37 断るための連絡のはずが・・・
3月4週目の木曜日まで、下平さんから断りの連絡はなかった。なので、私は母に詰め寄った。
「どうなっているのよ、お母さん。断ってくれたんでしょうね」
「どうして私が断らないとならないの」
私は母の言葉にムッとした。
「だってお母さんが頼んだことでしょう」
「頼んだのは私だけど、その後を決めるのは私じゃないでしょう。そんなに嫌なのなら、麻美が自分で断りなさい」
「なによ。無責任な事しないでよ」
「無責任っていうけど、お母さんは親として当たり前のことをしただけよ」
「どこが当たり前のことよ。お母さんは責任を取りたくないだけでしょ」
私が母にかみついたら、父が口を挟んできた。
「いい加減にしないか、麻美。お前も大人なら自分で断りなさい」
父にまで言われて私は「わかったわよ!」と言い放って、電話のところに行った。
電話帳から下平さんが勤めている郵便局の番号を探し出して、仕事中に電話をしてもいいかどうかと、しばらく迷った。だけど、これ以外連絡先を知らないから、私は震える指先で番号をプッシュした。
三回のコール音の後、誰かが受話器を取った。
「お電話ありがとうございます。こちらは〇〇郵便局貯金課、後藤でございます」
「私は沢木と申します。恐れ入りますが、下平さんをお願いできますか」
「下平ですね。少々お待ちください」
少しの間保留音が流れた。切り替わって男の人の声が耳に飛び込んできた。
「お待たせいたしました。下平でございます」
「あ、あの、沢木です」
「沢木様、どうかなさいましたか」
仕事モードの丁寧なしゃべり声に、この前とのギャップで私は戸惑った。それを振り払うように、軽く首を振って口を開いた。
「下平さん、お話があるのでお時間を作って頂きたいのですが」
「その件につきましては、後ほど連絡したいと思います。なので、連絡先を教えていただけませんか」
「あっ、はい。××-××××です」
「××-××××でお間違いないでしょうか」
「はい、合っています」
「では、後ほどご連絡させていただきます。沢木様、失礼いたします」
「はい。失礼します」
受話器を置いて私はフウ~と息を吐き出した。見るとはなしに右手の中指を見てしまい、もう一度息を吐きだしたのでした。
◇
その日の夜、夕食を終えて一度自分の部屋に行き、戻ってきたところを母に呼ばれた。
「麻美、電話よ」
受話器を渡すときに母が「下平さんから」と言った。受け取った私は受話器を耳にあてた。
「お待たせしました」
「麻美さん、下平です。昼間はすみませんでした」
「いえ、こちらこそ。突然お仕事中に電話をしてしまい、すみませんでした」
「話があるということでしたが、何でしょうか」
「はい。実は」
「ああ、待ってください。電話で話すのはなんですので、会いましょうか」
「えっ?」
「ああ、ですが申し訳ないのですが、今週末も来週末も用事があるんですよ。なので再来週の4月の2週目まで待ってもらうことになります」
「あっ、そこまで」
「麻美さんは何か予定はありますか」
「えーと・・・ないです」
「それでは2週目の土曜日に迎えにいきますね」
「はっ? いや、それは」
「どこに行きたいか決めておいてくださいね」
「あの、そこまで」
「ああ、そうだ。そばにメモできるものはありますか」
「はっ? ああっと、はい」
「じゃあ、書いてくださいね。○△-×□×○、私の番号です。何かあったら連絡してください」
「へっ? えっ? あっ、そうではなくて」
「それでは楽しみにしてますね。おやすみなさい」
「あっ。待って・・・」
耳に聞こえてきたのはプツッと切れた音と、その後のツーツーという音。受話器を置いて体の向きをかえると、私の事を見ている両親と目が合った。私はなんとなく気まずくて目を逸らした。
「麻美、下平さんは何て言ってきたんだい」
「えーと、電話で話すのはなんだから、会って話すことになった・・・のかな?」
今の会話を思い出してそう言ったら、父が不満そうな声で言った。
「なんだ、たった今話したことなのに覚えていないのか」
「違う。覚えているけど、会話になってなかったじゃない」
「会話って、麻美は相槌を打っていたじゃないか」
父の言葉に私は困惑の声をあげた。
「えっ、違うよね。下平さんは私に口を挟ませてくれなかったんだよね」
「そうなのかい。私には麻美が頷いていたから、下平さんの話の内容に納得していたのだと思ったよ」
そうだった。会話まで両親に聞かれたわけではなかったと、私は思った。
「それで、どうなったんだ」
「4月の2週目の土曜日に会うことになった」
「まあ、そうなのかい」
母が嬉しそうな声をあげた。反対に私は頭を抱えたくなった。
「どうしよう」
「どうしようも何もないだろう。麻美、その時に断るのなら断ればいいだろう」
父の言葉に私はぎこちなく頷いた。
なんか釈然としない気持ちのまま、私は台所を出て行ったのでした。




