46 悪友な幼馴染みは・・・
和彦が物思いに沈んでしまい、しばらく沈黙が続いた。ふと顔を動かした和彦が「もう、こんな時間か」と呟いた。カップを持って立ち上がると「そろそろ行くか」と言った。
和彦のマンションを出て、私はまた後部座席に乗りこんだ。今度はちゃんと座っている。
「ほんと、ブレないな」
「何がよ」
「皆で遊びに行った時も、絶対助手席に座らなかったろ」
「助手席は嫌なのよ」
私の言葉に和彦は苦笑を浮かべたようだ。その顔を斜め後ろから見ていて、そういえば和彦に文句を言いたかったと思い出した。
「ねえ、私、和彦に言いたいことがあったんだけど」
「なんだよ」
「この前、千鶴と鉢合わせした時に、余計なこと言っていたじゃない。あれから千鶴がうるさいんだけど。顔を合わすたびに『和彦と何があった~』って言ってくるのよ。どうにかしなさいよ」
「ああ、あれか。面白いから放っておこうぜ」
・・・そうだった。こいつはこういう奴だった。わざと誤解させる発言をして、その反応を見て楽しむという。最近のターゲットは千鶴になることが多い。和彦と千鶴は別々の会社だけど、会社同士が取引があるそうで、確かこの間、千鶴の会社の担当に和彦がなったとか言っていたよな~。
ハハッ。千鶴~、ご愁傷様。胃に穴があかないことを祈っていてあげるね。
「それとさ、さっき気になることも言ったよね」
「ん? なんのことだ?」
「だから『無意識の潤んだ瞳でお願いポーズ』って言ったじゃない。あれってどういうことよ。私そんなことをした憶えはないけど」
「だから、麻美は無意識にやっているんだって。お前さ、目が弱くて涙が出やすいって言わなかったか」
「言ったけど・・・それが何よ」
「本当に解ってないか~。想像してみろよ。涙が出やすいって目が常に潤んでいるだろ」
「・・・そう言われると、そうかも」
「それにな、お前と山本や下平さんとの身長差ってどれぐらいだ」
「えーと、二人とも似た身長だったから、私より12~15センチ高かったかな」
「それじゃあ見上げる角度が丁度いいな」
「はい?」
「だから、自然に潤んだ瞳で見上げているんだよ。計算してやっているわけじゃないから、尚更グッとくるんだよな。よくドラマでわざとらしくやるのと違うから、好意を持っている奴ならそれだけで落ちるだろうな」
(・・・こ、こいつは~!)
私は両手を拳に握ってワナワナと震えた。
「で、あんたはそれを面白がって見ていたと」
「いや、今まではそんな面白い事になってないだろう」
私は低い声を出したけど、和彦は気にした様子もなく答えた。
「教えておけよ、このバカ彦。知ってたら下平さんと会った時に気をつけたのに!」
「いや、それって、物理的に無理だろ。無意識で潤んでくるんだから」
「それでも、見上げないように気をつけたわよ」
「だから、身長差で無理だって」
・・・殴りたい。切実に殴りたいけど、運転している相手は殴れない。
「ク~。後で覚えてなさいよ。絶対泣かしてやる」
「出来るもんならやってみろ」
何故か嬉しそうに答える和彦が憎たらしい。
「あとさ、もう一つ気になっていることがあるんだけど」
「なんだ」
「和彦さ、なんで私が彼と出掛ける時にばっかり通りがかったわけ? 偶然にしてはおかしくない」
「ああ、千鶴から聞いたからな」
「千鶴から? 何を」
「だってさ、山本が俺の事を気にしているんだろ。もう一度そういうところを見たらどうなるかなと思ってな」
(こいつは~!)
後ろからじゃ睨みつけても意味がないだろう。でも、横で睨んだとしても、こいつはどこ吹く風と受け流してしまうことは見て取れた。
視線を窓の外に向けて気がついた。かなり家に近づいていることに。
「ところでさ、うちのそばまで来たら、会ったところで降ろしてよ。歩いて家まで戻るから」
「なんで? このまま一緒に行けばいいだろう」
「え~、おかしくない」
「だから、麻美があいつと別れたところを拾ったでいいだろう」
「でも、一緒に行ったら絶対父さんに睨まれるわよ」
私の言葉に暫し黙る和彦。
「やっぱり嫌われてんの、俺」
「いや、和彦のことは嫌ってないんだけどさ、あんたが父親にそっくりすぎるのが悪いんだよね」
「・・・なんかしたの、あの人」
「あれ~、あの時いなかったけ? ・・・ああ、遅れてきたんだったわね」
「いつのことだよ」
「ほら、うちとおじさん達とが『これから親戚としてよろしく』って、会食した時があったでしょ。あの時に母親同士は小学校の参観で顔は知っていたから和やかにしていたんだけど、和彦の父親がねえ」
「だから何をしたんだよ」
「え~とね、うちの父のことを馬鹿にしたのよね。まあ、鼻で笑った程度なんだけどね。でもさ、父さんが中卒なのは時代的にも仕方がなかったんだけどさ」
「・・・あんの、くそ親父。本当に状況を考えろよ。自分が大卒だからって、偉いわけじゃないだろうに。歳だって10歳は違うだろうが。何かあった時に役立たずなのは、くそ親父のほうなのに」
父を擁護して言葉を飾る気がない和彦に笑いが漏れる。
「父さんのことをかってくれてありがとう」
「当たり前だろ。うちじゃあ電球一つ変えれないくそ親父より、おじさんのほうが人間として上だと思っているから。・・・でも、俺のことを嫌う原因がくそ親父だと思うと、やりきれないんだけど」
「まあ、仕方がないよね。それでもさ、父さんも最近は慣れたのか態度が軟化したからね。というわけで、夕飯を家で食べていけば」
「それは・・・どうなんだ。やっぱさ、おじさんは嫌なんだろ。この顔を見るのは」
「大丈夫だってば。あれで父さん義理人情に厚いから、あんたが一人暮らしを始めて食事に関しては壊滅的だと知ったら、食べていけって言うわよ。遠慮することはないから」
「でもな~」
「それなら、家に帰ったらあんたに泣かされたって言ってやる」
「ひでえ~、脅迫かよ」
「本当のことだもん。そうしたらうちにしばらくは出入り禁止ね」
私が笑って言ったら、和彦は「しゃーねえーなー」とこぼしていたのでした。




