次の土曜日に、少しいい格好をして出かけような」
「いい恰好って、美術館に行った時のような?」
「そうだな。ああいう格好をしてくれると嬉しいな」
「・・・わかった。あっ、でも、出掛けることができるか両親に聞かないと」
「それは、俺が話しておくよ」
そう言って下平さんは先に部屋を出て行った。私は下に行くついでにお風呂に入ろうと、着替えを持って台所に顔を出したの。
「では、土曜日はそういうことでよろしいですね」
「ああ、下平君に任せるからよろしく頼むよ」
父と下平さんの話はついたようで、出掛けることになったのねと、私は思ったのよ。
そして、今日の朝食後。何故か父と母が私の部屋に来て、服装を何にするのか聞いてきたの。
この時におかしいと気がつけばよかった。でも、私は何も考えずに着ていく予定の服を見せたの。ふんわりとしたフレアースカートとブラウス。それに春らしいジャケットを合わせるつもりでいたの。
だけど、何故かダメ出しをされた。母と言い合いをしながら決まったのは紺色のワンピース。白い衿と袖口がポイントのワンピースだった。なんかかっちりし過ぎていて、遊びに出掛けるには不向きな気がしたけど、少しいい恰好と言われていたから、これでいいかなとも思ったのだけれど。でも、少し寂しいから、胸元に銀色の猫のブローチをつけた。
迎えに来てくれた下平さんの車に乗り、向かう方向が彼の家がある方向だと気がついた私は、顔が青ざめたと思う。
「下平さん、どこに向かっているの」
「・・・麻美、言ったよな。名前で呼んでって」
「・・・どこに行くの?」
「名前を呼んで」
運転している顔を見たら渋面を作っている彼。
「下平浩二さん、どこに行くの」
「・・・本当に素直じゃないな。これじゃあ、家に着いたら苦労するぞ」
(・・・おい! 先に言っておいてよ!)
と考えたら、私の考えなんてお見通しだとばかりに言われてしまった。
「先に予告すると、麻美は逃げようとするだろ」
(チッ バレてるじゃん)
「麻美、親父さんから聞いているから。前に逃げ出そうとした事」
(・・・父さんのバカ~! 言うなよ。頼むから~)
前を向いて軽く膨れていたら、隣から笑い声が聞こえてきた。横目に睨んで、効果はないと思いながら言ってみる。
「まだつき合い始めたばかりなのに」
「だけど、俺がご飯をご馳走になったのを知っているから、麻美に会ってみたいんだと」
「・・・」
「麻美に会えないなら、沢木家にお礼がてら伺うって言ってたけど」
チッ(失敗した~。というか、話が進んでない?)
「麻美、舌打ちが聞こえたけど」
「ワザとだもん。というか、なんか話を進めようとしてない?」
「・・・違うだろ。ただの顔見世だから」
「ねえ、その間は何?」
「・・・気のせいだよ」
「だから、その間はなんなのよ~!」
(ほんとにね、なんかこのまま結婚までまっしぐらな気がするのは、気のせいじゃないわよね)
そんなことを思っている間に彼の家につきました。
◇
玄関前でギュッとバックを握りしめていたら、下平さんに苦笑をされた。
「顔を見せたらすぐに行くから、大丈夫だよ」
(ええっ? それっていいの?)
下平さんが右手でドアを開け、左手は私の背中に手を当てて玄関に入るように促された。
「ただいま」
下平さんが大きな声を出したら、奥のほうからパタパタという足音が聞こえてきた。
「おじちゃん、おかえり・・・。おねえちゃんがきた~!」
現れた女の子は、最初は下平さんに笑顔で駆け寄ってきたのに、私の姿を見ると急停止した。そしてくるりと向きを替えて大きな声で言いながら、奥へと戻っていった。
「真佑美のやつ・・・」
「えーと、姪御さんよね」
「そう。人見知り真っ最中」
(ああ、それで逃げたのね)
納得したようなしない様な気分でいたら、女の子と入れ違いに年配の女性が姿を見せた。
「まあまあ、よく来てくれたわね。どうぞ、上がってください」
私は女性に頭を下げた。
「初めまして。沢木麻美といいます」
顔をあげてにこりと笑う。
「それではお邪魔させていただきます」
下平さんに促されて先に上がった。靴を脱いで上がり、背を向けないように気をつけてしゃがむと、脱いだ靴を揃えた。立ち上がり女性のほうを向いたら、女性の笑みが深くなっていたの。
女性が先に歩いていった。下平さんに先に歩いてもらい、私は彼の後をついて行った。そうして、奥の部屋へと案内をされたのよ。




