63 沢木家の台所事情?
ピンポーン
来客を知らせるチャイムが鳴ったから「はーい」と返事をしながら玄関に向かった。
「どうぞ」
と声を掛けたら玄関が開いて、入ってきた下平さんは渋い顔で声を掛けてきた。
「もう起きて大丈夫なのか」
「熱は下がったから」
胸を張って答えたら渋面のまま手が伸びてきた。額を触って眉間のしわが少し取れた。
「熱は下がったようだな」
「薬が効いたからね」
「上がってもいいか」
「あっ、どうぞ」
来客用のスリッパを出して少し脇に避けた。靴を脱いで上がった下平さんは、台所に戻る私の後をついてきた。クンと匂いを嗅いで、呆れた声を出した。
「本当に作っているのか」
「勿論よ。母に任せておけないもの」
私がコンロのそばに行ったら、下平さんは祖母に挨拶をしていた。
「親父さん達は?」
「市場にキャベツを置きに行っているわ」
私の言葉に下平さんは頷いた。
◇
今日は月曜日。下平さんは仕事帰りにうちに寄ってくれたの。
昨日は、水分補給をした私はもう一度布団に横になったけど、どうしても気になることがあって聞いてみた。
「ねえ、服を着替えてきたということは、家に帰ったんでしょう。なんでまた来たの」
何故か私から視線を逸らして、頬をポリポリと掻いている。
「どうして?」
見上げて訊いたら、チラリと私の顔を見た後、また目を逸らしてボソボソと話し出した。
「さっき、麻美が言った『父一人に任せるわけにはいかない』と『祖母を1人にできない』が気になって、着替えてから戻ってきたんだ。それで・・・」
下平さんは言いにくそうに口籠った。
「それで?」
と、私は促すように訊いたら、またチラリと顔を見て視線を逸らされた。
「あー、その、親父さんと市場まで行ってきた」
「・・・はあ~?」
何故か頬を少し赤らめて言い訳するように話し出した。
「別にいいところを見せようと思ったわけじゃないからな。市場なんて縁がないから見たことがないから気になっただけだから。お袋さんが歩くのが大変だからだなんて思ってないからな」
(・・・えーと、これっていい人アピールにならないように、言い訳している、とか? それとも本当に市場に興味があったとか?)
判断に困って考えていたら、続けて聞こえてきた言葉に、私はガバッと起き上がった。
「あと、そこまでしてもらって悪いから、夕食を食べていけと言われたけど・・・。おい麻美、急に起き上がらない方が」
私が起き上ったのを止めようとして、下平さんが手を伸ばしてきた。私は手が触れる前に立ち上がった。
「呑気に寝ていられないわ」
部屋を出ようとしたら、手を掴まれた。
「どこに行く気だ」
「もちろん台所よ」
「熱があるんだからお袋さんに任せて寝ていた方が」
「任せられないから行くのよ」
私の様子に目を瞬いた下平さん。また言いにくそうに訊いてきた。
「その・・・お袋さんの料理って・・・」
「なんで私が料理の道に進もうと思ったと思うのよ」
この言葉で手を離してくれたので、私は部屋を出て台所に行った。テーブルの上には明らかに買ってきたとわかる揚げ物が並んでいて、私はホッとした。母はと見るとコンロのところでキャベツを炒めているようだ。
「お母さん、何を作っているの」
「あら、麻美。出来るまで寝てていいわよ」
「心配だから起きてきたのよ」
「まあ、失礼な」
そばに行ってフライパンの中を覗くと、豚肉とキャベツだけの炒め物。本当にただ炒めればいいだけなのに、なんで茶色くなったキャベツがあるわけ?
「また火が強いまま離れたんでしょ」
「ちょっと塩コショウを取りに離れただけよ」
「だからそういう時には中火か弱火。または火を消して離れてって言ってるじゃん」
「つい忘れちゃって」
「だから、これで何度目よ。まして今日は私達だけじゃないでしょう」
母は少しバツが悪そうな顔をしたけど、すぐに開き直って私に言ってきた。
「いいじゃない。そのうちわかることなんだから、早くに知っておいてもらった方がいいでしょ」
「私はそんなこと言ってないでしょ。お母さんはうかつすぎるんだってば。料理を作るのが得意じゃないにしても、もう少しダシをきかすかと調味料を使うとかあるでしょ」
私と母が言い合いを始めたら、父に手招きされた下平さんは、父の隣に座ったのでした。
結局おかずは少し焦げて茶色くなったキャベツの炒め物と買ってきた揚げ物たち、母が手を入れている糠漬けに、私が作るといって譲らなかったキャベツと卵のスープになった。私の分は母がおかゆを作ってくれていたけど、また火加減水加減が微妙で、焦がしかけてくれていた。
その状態に下平さんは無言を貫いていたけどね。
食事が終わると薬を飲んでから部屋に戻った。その前に帰る下平さんを見送ろうと思ったのに、病人は寝ていろと言われてしまった。
帰る時に「明日仕事帰りによるから」と言われたの。
それが先ほど訪ねてきた理由よね。




