47 下平さんとの2度目のデート? その1
(ああ~、どうしてこうなった~!)
4月の2週目の土曜日。私は今、また下平さんの車の助手席に座っています。逃亡に失敗しました。
先週の和彦との会話でまずいと思った私は、なんとか断ろうとしました。電話の子機を部屋に持ち込んで親に聞かれないように電話をしたのだけど・・・。
「もしもし、下平さんのお宅でしょうか。沢木といいますけど」
「ああ、麻美さん。どうかしましたか」
「あのですね、土曜日のことなのですが」
「行きたいところがありますか?」
「いえ、特には。・・・じゃなくて、わざわざ会わ」
「それでは、そうですね。確か麻美さんは中学の時の部活が美術部だったと言いましたよね。それなら、美術館にいきませんか」
「美術館ですか?」
「たしか今は印象派の絵画展をやっていたと思うのですけど」
「印象派ですか!」
「お好きですか」
「はい。クロード・モネとか、ドラクロアとか、ミレーとか好きです」
「それならチケットもあるので行きましょう」
「えっ、それは」
「そうですね、午後からでいいですか」
「午後ですか」
「いいのでしたら、1時に迎えに行きます」
「いや、それは」
「では、土曜の1時に。お休みなさい」
「あっ、待って。話が・・・。切れちゃった」
ということで、時間と行く場所が決まってしまったのよ。
両親にはこの電話はバレてないからすっぽかそうと思い、土曜日の午前にこっそり家を出ようとしたら、父に見咎められました。
「そんな恰好でどこに行くんだ、麻美」
「え~と、知っているよね」
「麻美、下平さんに失礼だから、服を着替えなさい」
「えっ、大丈夫よ。これでも」
「美術館に行くのに、そんな普段着で行く奴があるか」
「どうしたの、お父さん」
「母さん、麻美がこんな格好で下平さんと出掛けようとしているんだ」
「まあ。そうねえ、この間頂いたワンピースならいいんじゃないかしら」
「ああ、それならいいな。麻美、着替えて来なさい。下平さんには待ってもらうように言ってくるから」
「違うの。まだ、時間はあるのよ」
父が家を出て、待ち合わせ場所だと思い込んでいる公民館のところに行こうとしたので、私は渋々本当のことを言った。途端に父は顔色を変えた。
「なんだって。麻美はまさか下平さんとの約束をすっぽかすつもりだったんじゃないだろうな」
「ち、違うわ。迎えに来てくれるのが午後だから、先に買い物を済ませに行こうかと」
「そんなものは、後で母さんと行ってくるから、お前はいかんでいい」
「そうよ、麻美。急いで買わなければいけないものはないわよ。・・・断れないからってすっぽかそうなんて」
「だから、違うってば」
「それなら、母さん。麻美と一緒に買い物に行ってこい」
おかげで母と買い物に出たけど足が悪い母と一緒では、薬局で必要なものを買って帰るしかなかったの。
結局両親に何時の約束なのか言わされて、少し早めにお昼を食べて支度をさせられてしまった。クリームイエローのワンピースは、春らしくて今の季節に合っている。
「お母さんも麻美くらい身長があったら、そういう服も似合ったかしら」
私の着替えを監視するように見ていた母がそう言った。母は146センチと低めなのを気にしていたから。
「私だってそんなにスタイル良くないよ。もう少し骨が細ければ見栄えがしたと思うけど」
などと言っている間に12時50分になり、下平さんが家まで迎えに来てくれたのよ。
「こんにちは、沢木さん」
「こんにちは、下平君」
と、挨拶をしている声が聞こえてきた。私は焦ったけど、母が化粧にダメ出しをしたので、直しているところだったから、動けない。
やっと、母から良いと言われて慌てて玄関へと向かった。
「すみません。お待たせしました」
そう言いながら廊下を曲がったら、玄関で父と話す下平さんの姿が見えてどきりとした。
そう思ったことを誤魔化すように、ワンピースと一緒に送られたパンプスを取り出して履いた。
「こんにちは、麻美さん。春らしい色のワンピースですね。とても良く似合っています」
「ありがとうございます」
「それでは、麻美さんをお預かりします」
「ああ、よろしく頼むよ」
父が車の後ろを見てくれたので、私は助手席に乗ったのよ。車が動き出して、私は早く開放されようと思ったの。だから、家からそれほど離れていないところで、下平さんに話を切り出そうとしたの。
「えーと、下平さん。せっかく来ていただいたのですけど」
「待ってください、麻美さん。お話があるのはわかっています。ですが、どうせなので、絵画展を見てからにしませんか」
「えっ、でも」
「貰い物なのですけど、チケットを無駄にするのも勿体ないですし」
「貰い物なのですか?」
「ええ。母が仕事柄こういうものをもらう機会が多くて。ですがうちの家族は絵には興味がないので、いつも行かずに捨ててしまうのですよ。だから今回は喜ばれました」
下平さんの言葉に、私は彼が母親に何と言ってチケットをもらってきたのかと気になったのでした。




