61 納得いかない結婚の申し込み? 中編
私は今、下平さんと向かい合って座っている。
泣き止んで下平さんから離れようとしたら、下平さんが放してくれなかった。話ができないからと言ったら、渋々抱擁を解いてくれたけど、今度は両手を握られている。
「えーと・・・」
(困った。話しをしにくい)
顔が見れなくて俯いてしまう。
「ゆっくりでいいから、麻美の気持ちを聞かせてくれないか」
その言葉に顔をあげると、笑みを浮かべた下平さんと目が合った。
「でも・・・さっき言った通りです。私はまだ次のことなんて考えられないんです」
そうしたら下平さんは笑みを浮かべた顔で訊いてきた。
「麻美は俺の事が嫌いかな」
「嫌い・・・ではないです」
その言葉に下平さんの笑みが深くなった。
「それならこれからつき合っていかないか」
「だからお断りしましたよね、おつき合いは出来ないと。・・・というより下平さん、分かっていますか?」
「何が」
「私は家を手伝っています。ということは農作業をしているんですよ」
「それが何か」
下平さんはキョトンとした顔をした。私の言葉に何の問題があるのかという態度に、またムカついてきた。
「農業ってお天気仕事なんです。決まった休みなんてないんですよ」
「まあ、そうだろうな」
「下平さんはカレンダー通りのお仕事ですよね。私はそれに合わせることはできませんから」
「でも、この日に出かけたいと言えば、親父さんは許可してくれるだろう。現に昨日だって出掛けたわけだし」
「それはそうなんですけど・・・」
「麻美は何を言いたいんだ」
「・・・だからもし結婚をしたとして、休日は一人で過ごしてもらうことになるんですよ」
私の言葉に下平さんは笑みを浮かべた。
「結婚することを前向きに検討する気になったのか」
「違います。例えです。今日だって午前にキャベツを取ってきたんです。これから袋詰めして市場に持っていかなければならないんです。流石に父一人に任せるわけにはいかないし、母がついて行っても役には立たないだろうし」
「休みの日なら俺が親父さんと市場まで行ってもいいけど」
事も無げに言われて、私は言葉に詰まった。
(別に手伝って欲しい訳じゃないんだけど・・・)
「・・・あ、あと、うちはおば達が強くて、祖母がいるからしょっちゅう顔を出しますけど」
「おばさん達にとって実家なら来るだろうな」
当たり前のことの様に頷く下平さん。その姿にあれっ? と、思う。
「えーと、それから祖母は痴呆が進んできていて、誰かが見ていないといけないのですけど」
「だけど、一緒に仕事をしているって言わなかったか?」
「あー、はい。ずっとやってきたことだから、まるけものの作業ならできます」
「まるけものって?」
「えーと、ほうれん草などを市場に持っていくために、食べるのに向かない葉っぱを取って1束ずつにする作業のことです」
「ああ、そうか」
何かを思い出しながら頷く下平さんの姿に戸惑ってしまう。なんか農作業のことを知っているみたい。でも、前に訊いたのは、お父さんは前はバス会社の整備士をしていたそうで、今は退職したあと他の会社で働いていることと、お母さんは裁判所の事務員をしていること。親戚に教師になった人が多いことだった。そんな人が何故知っているのだろう。
そんなことを思いながら下平のことを見つめたら、フッと微笑まれた。
「麻美は優しいな。俺に苦労を掛けたくないと思ってくれたんだろ」
「違う。そういう意味じゃなくて・・・」
(おかしいな。事実を認識させようと告げているだけなのに。なんで嫌がってくれないのだろう)
「他には? 何かある?」
下平さんは少し楽しそうに訊いてきた。・・・実際楽しいのかもしれない。顔が笑っているもの。
「えーと・・・あっ、そう! 婿入りするということは、名字が変わるんですよ。それっていいんですか」
「別に構わないけど。うちは親父が婿入りしているから」
「へえ~、そうなんですか。・・・えっ? ・・・ええっ!」
下平さんが言った言葉に驚いた。それだから、婿養子の話に乗り気だったのかと。私が黙ってしまったら、下平さんはふっと笑った。
「なんか誤解しているみたいだね。うちは爺さんが初代で、母が一人娘だったんだ。父の実家も祖母の実家も祖父の実家もすべて農家だ。父の姉妹も皆農家に嫁いでいるんだよ。だから子供の頃はそれぞれの家に行くと、田んぼや畑で遊んだりしたね。本格的にはやっていないけど、手伝いくらいはできると思う。親父さんも仕事を辞めて継いで欲しいとは言わなかったしな」
「それは・・・近所でも私と歳が近くて農業を継いでいる人はいないし。私が手伝っていることでも珍しがられているから」
私の言葉に頷いた下平さん。
「それは聞いた。麻美が手伝っているのを見て、嫁に欲しいという打診もあったらしいな」
「はっ? えっ? 聞いてないんだけど」
「農家の嫁って今はなり手がないだろ。家を手伝っているのならと、近所に聞きに来たそうだよ。だけど沢木家の事情を知っている近所の人は、嫁には出さないだろうからと、沢木家に話しがいく前に相手のその気をへし折っていたらしいぞ」
あらたな事実に、近所から私がどう見られていたのかを知ったのでした。




