57 すっとばしのプロポーズ その1
私は目の前に座っている男のことを睨みつけていた。何でこんなことになった~!
今日は4月の4週目の土曜日。今、いる場所はかなり有名な遊園地だった。目の前にいる男は下平さん。本当にね、何でこんなことになったのよ。
いや、分かっている。昨日家に来た下平さんに、ここに出掛ける約束を父がしてしまったのよ。
◇
先週の土曜日。家に帰った時間が遅かった(午後から出掛けたのに家に帰ったのは10時少し前だった)のに、両親からは何も言われなかった。ただ「お風呂に入って早く休みなさい」と、だけ。
次の日に遅くなったことの理由を話そうと思ったのに、私が口を開く前に「下平君から連絡をもらった」と言われたの。一緒にいた時にそんなそぶりを見せなかったから「いつ、連絡をもらったの」と訊いたら「7時過ぎに」という答え。どうも、コンビニで私がお手洗いに行っている間に電話をしたようだ。
私は両親に改めて山本さんとの別れ話について話した。簡単に話したのだけど、私の気持ちを黙って聞いてくれて、別れることを受け入れてくれたと言ったら「案外いいやつだったのかもな」と、父が呟いたことが悲しかった。
それから、約束だったから下平さんに電話をして別れた報告をしたら、何故か来てくれたことと、気晴らしなのかドライブに連れ出されたこと。あと・・・泣かさせてもらったことも話した。本当は黙っていようかと思ったのだけど、あそこまで遅くなった理由(眠ってしまったこと)を話すには、そのことにも触れないわけにはいかないと思ったから。
父と母はそのことを黙って聞いて、何も言わなかったの。
そう、この時に疑うべきだった。父が何を画策したのかを。
◇
金曜の夜、7時過ぎ。仕事帰りだという下平さんがうちに来た。玄関に出た私は、そのことにすごく驚いた。
「こんばんは、麻美さん」
「こんばんは。どうしたんですか」
「麻美さん、明日出かけませんか」
「はい?」
「ああ、OKですか。それなら、動ける格好にしてくださいね」
「えっ? いえ、私はOKとは」
「どうしたんだ、麻美。おお、下平君」
下平さんと話していたら、父も玄関に来た。
「こんばんは、沢木さん。明日麻美さんと出かけたいのですがよろしいでしょうか」
「構わんが、どこに行くんだね」
「遊園地に行こうと思うのですけど、朝が早くてもいいでしょうか」
「麻美なら、起きれるから大丈夫だろう」
「それでは6時に迎えに来ます。では、これで失礼します」
「ああ、よろしく頼むよ。麻美、車は父さんが見るから、お前は家の中にいなさい」
と、父と下平さんで話しを進めてしまい、私に断らせてくれなかったのよ。
この後、さっさと風呂に入れだの、動きやすい服装はと、父と母がうるさかった。祖母まで出掛けるのならお小遣いをと、お金を用意しようとしてくれたのでした。
◇
朝の6時。約束通りに迎えに来た下平さんに連れられて、私は隣の県の遊園地まで来た。
初っ端からのジェットコースターに始まって、ジェットコースター3連発って何?
その後も激しめのアトラクションばかりを選択されて、お昼を食べるためにフードコートの席に座った時には、私はクタクタになっていた。
私を席に置いて、焼きそばや飲み物を買って戻ってきた下平さんのことを、キッと睨みつけた。
「いったい、どういうつもりなのよ」
「何って、久し振りに遊園地で遊びたくなっただけだけど」
「それなら姪や甥を連れてきてあげればいいでしょう」
「まだ、3歳と1歳前だぞ。連れて来れるわけないだろう」
「じゃあ、友達とくればよかったじゃない」
「野郎ときたって楽しくないだろう」
「私じゃなくてもよかったじゃない」
「麻美と来たかったから」
私はあまりの言葉に口を噤んだ。そして目を細めるとムッとした声を出した。
「なんで、呼び捨て!」
「もうそろそろいい頃だろう」
「いや、良くないでしょう。下平さんと私はつき合っているわけじゃないんだから」
そう言ったらチロリという感じに私の事を見つめてきた下平さん。でも、気にした様子もなく買ってきたものをパクついている。自分の分の焼きそばを食べ終えた下平さんが言った。
「友達なら親しくなれば名前の呼び捨てくらいするよな」
「それはそうかもしれないけど」
「それより、まだ乗っていないものがたくさんあるな。早く食べて次に行こう」
「ええ~! まさか全部制覇するつもりなんじゃないでしょうね」
「ほら、喋ってないで早く食べて」
この後も遊園地内を引っ張り回されて、私は最後の観覧車に乗った時にはぐったりとしていた。
「ま、まさか、本当に制覇するとは」
「いや、全部は乗っていないぞ」
「どこがよ。それどころかまさかもう一度ジェットコースターに乗るとは思わなかったし」
「そこはお代わりいくだろう」
「どんだけ好きなのよ~」
おかげで観覧車の苦手な部分を忘れて乗ることができた。
「それより、ほら」
下平さんが指さした先には富士山が大きく見えた。
「おお~。大きいね」
「そうだな」
暫し見入ってから口を開いた。
「「やっぱり富士山は静岡側よね(だな)」」
台詞が被って、お互いの顔を見つめあった。そして、同時に吹き出した。
「どれだけ静岡が好きなんだよ」
「下平さんこそ」
観覧車が下に着くまで二人して笑ったのでした。




