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38 久し振りに会ったのに

4月の1週目の土曜日。山本さんと会う日。

私は気分が上がらないことに戸惑いながら、彼が迎えに来てくれるのを待っていた。


今日は出掛ける時に、父が何か言いたげにしていた。けど、結局は何も言われないまま、送り出された。


気分が上がらない理由はわかっている。下平さんのことを断れないまま、彼と会うことになるのだから後ろめたいのだ。


「ハア~」


私の口からため息が零れた。



彼の車がつき、いつものように助手席に乗りこむ。


「こんにちは」

「こんにちは、麻美。・・・どうかしたの」

「えっ? 何が」

「なんか、顔色が悪いみたいだけど。もしかして具合が悪いの」

「そんなことはないのよ。ちょっと眠れなかっただけで」

「そうなの? でも、出掛けるのをやめようか」


気遣うように言われてうれしくなった。


「大丈夫だから。それよりも・・・」


言おうとして言葉が止まる。訝るような視線を隣から感じるけど、私は視線を伏せて膝に乗せたバックを握り締めた。


「一緒にいたいから」


隣で息をのむ気配がして・・・。


あれ? と思って彼のことを見たら、顔を赤らめて口元を手で覆うっていた。しばらくして彼は、口元から手を離し溜め息を吐き出していた。チラリとこちらをみてから、ぼそりと言われた。


「麻美はずるいよ」


何が、と思いながら見つめていたら、続けて言われたことに私の頬も赤くなった。


「こんなかわいいことを言われたのに抱きしめることが出来ないじゃないか」


今日の目的地に着くまで、二人して黙ってしまったのでした。



辿り着いたのはかなり広い公園だった。すぐそばに市立の図書館があるので、高校の頃に何度か来たことはあった。けど、桜が咲く季節には来たことがなかったので、ここまで見事だとは思わなかった。


そういえば、昨日の県内の開花情報でこの公園のことも言っていたと、公園内を歩きながら思い出した。今年は今日から3日位気温が高くて、一気に開花が進むとも言っていた。


公園のあちこちでシートを広げて楽しんでいる人たちが見えた。


「こんなことならお弁当をもってくればよかったね」

「そうだね。どこかで買ってきてここで食べる?」


彼の言葉に私が言いたかったことが伝わらなかったのかと思った。


「お花見ならお弁当を作ってきたわよ」

「麻美が? 作れるの」


何気ない一言だけど、何故かトゲの様に胸に刺さった。


(つき合い始めた頃に話したよね、私。調理師免許を持っているって。それに家の食事はほとんど私が作っているって)


思ったことを顔に出さないように、笑みを浮かべて私は言った。


「もちろんよ。そうね~、お花見なら五目稲荷や茶巾寿司なんかいいかしら」

「茶巾寿司って何」

「薄焼き卵に酢飯をいれて口をかんぴょうで縛ったものよ」

「へえ~、麻美は作ったことがあるの」

「・・・まあ、一応ね」

「その口ぶりだと失敗したとか?」

「薄焼き卵で包むのは難しいのよ。気をつけないと破れてしまうから」


千鶴に頼まれて一緒に作った時のことが思い出された。まずは薄焼き卵を作るところから教えて、焼き上がった玉子焼きを正方形になるように包丁で切って整えて。五目の酢飯を入れて包んだけど、ご飯の量が多いとすぐに破れてしまったの。あと、上手い具合に形になったけど、かんぴょうが切れてうまく縛れなかったりもした。成功したのは2つだけ。それは千鶴に譲って、うちの家族は破れたものを食べたのよ。


「ふ~ん」


と含むように言われて、内心ムッとした。


「私、料理には自信があるのよ」

「そうなんだね」


ただの相槌なのに、何かが癇に障った。


「本当よ。うちの食事はほとんど私が作っているのよ」

「わかったから。・・・というか、なんでそんなにムキになるの」


それもわかってくれないのかと、一瞬頭に血が上った。

けど、不思議そうに私の事を見ている彼の顔を見て、上った血が引いていくのがわかった。


「ごめんなさい。信じてくれないのかと思って」

「そんなことはないよ。それなら次はお弁当を持って出かけようか」


フォローをしようとして言われた言葉だけど、引いた血と共に心も冷めてしまったのか、私は少し投げやりに返した。


「そうね」

「楽しみだな~。麻美の手作り弁当」


楽しそうにお弁当に入る定番の料理名をあげていく彼。

適当に相づちを打ちながら、私は自分の心の中が信じられなかった。


(比べてしまうなんて・・・)



公園のそばのお店でお茶を飲んで、車に戻った。


「この後はどうしようか」

「そうだね、どうしようか」


気分が沈んでしまいおとなしくなった私に、彼が気づかう様に声を掛けてきた。


「なんか麻美も体調悪そうだし、帰ろうか」

「・・・ごめんなさい。そうしてもらえると助かるかな」


しばらくは車内に沈黙が流れた。気を取り直したように彼が言った。


「少し先になるけど、ゴールデンウィークにお弁当を持って出かけようか」

「そうね。その頃なら・・・」


その頃なら? どうなっているの?


「でもさ、その前に体調が良ければ、来週も会わないかな」

「来週・・・それもいいですね」

「それなら、少し遠出になるけど伊豆に行かないか」

「・・・えっ? 伊豆?」


心を飛ばしていて話を聞いていなかった私は、ハッと我に返って彼に訊き返したのでした。


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