48 下平さんとの2度目のデート? その2
県立美術館は日本平の北側で草薙に近いほうにある。そういえば、ここも初めて来たのだったと思い出した。
駐車場に車を停めて、美術館の中に入った。チケットは本当に招待券だった。お金がかかっていないことに私は少しホッとした。
さすがに有名どころの作品はなかったけど、それでも印象派の作品たちに触れることが出来て私は満足をした。今回の作品のパンフレットがあったのでそれを購入した。
そのまま、近くの喫茶店に入って一休み。私はそのことにホッとした。おろしたばかりのパンプス。うっかりと靴擦れの予防を忘れていたから、少し擦れて痛くなっていたの。
席に着いてから、そういえば私が絵を見ている間、下平さんは必要以上に話し掛けて来なかったなと、思い出した。中学の時に美術部だったけど、自分には絵の才能がないと思い知らされた。それでも好きな風景や静物画を描いて過ごしていたっけ。
私は紅茶とショートケーキ、下平さんはコーヒーとイチゴのタルトを頼んだ。
「随分熱心に見ていたね」
と、言われて頬が赤くなった。ほったらかしにして自分だけ堪能するってどうなのよ。
「えー…はい」
小さな声で返事をしてから、ハタっと気付く。和彦に言われたじゃない。ここで罪悪感を持っちゃダメだって。振り回すくらいで、嫌われるには丁度いいのよ。なのに。
「あれだけ楽しんでくれたのなら、来たかいがあったね」
穏やかに微笑まれて、一人ではしゃいでいた自分が子供の様に思えてきた。下平さんは大人なんだなと思った。
ケーキと飲み物が来て、下平さんが頼んだイチゴのタルトが、思った以上に美味しそうに見えた。イチゴがいっぱい載っているし、ゼラチンでコーティングされて輝いて見える。タルト生地もきっとサクサクとしているのだろう。私が頼んだショートケーキも生クリームが綺麗で美味しそうだけど。
などと考えていたら、下平さんがタルトのお皿を私のほうに押してきた。
「味を見たいのでしょう。どうぞ」
「あっ、いえ」
躊躇って手を出せずにいたら、下平さんはお皿を自分のほうに戻すと、小さく切り分けてから、また私のほうにお皿を寄こした。
「どうぞ」
「・・・すみません。いただきます」
断るのも悪いと思っていただくことにした。タルトはイチゴの下にカスタードクリームが隠れていた。イチゴの酸っぱさとカスタードの甘味が絶妙だった。
「美味しい」
「それなら良かった」
そう言った下平さんもタルトを食べだした。その様子を何となく見つめて、下平さんは食べ方が綺麗なんだと思った。
「麻美さん、食べないのですか」
言われてケーキに手を付けてなかったと思い出した。下平さんはもう、ほとんど食べ終わるところだ。ケーキにフォークを入れようとしてハッと気がついた。
「あの、下平さんもどうぞ」
ケーキの皿を下平さんのほうに押しやったらそのまま何もせずに返された。
「麻美さんのケーキですので、麻美さんが食べてください」
「でも」
「気にせずにどうぞ」
そう言われて一口切り取って食べた。そうしてまた下平さんのほうに押しやろうとしたら、下平さんに止められた。
「私はいいですから」
そう言われて少し考えてから、私はケーキを一口に切り、フォークに刺すと下平さんに差し出した。
「味見にどうぞ」
下平さんは目を丸くしたあと、微笑んで「いただきます」と言って、食べてくれた。
私はその後、目を伏せてケーキに集中している振りをした。小さく切り分けて食べながら私は思っていた。
(わかってる。こんな事をしたら、また誤解をさせるって。・・・でも、いやじゃない。同じフォークを使うのを、嫌だって思ってない。・・・彼とは、山本さんとはこんなこと出来ない。きっと、無理だ。・・・嫌だってわけじゃない。だけど無理なんだということはわかる。・・・二人を比べちゃいけないって判ってる。・・・でも)
ケーキを食べ終わりお店を後にした。ここの会計は下平さんが出してくれた。車を美術館の駐車場に停めたから歩いて戻る。思ったよりも足が痛い。私は下平さんに気付かれないように、平気な振りをして歩いた。
「なんか、おとなしくなってしまいましたね」
「・・・すみません」
「謝るようなことはしてないですよね、麻美さんは。それとも本当は楽しめませんでしたか」
「そんなことはないです。楽しんでます」
無理に口元に笑みを浮かべて言ったら、下平さんは少し首を傾げるようにした。そして私の腕をひいて立ち止まると「ちょっといいですか」と言って、私の後ろに回った。ギクリとしたけど、そのまま立っていた。
「失礼」
と、下平さんが言ったと思ったら体が浮いた。
「えっ? あの?」
そのまま私を抱き上げて歩き出した。
「下ろしてください。あの、大丈夫なので」
「麻美さん、こういうことは早く言ってください。靴擦れを起こしているのでしょう」
「いや、でも、歩けますから」
「駄目ですよ。車まですぐですからおとなしく掴まっていてください」
距離にしたら20メートルもないだろう。それでも他の人から見られていると思うと、頬に熱が集まってきた。
車に着くと助手席に下ろされて、パンプスを脱がされた。足首を見た下平さんが眉をひそめた。
「これは酷いですね。薬局を探しましょう」
そう言って下平さんは、助手席のドアを閉めると運転席に座ったのでした。




