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51 下平さんとの2度目のデート? その5

(泣きすぎて瞼が腫れていることだろう。鼻もグズグズだし、もう、お化粧もとれて意味をなしていないと思う。うん。夜で良かった。告白してくれた相手に断わるだけでなくて、交際している相手の愚痴を聞かせるって、どうなのよ。最低だな、私。この状況ってよくよく考えたら、二股掛けてたんじゃない。うわ~、こういうのをビッチっていうんだっけ。本当に最低だ)


泣き止んで冷静になると、自分の駄目さ加減に、穴を掘って埋まりたくなった。


(気まずい・・・すんごく気まずい。何を話したらいいの)


チラリと横を見ると下平さんはハンドルに腕を置くようにして外を見ていた。どうしたものかと、チラチラと見ていたら、私の視線に気がついた下平さんと目が合って、どきりとした。


「もう大丈夫」


普通の声で話し掛けられて、私は知らず知らずのうちに肩に入っていた力を抜いた。


「はい。すみませんでした」


そうしたら「ちょっと降りようか」と言って、車を降りた下平さん。わたしも追って車を降りた。先に歩いていく彼の後を付いていった。


下平さんは自動販売機のところまで行くと、お金を入れてコーヒーを買った。そしてまたお金を入れて「何にする」と、訊いてきた。


「レモンティーを」


下平さんはボタンを押して出て来たレモンティーを渡してくれた。そのままそこでゆっくりとレモンティーを飲んだ。温かさに私はホッと息を吐き出した。


飲み終わってゴミ箱に缶を捨てると、「戻ろう」と背中に手を当てられて、車まで戻ったの。


その後、無言のまま車を走らせていたけど、家に近づいてきたところで、下平さんに訊かれた。


「それで・・・どうするの」

「彼とは・・・別れます」


私は前を真直ぐ見つめてそう答えた。少しの沈黙の後に躊躇うような声が聞こえてきた。


「その・・・いつ話すの」

「早いほうがいいと思うので、明日連絡して・・・それで決めます」


きっぱりと言い切ったら、また躊躇いがちの声が聞こえてきた。


「麻美さんはそれでいいの? ・・・その彼のことをまだ好きなんだろう」

「・・・好きだけど、それだけじゃ結婚は出来ないですから」

「でも、その彼も話せばわかってくれるんじゃないのかい」

「・・・いえ。彼がわかってくれたとしても、無理です」

「どうして? 二人で努力すれば」


(下平さんはなぜ、彼とのことを応援するようなことを言うのだろう)


私は不思議に思いながら、チラリと下平さんのことを見た。下平さんの表情は夜の闇の中ではよく判らない。街灯があるところで見えた表情は、少し眉間にしわがよっているようにも見えたけど。


「無理なのは、私のほうです。彼の前では緊張して、素の自分が出せてません。話し合って関係が改善されても、・・・多分私のこの状態は変わらないと思います」

「そこが判らないのだけど。どうしてそんなにも緊張するのかが」


私もずっと不思議だった。なんで会う度に緊張しているのか、と。でも和彦と話したあと、多分これが理由だろうということに思い至った。


私は軽く深呼吸をしてから言った。


「彼は憧れの人なんです」

「憧れって、モロタイプの人だったのか?」

「違います。どちらかというとアイドルに憧れるファンみたいなものです」


私のたとえが解りにくいのか下平さんは首を傾げている。


「えーと、ですね、好みのタイプかと言われたら、彼も全然違うんですよ」

「違うのか!?」


下平さんが驚いたのか、声をあげた。慌てたように、口に右手をあてていた。


「その、彼と会った時の状況が、丁度読んでいた本の内容と酷似していまして・・・」


言葉を濁しながら言ったけど、もちろん下平さんはわからないという視線を私に投げかけてきた。


「えー、とですね、その本というのは、いわゆるファンタジーなのですけど、私が好きなキャラクターがパーティーに出る羽目になってしまって、周りを無視して料理やお酒を堪能していたんですよ。そうしたら、同じように料理を堪能している女性と何度か鉢合わせをして・・・。後日友人宅てその女性と再会をするというシーンがありまして・・・」


説明しながら、冷や汗がふきだしてきた。たまに好きな話の中に自分(の分身)を入れて楽しむことはあったけど、まさかあのシーンに重ねて酔っていたとは思わなかったのよね。


今更ながらに千鶴の観察眼には脱帽だ。彼女の言葉をよく聞いておけばよかったと、今なら思う。でも、のぼせた頭では何も入ってこなかっただろうけど。


「麻美さんは、本のキャラクターに似ていたから、その人のことを好きになったのですか?」

「まあ、そういうことになります・・・かね」


(でも、つき合ううちに彼のことが本当に好きにはなっていたのだけど)


気がつくと、いつもの道から家へと曲がるところまで来ていた。


「下平さん。家の前で止めてくださいね」

「・・・わかった」


車が家の前についた。私はシートベルトを外して降りようとした。


「待って」


下平さんに右手を掴まれて、私は振り返った。真直ぐに見つめられて、どきりと心臓が鳴った。


「話す日が決まったら教えて欲しい」

「えっと・・・でも」

「ここまで聞いておいて、知らないで済ますのは後味が悪いんだ」


真剣な瞳に気圧されるように私は頷いた。


「はい、わかりました」


手を離されたので、私は車を降りた。


そして、深々とお辞儀をした。


顔をあげると下平さんが手を挙げてから、車を走らせて去っていったのでした。


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