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49 下平さんとの2度目のデート? その3

薬局を見つけてそこの駐車場に車を停めると、下平さんは「待っていてください」と言って車を降りていった。私は絆創膏を買うのは下平さんに任せて、治療の邪魔になるストッキングを脱いだ。靴擦れは両足ともにだった。出血はしていないけど、ものの見事に皮がむけてしまっていた。


戻ってきた下平さんは大き目の絆創膏と消毒液を買ってきた。助手席のドアを開けてダッシュボードから箱ティッシュを取り出すと、下平さんは膝をついて地面に座り私の左足を持ち上げた。


「待ってください。自分で出来ますから」

「でも車の中は狭いからやりにくいだろう」


ティッシュを何枚か出して靴擦れの下に当てて、消毒液を掛けた。冷たさにビクリと体が震えた。


「沁みたかな。少し我慢して」


そう言って絆創膏の箱を開けようとしている下平さんの後ろで、車が駐車場に入ってこようとしているのが見えた。


「下平さん、ドアを開けたままだと、他の車の邪魔になります」


私の言葉に後ろを振り返った下平さんは「確かに」と言って、立ち上がった。幸い今入ってきた車は、隣のスペースには来なかった。これで、自分で手当てができると思った私は、屈んだ下平さんに膝の下に手を差し込まれて焦った声をだした。


「あの、何を」

「後部座席に移動しよう」


下平さんは私を抱き上げて、すぐに後部座席のドアを開けて下ろした。助手席からティッシュと買ってきたものを持つと助手席のドアを閉め、後部座席に自分も入ってからドアを閉めた。私は下平さんに押しやられるように後ずさり、気がつくと背中に反対側のドアが当たっていた。


「あの、自分でできるから」

「すぐ終わるから、じっとして」


私のほうを向いて座った下平さんに再び左足を掴まれて、下平さんの膝の上に乗せられた。もう一度消毒をされてから、絆創膏を貼られた。次に右足を掴まれて、同じように膝の上に乗せられて消毒をされ、絆創膏を貼られた。絆創膏を貼り終わると下平さんは足から手を離した。


出たゴミを片付けている下平さんを見ながら、私は肩の力を抜いた。治療をしてくれているとは云え、近すぎて緊張をしたのだ。


そして、私はストッキングを穿こうと右足を曲げた。


片付けを終えた下平さんがこちらを向いた。目が合ったと思ったら、グイッと引っ張られて抱きしめられた。


耳元で下平さんの低い声が聞こえた。


「本当にわざとじゃないと解っているけど、煽ってくれる。だから、これは麻美さんが悪い」


顎を掴まれたと思ったら、唇を塞がれた。


すぐに唇は離れ、抱擁からも解放されて、下平さんは車から降りた。そして運転席に乗り込んだのだった。


車が動きだしても私は呆然と座り込んでいた。無意識に足をおろして、背もたれに背を預けるように座っていたけど、自分の心の動きに考えがまとまらなかった。


だから車が停まり下平さんがパンプスを渡してくれて、車から降りた時に変なことを考えたのだと思う。


ついたところはこの前も来た日本平のホテル。そこに腕をひかれて入った。ロビーからお手洗いがあるほうに連れていかれて、自分の思い違いに気がついた。


「行っておいで」


と、背中を押されて、私はお手洗いに入っていった。


個室に入り、まずはストッキングを穿いた。それから、蓋をしたままの便座に座ると私は頭を抱えた。


(どうしよう。どうすればいい? これはこの後は・・・。でも、駄目よ。ああ、どうしよう)


しばらく悶々と考えていたけど、ハッと気がついて水を流して個室を出た。幸いにも他に待っている人はいなかった。けど、私が手を洗いだした時に丁度入ってくる人がいたので、個室を独占していなくて良かったと思った。


パウダールームがあったのでそちらに入り、形ばかりにファンデーションを取り出して、直す振りをした。そして、鏡の中の自分の顔を見ながら、先程の物思いの続きをする。


(問題よね、これは。・・・何が問題かって、やはり私の気持ちよ。・・・さっき、下平さんに抱きしめられたのは嫌じゃなかった。キスされたのも。それどころか、ここに着いてホテルを見て、下平さんがそういうつもりなのかと一瞬考えた自分がいたもの。それを不快と思っていなかったなんて)


ふう~、とため息を吐き出した。


(好きなわけじゃないと思う。でも、嫌でもない。・・・ううん。本当は家で父の顔を見た時に思ったことが、私の本音なのだろう。・・・笑っていた父。家族が認めてくれる人とのおつき合い。・・・最初からうちのことを分かってくれている下平さんと、分かろうとしてくれない山本さん。比べるまでもないもの・・・。本当はわかってた。和彦に言われるまでもなかった。どうしても山本さんには素の自分を見せられない。だから会った後、あんなに疲れてしまうのね。・・・もう少し、好きという気持ちに浸っていたかった。でも、もう、無理だ。こんなに楽なおつき合いを知ってしまったもの)


涙がせり上がってくるのがわかり、ぎゅっと目をつぶって堪える。


(・・・うん。断ろう。そして、山本さんとも別れよう。しばらくは千鶴たちに憂さ晴らしにつき合ってもらって、元気が出たら恋愛をするか、お見合いを頼むことにしよう)


もう一度鏡の中の自分を見つめた。痩せたせいか目がギョロっとしている。全然かわいくない自分がいた。


(・・・でも、これが逆だったら良かったのに。下平さんと先に出会っていれば・・・。きっとこんなにいい人にはもう出会えないかもしれない。・・・ううん。それは考えてはいけないことよ。こんな失礼なことをしているのよ。事情を知ったら、下平さんに断られるに決まっているもの)


私は大きく深呼吸をしてから、お手洗いを後にした。


下平さんはお手洗いから少し離れたところで、壁に背を預けて待っていた。その彼に自然な笑顔に見えますようにと祈りながら、私はそばへと歩いていったの。


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