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60 納得いかない結婚の申し込み? 前編

翌日はやはり疲れていたのか、いつもの時間に起きることができなかった。重い身体を何とか起こして台所に顔を出した。両親とも私の顔を見て、もう少し寝ていてよかったと言ってくれた。


・・・というか、そんなにひどい顔をしているのだろうか?


午前の作業を早めに切り上げて昼食を取ると、両親は着替えをした。私にも着替えて来いと言ったわ。

・・・まあねえ、下平さんが来るのに、作業着姿で会うのも~、という両親の気もちもわかる。


わかるけど、私は納得出来ていなかった。


彼が何を言いに来るのかがわかるから尚更だ。


だから抵抗したい気持ちもあって普段着に近い服装にした。一応スカートははいたけど。その姿で両親の元に行ったら、父は何か言いたそうにし、母ははっきりと睨みつけてきた。でも時計を見て小言を言うのをやめたようだ。


下平さんは約束の5分前に家に来た。車から降りた彼はスーツを着ていた。


その姿を見て私はムッとした。


両親と共に玄関で出迎えて、両親が床の間の部屋に案内している間に、台所に行ってお茶の支度をして私も部屋に行った。下平さんと両親にお茶を出して、少し脇のほうに座った。


下平さんは座布団から降りて座り直した。そして父の顔をヒタッと見つめた。


「沢木さん、麻美さんと結婚させてください」


いい終わると下平さんは、頭を下げた。


「下平くん、本当にいいのかね」

「はい。私は麻美さんと一生を共に過ごしたいと思います」


体は伏せたまま顔だけ上げてそう言った下平さんに、父は頷いた。


「こちらこそ、不束な娘だがよろしく頼むよ」

「ありがとうございます」


下平さんは破顔して私のほうを見てきた。私は下平さんのことをジッと見ていた。下平さんは微かに眉を寄せたけど、父に声を掛けられて父のほうを向いた。


「下平くん、どうか楽にしてくれたまえ」


そう言いながら、父も足を崩して胡坐をかいた。下平さんも足を崩して胡坐をかいた。父が嬉しそうに下平さんと話を始めた。母は口を挟まないけど、やはり嬉しそうに下平さんと話す父のことを見ていた。


私はその様子を眺めていたけど、会話はほとんど聞いていなかった。だから父に声を掛けられて、気の抜けた返事をしたのよ。


「麻美、・・・麻美。聞いていなかったのか、お前は」

「はあ~」

「なんだのその気の抜けた返事は。これはお前の結婚の話だろう。下平くんの従兄の方が結婚式場に勤めているそうだ。式はそこで行いたいと言っているんだ。お前もそれに異論はないな」

「それでいいんじゃないの」


私の投げやりな言い方に、父の顔から笑みが消えた。


「なんだ、その言い方は。麻美、何か不満でもあるのか」

「・・・不満? 私に不満がないと思っているの?」


私の言葉に父は下平さんの顔を見た。下平さんはわからないというように首を振っている。


「何に不満があるんだ、麻美」

「・・・だって、おかしいじゃない。なんで笑って式の話なんてしているのよ」


父は困惑したような顔をして、私の事を見てきた。


「何って、麻美は下平くんのプロポーズを受けたんだろう。そうしたら結婚の具体的な話になるだろう」

「・・・私、受けてないもの」

「「「えっ?」」」


と言って顔を見合わせる両親と下平さん。父が目線で下平さんに問いかけている。下平さんは私のほうに視線を向けてきた。


「麻美、頷いてくれたじゃないか」

「・・・頷いてない。・・・というか、おつき合いするとも言ってないわ、私」


私の言葉に父の視線が鋭くなった。だけど、父が何か言う前に下平さんが口を開いた。


「麻美のほうから告白してくれたのに」

「だから、そこの解釈がおかしいってば。なんで、そうなるのよ。それにみんなどうかしている。・・・私は彼と別れたばかりなのよ。そんなに簡単に、気持ちが切り替えられる訳ないじゃない」


目に涙が浮かんできた。でも、睨むように下平さんのことを見つめていた。


だけど、私は今とは関係ないことなのに、(最近は泣いてばかりいるな)と、考えていた。


両親は言葉を失くしたように私の事を見つめている。両親の気持ちもわからないわけじゃないけど、しばらくはそんなことは考えたくなかった。


下平さんが両親のほうを向くと静かに言った。


「少し麻美さんと二人で話したいのですが、いいですか」

「あ、ああ。そうだな。そうした方がいいだろう」


両親に私の部屋へと追いやられて、下平さんと共に部屋に入った。そういえば敷物がなかったと、座布団を取りにいった方がいいかと振り返ったら、下平さんに抱きしめられた。


「ごめん、麻美。急ぎ過ぎたな」


優しい声に、引っ込みかけた涙が溢れてくる。


「放して。スーツが汚れちゃうから」

「言ったろ、一人で泣くなって。スーツの汚れくらい気にするな」


その言葉にもっと涙が溢れてきた。スーツにしわがよるかもと思いながら、右手の親指と人差し指で腰の辺りを少しつまんだ。顔を伏せて下平さんの胸に額をそっと押し当てた。


下平さんの手が動いて、頭を優しく撫でてくれたのでした。


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