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36 帰宅 と、両親の高評価?

車が1台しか通れない幅の道を下平さんはゆっくりめに走らせた。


「それで、どこら辺なの」

「ここを真っ直ぐで、あそこの電柱の先がうちになります」


てっきり家の前で止まると思ったのに、家の敷地にまで入って車は停まった。


「えっと、家の前でよかったんですけど」

「そういう訳にはいかないだろう」


そういうと下平さんはさっさと車を降りてうちの呼び鈴を鳴らした。私は慌てて車を降りて玄関に行った。けど、私がドアに手を掛ける前に、「はい」という父の声が聞こえて「失礼します」と下平さんが、玄関のドアを開けるのとが同時だった。


玄関の中に入った下平さんの後から私も中に入った。父が目を瞠っているのが見えた。


「私は下平浩二といいます。本日はお嬢さんをお借りしました」


そう言って、下平さんは軽く頭を下げた。


「それでは、ちゃんと送り届けましたので、これで失礼いたします」

「は、はあ~」


父の後ろから出てきた母が気の抜けた声で答えたのに、もう一度一礼して下平さんは玄関から出て行った。私は一瞬両親と顔を見合わせて、ハッとして玄関を出た。下平さんはもう車に乗りこんだどころだった。


「家の中にいていいよ」

「いいえ、他の車が来ないか見ますから」


私は敷地の入り口で左右から車が来ないか確認してから、道に出て下平さんの車を誘導した。


家は前の道は狭いし、車は前から出るよりバックして出ないといけない。よく友達には道に出るのが車庫入れみたいと言われていたの。それだけ狭いのだけど、通行量はそれなりにあった。だから家から車を出すときは、家族の誰かが道に出て他の車が来ないか見ていたのよ。


そう、これはいつものことなの。なのに・・・。


車を道に出した下平さんは助手席の窓を開けて手招きをした。なんだろうと近寄ったら右手を伸ばしてきた。


「ありがとう」


私が出した手を握ってにこりと笑った。


「いえ。・・・えっ?」


握手していた私の右手をすくいあげるように持ち上げたと思ったら、指先に下平さんの顔が近づいた。中指の指先に何かが触れた・・・気がした。


「じゃあ、また」


私の手を離した下平さんは軽く手をあげてから、車を走らせて去っていった。それを私は呆然と見送った。下平さんの車が道を曲がって見えなくなってから、呟いた。


「今のって・・・何?」



家の中に入り、いろいろ聞きたそうな母をあしらって先に部屋に戻って着替えをして、夕食を作った。


夕食を食べながら母に今日のお出かけのことを訊かれた。


「話すことなんてないんだけど」

「ないことはないでしょう。家まで送ってくれたのよ。下平さんは麻美のことを気に入ってくれたんじゃないのかい」

「そんなことないってば。下平さんは真面目な人だから、ちゃんと家まで送り届けてくれたのよ」


私は母の言葉にうんざりしながら返事をした。


「だけどな麻美、彼は真剣に考える気があるんじゃないのか」

「それもないんじゃない。下平さんも義理で会ってくれたようだったし」


父まで少し期待をするような言い方をしてきた。


「義理って・・・。下平さんがそう言ったのかい」

「そんな風なことを言っていたのよ。下平さんは中野さんに頼まれて断れなかったみたいなの」

「それはどういうことなの」

「だから、職場の先輩ってだけじゃなくて、高校の先輩でもあるんだって、中野さんは。そんな人に頼まれたら断れるわけないじゃない」


私の言葉に顔を見合わせる父と母。


「そうかねぇ。下平さんは麻美のことを気に入ってくれたように見えたけど」

「どこがよ。言っておくけど、次に会う約束もしてないし、連絡先なんて知らないからね」

「約束をしていない」


何故か、私の言葉にショックを受けた顔をした父。


「だからさ、もういいでしょう、お母さん。断ってよね」


私の言葉に母は顔をしかめた。


「断ってってね、こちらがお願いした事なのにかい」

「それはお母さんの都合でしょ。私はちゃんと会ってきたんだから。まあ、こちらから言いださなくても、下平さんから断ってくるでしょうけどね」

「なっ! 下平さんがそんなことを言っていたのかい」

「直接口には出さなかったけど、そうなんじゃないの。下平さんにも断りやすいように、伝えたし」


今度は私の言葉に母の顔色が変わった。


「麻美は何を言ったの!」

「何って、中野さんへの義理は果たしたんだから、気にせず断ってくださいって。・・・何よ、なんか文句あるの」


父と母がまた顔を見合わせたので、私は声を尖らせた。


「麻美は下平君のことをどう思ったんだ」


父が真剣に訊いてきた。


「正直に言えばいいの」

「ああ、嘘は言わんでいい」

「じゃあ・・・好みのタイプじゃないわ」

「好みのタイプじゃないって・・・」

「母さんは黙ってなさい」


母が私の言葉に声をあげたのを、父が黙らせた。


「他には? どんな印象を持ったんだ」

「印象ね~・・・真面目な感じだけど、ユーモアがないわけじゃなくて・・・。ああ、そうね。なんか楽だったのよね」

「楽?」

「う~ん、まあ私も断られたかったから、作ったりせずに素の自分を出してたからさ~。それが楽だったのよ。あと、話も合わないわけじゃなかったし。あとは・・・」


『28歳の年に環境が何から何まで変わります』


突然脳裏に自分が言った言葉がよみがえった。


(いや、ないから。流石にそれは違うでしょ)


「麻美、どうしたの」


黙ってしまった私に母の声が聞こえた。


「ううん、何でもない。とにかく、断ってね。お母さん」


そう言って私はまだ何か言いたげな両親を残して台所をあとにしたのでした。


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