62 納得いかない結婚の申し込み? 後編
近所のおじさんおばさんとは、もちろん顔なじみだ。私はあまり知らないが、両親は他の家の事情に詳しかったりする。まあ、畑などで会うとよく立ち話をしているから、その時に情報交換をしているのだろう。
だから私が仕事を辞めて家を手伝うようになったことも知っていたのだろう。
その事実に頭を抱えればいいのか、感謝を捧げればいいのか、少し悩んでしまった。
「他には? まだ、何か言いたいことってある?」
そう言われて私は首を振った。下平さんは握っている手に少し力を入れた。
「それじゃあ、いいかな。麻美が気持ちの切り替えができないのはわかった。だけど、俺の事が嫌いでなければ、このままつき合わないか。麻美さえよければ結婚を視野に入れてつき合いたいんだけど」
私は俯いて考えた。いつの間にか下唇を噛んでいた。下平さんは何も言わずに待ってくれている。
私は顔上げて下平さんのことを見つめた。好きではないけど・・・好きになれるかもしれない人。
「私・・・納得するまで時間がかかると思うの」
「いいよ。麻美が納得するまでつき合うよ」
私は下平さんに握られている手を、彼の親指を軽く握り込むようにした。
「それなら・・・よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
私の手を離した下平さんにそっと抱きしめられた。フワッという感じに抱きしめられて、安心した私は身体の力を抜いた。そのまま体を預けるようにして目を閉じた。
下平さんの手が頬に触れて・・・。
それから何かに気がついたように「麻美?」という焦った声が聞こえてきた。でも、一度目を閉じたら目を開けるのが億劫になってしまった。
額を下平さんの大きな手が触った。その手を離すと、何となくどうしようという気配が伝わってくる。薄っすらと目を開けたら、覗き込むように見ている下平さんと目が合った。
「寝かすぞ」
と、横にされて、下平さんがバタバタと離れていった。
「沢木さん。麻美が・・・」
という声を聞きながら、額に手を当てた。やっぱり熱が出たかと思いながら、私はまた目を閉じた。朝起きた時から、熱を出しそうな予感はしていたの。
このあと、下平さんから聞いて部屋に来た父が布団を敷いてくれて、体温計を持ってきた母に監視されながらパジャマに着替えて体温を測った。
「市場に行くのに困るでしょ」
と言ったけど、「病人は心配せずに寝ていろ」と言われてしまった。
表示された温度を見て、最近は本当に弱くなったなと、おとなしく布団に潜りこんだのよ。
母が部屋を出て行く時に下平さんが顔を覗かせた。
「麻美、また来るから」
と、言っていた。
静かになった部屋で、私は眠りについたのよ。
◇
ひと眠りした私は目を覚ました時に、そばにいる人影に驚いた。
「目が覚めたか、麻美」
「なんでいるの?」
枕元に座っていたのは下平さん。何故かスーツからラフな格好に変わっていたの。
「熱を出したのは、昨日連れ回したせいなんだろ。悪かった」
「それは・・・」
項垂れるように座っている下平さん。その姿がなんかかわいく見えた。
「下平さんのせいじゃないです。ここのところ体力が落ちていただけだから」
怪訝そうな顔で私の事を見つめてくる下平さん。寝たまま話しをしているから、見上げるように見ているからなんか変な感じ。
「本当なのよ。えーと、まあ、思っていたより心労があったみたいで・・・それで体重も落ちてしまったし」
「そういえば、最初に会った時より痩せたよな」
やはり気付かれていたのかと、思った。私は苦笑いを浮かべると、体を起こそうとした。それに下平さんが手を貸してくれた。座ったけど、クラクラするから熱はかなり高いのだろう。
「水分を取るか」
そういって見せられたのは、イオン飲料のペットボトル。うちには今は置いてないものだ。
「これって買ってきてくれたの」
「熱があるなら水分補給をするのにこれのほうがいいかと思って」
そういいながらコップに少し注いでくれた。それを受取ろうとして、ふといたずら心が起こった。なので下平さんを見つめて言ってみた。
「飲ませてくれませんか」
体もふらついているから、支えてくれてコップを口に当ててくれるのだろうと、私は思ったの。
「わかった」
と、答えた下平さんは私の身体を支えるようにしてから、コップの中身を口に含んだ。私の顔を仰向かせると口の中に流し込んできた。ごくりと飲み込んだら、下平さんは再度口に含んで・・・。
(なんで、口移しで?)
コップの中身が無くなると、昨日と同じように口づけをしてきたの。
唇が離れて酸素不足でぐったりとした私を抱きしめて下平さんが言った。
「あんまり天然小悪魔ぶりを発揮すると、熱があっても・・・」
耳元で囁かれて背筋をゾクりとしたものが走り抜け、私は顔を伏せた。
(なんか・・・負けた気がする。というか、天然小悪魔って何? でもそれを言って藪蛇になるのは嫌だし)
顔をあげてチロリと下平さんの顔を見たら、ニコリと微笑まれた。
なんかいろいろと、はやまった気がするのだけど、気のせいだと思いたい私がいたのでした。




