35 気乗りのしない初デート その8
そろそろ長くなったし、視るのを終わろうと思い、私は言った。
「ここまでで何か聞きたいことはありますか」
「・・・特にはないかな」
「それでは、最後に結婚線をみましょうか」
「結婚線?」
「結婚線の場所は小指の下から感情線の間にある線のことです。まあ、結婚までいかない恋愛のこともでているんですけどね」
「それは怖いね。今までのことが全てわかってしまうなんて」
私は下平さんの言葉に曖昧に笑った。
「それじゃあ・・・えーと、今まで好きになった人は2人。おつき合いした人は1人? 時期は・・・18歳の時」
「それははずれだね。高校の時と社会人になってからと2人とつき合ったけど」
「えっ? あれ? じゃあ、社会人になってからつき合った人とは1年しかおつき合いをしなかった・・・とか?」
「つき合ったのは2年だったな」
「・・・おかしいな? えーと、それじゃあ、下平さんの結婚する時期は・・・26歳」
「もう過ぎているけど」
「・・・えーと、そうでした。・・・というかなんで?」
私はわからないことに戸惑いながら声をあげた。
「今までにこんなことってあったの」
「ないですよ~、こんなこと。変になったのは千鶴だけですもの」
私は口の中でブツブツと、あーでもないこーでもないと考えて呟いていた。でも、結局視ることが出来ない理由に思い至らずに、顔をあげて前を見た。下平さんと目が合った。
(あっ・・・またやっちゃった。・・・でも、いいのか。断ってもらうためには変なところを見せた方がいいよね)
私は誤魔化すように笑みを浮かべた。
「えー、こんな感じでしたけど、よろしいでしょうか」
「沢木さんは見残しはないかな」
下平さんに微笑んで言われて、私の中には困惑が広がっていった。
「・・・はあ~」
「なんか気の抜けた返事だね。沢木さんがいいのなら行こうか」
下平さんが立ち上がって伝票を持ったから、私は焦りながら立ち上がる。そのままレジに向かってしまうのかと思ったら、下平さんは私に伝票を渡してきた。
「はい、ここはよろしく」
「あっ・・・はい」
私が支払いを済ませて店を出て車に乗りこんだら、「ご馳走様でした」と下平さんに言われた。
私は(あっ!)となった。食事をした後、半分払う払わないで揉めて、お礼を言い忘れていたことに気がついたから。
「いえ、こちらこそお昼はご馳走さまでした」
私がそう言ったら、下平さんは笑い出した。
「沢木さんは律儀だね」
「そんなことないです。一つのことに集中すると忘れてしまうだけなんです」
「そのようだね」
下平さんは相づちを打ちながら笑っていた。
「ところでこの後はどこへ」
「家まで送るよ」
その言葉に私はホッとして力を抜いた。
「そんなに嫌だったのかな、沢木さんは」
穏やかな声で続けられた言葉に、私はギクリとなった。
「あの、そんなわけでは・・・」
言い訳しようとして、言い訳という言葉が浮かんできたことで、言葉が止まった。
「謎だったんだよね。この前会った時は俺に興味がなさそうにしていたのに、もう一度会いたいって連絡がきたからさ。それで会ってみればやっぱり興味がない感じだったし。ということは今回も、母親が勝手に話を中野さんに持ち掛けたということだったのかと」
「えっと・・・その・・・はい」
私は申し訳なさに声が小さくなった。
「やっぱりそうだったんだ。嫌なのにつき合わせてごめんね」
「いえ、私のほうこそ、すみませんでした」
しばらく車の中は沈黙が流れた。こちらがつき合わせたのに嫌な思いまでさせてしまったと、私はなんとかフォローしようと考えていた。
「嫌ではなかったです」
「えっ?」
「今日は楽しかったです」
「本当に?」
下平さんは疑わしそうに言った。
「本当です。私、三保の水族館に行ったことがなかったから。それになんか楽でしたし」
「楽って?」
「えーと、申し訳ないんですけど、気を使ってなかったので」
「気を使ってなかった・・・か」
呟くように下平さんは言った。そのまま何か考えているようだったけど、私は気がつかずに楽しめたことを話していた。
「まあ、そういう訳ですので、遠慮なく断ってくださいね」
「えっ?」
そろそろ家に近づいたから、私は話を締めくくろうとそう言った。なのになぜか驚いた顔をした、下平さん。
「えって、下平さんも先輩である中野さんに頼まれて、断れなかったんですよね。でも、これで断っても大丈夫になりましたよね」
「あ、ああっ」
「だから遠慮しないでくださいね」
ニッコリと笑顔で言って、朝迎えに来てもらったところにきたから、挨拶をして降りようと思った。
「今日はありがとうございました。ここでいいですから」
「待った、沢木さんの家はどこ」
「私の家ですか? そこを曲がった先ですけど」
「家まで送るよ」
「でも、その道って狭いですから」
私がドアを開ける前に車は動きだして、家のほうに曲がったのでした。




