32 気乗りのしない初デート その5
私は澄ました顔で言った。
「どうかしましたか」
「えーと、どちらの手を出せば」
下平さんは困ったような顔をしている。
(さっきから表情に出ているな~。このまま振り回したら断ってくれるかしら)
そんなことを考えながら私は言葉を続けた。
「両手を出してください」
「両手?」
呟きながらも私に両手の平を出してくれた。私はそれを見て少し目を瞠った。
「珍しいですね。百握りですか」
「百握り? ますかけ線というのは聞いたことがあるけど」
「ますかけ線のことを百握りというんですよ」
そう言って、私はじっと下平さんの手を見つめた。右手が百握りで、左手が普通だった。
「それでは、利き手はどちらになりますか」
「右です」
「では、右手だけで占うので、左手は戻していただいていいですよ」
下平さんは戸惑いながらも、左手を引っ込めた。
「占いの前に少し手相占いについて説明しますね。手相占いにおける聖なる手は左手と云われています。なので、占い師の方は左手で占う方が多いと聞いてます。それに、手相占いは実は統計学です」
「統計学なの?」
「手相を見れば見ただけ、データがとれます。その中で、この線の出かたの時にはこういうことが起こることが多いと分析した結果が、手相占いの本などに書かれているんですね。だから占い本の内容は当たっていることが多いんです」
私の言葉に何か思い当たることがあったのか、下平さんは頷いていた。
「ですが私の占い方はこれには当てはまらないのですよ。先ほど利き手を聞いたのは、とっさにものを掴む時って、利き手がでますよね。なので、運命を掴むのも利き手だと思っています。だから利き手で占うことにしました」
下平はさんはこれも納得してくれたのか、頷いた。
「それにもう一つの見方もあるんです。先ほど下平さんの両手の平を見せてもらったように、左右が同じ人はいませんよね。なので私は、利き手が行動面、逆を内面として見るんです。特に性格に関しては表と内面で違う人がいます。今まで見てきた人の中にも、何人かそういう人がいました。周りにはおおらかで何が起こっても動じないという風に見えている人が、実は内心びくびくの小心者だったり、気が長くて怒ったところを見たことがないという人が、実はすごい短気だったとか」
「そこまでわかるんだ」
「まあ、そうなんですけどね」
私は苦笑いを浮かべた。
「でも、こういう人って、ズバリあなたはこうでしょうと言っても、認めないですよね。それどころか、怒りだすと思うんですよ。だから、そこは霊感が働いて本人には言ったことはありません」
「霊感が働いてって、どんな感じに?」
興味津々という感じに下平さんが訊いてきた。
「まず、言葉が出てきません。頭の中には浮かんでくるんですよ。でも口をついて出てくることはないですね」
「本当に?」
「はい。ついでに言いますと、今の時点でもう霊感が働いていますよ」
「霊感が働いているって・・・どこが?」
「この話が出来るか出来ないかの部分にです。さっき言った表と内面が違う人には、この話はNGなので口から出てこないですから」
「その人達にはどう話したの」
「当たり障りのない、その人にとって良いことだけです」
「それって嘘を?」
「嘘は言ってないですよ。その人が機嫌を損ねそうな言葉は口から出てこなかっただけなんです。その人が他の人からどう見られたいかを、言っただけですから」
ここまで話したところで飲み物とプリンアラモードがきた。
「占いは後にして先に食べようか」
下平さんの言葉に私は頷いた。
プリンアラモードは本当に凶悪だった。薄く飾り切りにしたリンゴに、バナナ、キウイ、イチゴ、メロン、オレンジにサクランボというフルーツたち。大き目のプリンとバニラアイス、たっぷりの生クリームと共にお皿の上に所狭しと載っていた。他にもウエハースと筒状のチョコレートが差してある。
私はワクワクとした気持ちのまま、下平さんに言った。
「下平さんは苦手なフルーツってありますか」
「・・・キウイはあまり好きじゃないかな」
「わかりました。それ以外は半分こしましょう」
「・・・フォークが一つしかないけど」
「あー、困りましたね。スプーンは紅茶についていたこれを使えばいいけど。・・・交互に使えばいいですかね?」
私がこう言ったら、なぜか下平さんは私の事を凝視してきた。
「あれ? 駄目ですか?」
しばらく無言でいた下平さんは店員を呼ぶと、もう一つフォークを持ってきてくれるように頼んだ。
「あっ! そうか~。もう一つ頼めばよかったんだ」
私がうんうんと頷いていたら、下平さんがボソリと何かを言った。
「天然小悪魔かよ」
「はい? いま、何か言いましたか?」
「いや、独り言だから気にするな」
首をかしげる私にフォークにキウイを刺して、下平さんが私の方に差し出してきた。
「自分で食べれますよ」
「目の前にあって邪魔だから食べてくれ」
いくら嫌いだからって、目の前にあるのも嫌なんだと思った私は、そのキウイにパクリと食いついた。
モグモグと食べていたら、何故か私のことを見ている下平さんの姿が目に入った。
「どうかしましたか?」
「いや」
といって、下平さんはメロンにフォークを突きさすと、口へと運んでいったのでした。




