45 悪友な幼馴染みと思い出話
和彦に八つ当たりしながら泣いたら、涙が出なくなった頃には気分はスッキリしていた。
洗面所を借りて化粧を直したけど、泣いたことはバレバレの顔をしている。家に帰って親に何を言われるかと考えると、気が重くなった。
リビングに戻ったら、もう1杯コーヒーを入れて置いてあった。
「スッキリとした顔になったな」
私の顔を見るなりそう言った和彦。認めるのは癪だから「フン」と言ってそっぽを向いた。
コーヒーを見たら白く濁っている。一口飲んだら甘い。
「嘘つき。ミルクはないって言ったじゃない」
「ミルクはないけど牛乳はある」
シレッと答えられて笑いが口元に浮かんだ。
「やっと笑ったか」
私の顔を見ていた和彦がホッと息を吐き出しながら言った。
「・・・えっと、笑ってなかったから、笑わせたかったの?」
「そうじゃない。麻美の顔から表情が抜け落ちていたから、どうにかしたかったんだ」
和彦の言葉にそんなにひどい状態だったのかと反省をした。そんな状態じゃ、両親も彼と会うなとは言えなかったのだろう。
「それで、別れる気になったか」
「まだ、言うか。あんたには言われたくないっていってるじゃん」
「だけど不毛な恋愛は麻美に似合わないだろ」
「似合う似合わないじゃなくて、気持ちが動くか動かないかでしょう。あんただって、他の人の奥さんになったあの人のことをずっと想っているじゃない」
私の言葉に和彦は口を閉ざした。溜め息を吐き出してから、静かな声で言った。
「やなこと言うな。麻美は」
「私以外に言える人はいないでしょう。他の人は知らないんだし」
「そうだな。・・・本当に不覚だったよ。まさか麻美にバレるとは思わなかった」
「私だって気づきたくなかったわよ。というかさ、なんで弱みを握ったはずの私があんたに脅されなきゃならないわけ。心配しなくても誰にも話さないわよ」
「話さないだろうとは思っているよ。・・・って、脅したりしてないぞ、俺は」
「嘘だ~。向こうにいた時に、飲み会に呼んでおきながら、他の人と仲良く話すのを邪魔してくれたじゃない。『余計なことはしゃべるな』って」
「あれは・・・意味が違うだろ。周りにいた奴らが麻美を落とそうとしてたから、あいつらに牽制していたんだ」
「はあ~? 私モテたことないわよ。彼らだって大学生じゃなかった私を、気持ちよく仲間に迎えてくれていただけじゃない」
3~4年前のことを思い出してそう言ったら、和彦は溜め息を吐き出した。今は膝を立てて座っているから、そこに肘をあてて手の上に顎を乗せている。
「お前、本当に鈍感すぎ。大体大学で俺と会ったのも、岡田にナンパされた結果だったし」
「ナンパなんてされてないけど」
「じゃあ、岡田とどこで会ったんだよ」
「えっと、夏のコミケで岡田さんはガンダムのクルーのコスプレしていたのよね。それでそのサークルの人達と仲良くなったのよ。で、確か学祭の2週間くらい前かな。岡田さんと再会したのは。その時に、彼から学祭があるから来ないかと誘われただけなんだけど」
「それがナンパだろ」
「どこがよ。普通のお誘いじゃない」
そう言ったらまた溜め息を吐かれた。
「本当にお前は。もう少し危機感持てよな。・・・でも、今更な話をしてもしょうがないか」
「まあねえ。でも、その学祭に行ったから、和彦と会えたんじゃない」
「そうだったな。おかげであの後、うるさい女達からの女除けになってもらったしな」
「それね、本当にいいように使ってくれたわよね。あの時の和彦の彼女にまで睨まれたんだからね、私」
「あいつがそんなことしたのか」
「もちろん和彦には気付かれないようによ」
「へえ~、あいつが」
和彦の目が細くなった。あの時のことを思い出して、自分のしくじりを思い出したのだろう。
「まあ、彼女も必死だったからね~。なんとかして家に戻らなくてすむ方法を考えて、実行に移したわけだし」
フォローにならないと思ったけど、一応言っておく。
「だけどな、被った被害が大きすぎるだろ。望まないのに父親になったんだぞ、俺は」
「でも、責任取って結婚! なんて事態にはならなかったんだし。それよりも可哀そうなのは子供でしょ。仕方なく産んで、母親は子供を置いて結婚しちゃったし。父親とは年に1回か2回しか会えないんだし」
本当にあの時の騒動は勘弁して欲しいと思う。和彦を罠に掛けて妊娠したのはいいけど、状況から子供は和彦の子供だとは思えなくて、和彦に酷いことを言われたそうだ。
困った彼女が頼ってきたのが私だというのは、笑うしかなかったけど、話を聞いたら和彦の子供だろうということになった。結局二人の話し合いは平行線で、おろすことが出来ない状態になり、子供を産んだのよ。
この間に彼女の両親に妊娠のことがバレて、実家に連れ戻されるというおまけつき。彼女は子供を産んだ後、嫁に行った。もちろん和彦以外の人のところに。あの時の和彦の剣幕が怖すぎて、結婚したいと思わなくなったそうだ。
生まれた子供は彼女の両親が育てている。
このことに巻き込まれた私が和彦と子供の橋渡しをしたというわけだ。
一応子供のことは気になっていたそうだから、和彦には感謝された。これ以降、事あるごとに構われて、ついでに親戚とわかってつき合いが濃くなったのは仕方がないことなのだろう。
でも、今もフラフラと遊び回っているこいつのことは、本当に好きになれなかった。




