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55 彼との別れ話 後編

私は閉じた目を開けると、山本さんの顔を見た。彼の顔には驚愕の表情が張り付いていた。


「私には兄がいます。うちを離れてしまっていますけど、私は兄が家を継ぐのだと思っていました。でも今年のお正月に、父が兄に話しているのを聞いてしまったのよ。兄ではなく私に家を継がせたいと言ってたの。兄はそれに賛成していました。定年退職するまで家に戻るつもりはないから、それなら私が家を継いでくれた方が安心できるといっていました。でもね、私からしてみれば『ふざけるな!』ですよ。なんで跡継ぎの兄がいるのに私がって。それも私がいないところでそんな会話をされて・・・」


今度は口元に苦い笑いが浮かんだ。


「本当はわかっていたの。兄が家に戻るつもりがないということを。親戚関係だって兄より私のほうが把握できているし。母もお嫁さんに気兼ねしながら生活するより、娘の私のほうがいいのだろうなと、思っていましたし。それに、私は家族のことを見捨てられないと思うの。・・・もし、山本さんと結婚したとしても、その姿が想像できないというか。・・・いいえ、違うわね。想像は出来たのよ。二人で生活する姿が。そこに私の両親の姿がないの。・・・父は私がどうしても結婚したいと言ったら許してくれるのかもしれない。けど、その先が見えないの。父と山本さんが仲良く話す姿が想像できなかった。父は頑固な人だから、山本さんにわだかまりを持ったまま過ごすと思うのね。そうしたら、同居するなんて考えられないじゃない。でも、私には両親を捨ててまで結婚に向かうことが出来ないの・・・」


この2週間、いろいろなことを想定して想像を膨らませてみたの。もし、山本さんと結婚するとしたらと。その結果がこれ。うちの両親との同居は無理だろうということだった。別居したとしても、私は両親のほうに比重を傾けた生活をすると思う。そうしたら山本さんに不快な思いをさせて・・・そのうちに喧嘩ばかりするようになるのだろう。そうしたら離婚するしかないだろう。


どれだけ想像を働かせても、父と山本さんが和やかに会話する場面は浮かんでこなかった。


膝の上で両手を握り締めていた私の耳に、山本さんが息を吐き出す音が聞こえてきた。


「もっと早く知っていれば・・・」


呟くように言われた言葉に体に力が入った。


「いや、言わせなかったのは俺だよね。俺もさ、何となくわかっていたんだ。麻美の家のこと。前に実家だから親戚が集まると言っただろう。それは大変だなと思ったんだけど、めんどくさいとも思ったんだ。だから、それに向き合わなくていいように逃げていたんだ」


山本さんのことを私は見つめ直した。山本さんの口元にも苦い笑いが浮かんでいる。


「麻美の立場なんか考えたくなくて、目を背けてた。麻美がお見合いをすると言った時に、そのことに腹が立ったけど、本当は自分にもっと腹を立てていたんだよ。俺がもっと早く麻美の家に行っていればそんなことにならなかったと思ったから。でも、怖かったんだ。麻美の両親に会って、麻美に相応しくないって言われてしまうんじゃないかって。麻美の家に俺は合わないんじゃないかって」

「うちはそんな家じゃないよ。ただの農家の家だもの」

「それでもさ、麻美はちゃんとした家の子じゃないか。俺みたいに両親が好き勝手しているような家の子じゃない」

「そんなの関係ないのに」

「俺もそう思おうとしたよ。でも麻美とつき合ううちに、俺のほうが麻美に相応しくないんじゃないかと思ってた」

「そんなことない!」


私が強い口調で言ったら、山本さんは少し柔らかい笑みを浮かべた。


「麻美、俺もね、麻美に理想の女性像を重ねていたんだと思う。だから現実の麻美と向き合おうとしなかった。そこはお互い様だったと思うんだ。今の麻美の話を聞いて、俺には無理だと思った。麻美が言うように麻美とは暮らせても、麻美の両親とまでは暮らせない。麻美のいうとおりだよ。たとえ一緒に暮したとしても、喧嘩ばかりの毎日になると、想像できたよ」


一度目を瞑った山本さんは、目を開くと私をギュッと抱きしてめてきた。


「好きだよ、麻美。君と一緒に暮らすことを夢見たくらいには大好きだ」


痛いくらいに強く抱きしめられて、私は彼の背中に腕を回したくなるのを、拳を握って何とか堪える。


私からの返事がなかったから、ゆっくりと山本さんは抱擁を解いて私から離れた。


「わかったよ。別れよう」


私から顔を背けてそう言った。


「ごめんなさい」


堪えきれなかった涙があふれてきた。山本さんに見られたくなくて、私も顔を背けた。


「じゃあ、送って行く」


そう言うと、山本さんは車を発進させた。


いつものところに着いた時に、山本さんが言った。


「そういえば、麻美の家ってどこ」

「そこを右に曲がった先だけど」

「最後だし家のところまで送るよ」


狭い道をゆっくりと走らせて家の前に着いた。私の家を見た山本さんはまた苦い笑いを口元に浮かべた。


「こんな大きな家のお嬢さんだったなんて」


私はもう、それについては何も答えなかった。


「これで、諦めがつくよ」


山本さんがそう言った。私は降りようとしたけど、最後なんだと思いもう一度山本さんの顔を見つめた。


「今までありがとうございました」

「・・・こっちこそ、ありがとう」


私が車を降りたら助手席の窓が開いた。


「麻美、元気で」

「山本さんも」


山本さんは窓を閉めると車を走らせて行ってしまったのでした。


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