24 初めての喧嘩
2月の2週目の日曜日。前回山本さんと会った時から約3週間が経っていた。まだ咳がでるけど、バレンタインのチョコレートを渡したかったから会うことになった。
彼と会う約束をしても両親は何も言わなかった。そのことに少し拍子抜けをしたけど、今は彼と会うことの方が大事だった。
いつもの待ち合わせ場所で立っていたら車が停まった。助手席の窓が開いて見知った顔が見えた。
「麻美、どこか行くのかい」
「おじさん、ご無沙汰しています。これから家ですか」
「そうだよ。麻美は出掛けるのかい」
「はい」
おじさんの問いに笑顔で答えた。おじさん越しに運転席にいる和彦の姿が見えた。
結局2人とはあの日以降会ってはいなかった。
「麻美、風邪はもう治ったのか」
「まだ少し咳が残っているけど、もう大丈夫よ」
少し屈んで車の中を覗き込むようにして、和彦の問いにも笑顔で答えた。
「あまり無理するなよ」
「うん。あっ、母さんに預けてあるから、受け取ってね」
「もしかしてチョコ」
「そう。おじさんの分もありますからね」
「いつもありがとう、麻美。それじゃあ、またな」
「はい。失礼します」
車が家の方に曲がって行くのを見ていた私は、車が停まるまですぐそばまで彼が来ていることに気がつかなかったの。
◇
車が停まり彼の車だと気がついて、助手席のドアを開けて乗り込んだ。
「こんにちは、山本さん」
「こんにちは」
なんか素っ気ない感じの彼に首を捻りそうになる。車を発進させて着いた先はいつもの岬の駐車場。今日は天気がいいけど、風が強いから岬まではいかない方が良いだろう。
車が停まった所で、膝の上に載せていた袋を彼に差し出した。
「あの、これ・・・」
「・・・ありがとう。開けていい」
「えっ、ここで・・・」
モゴモゴと言っている間に袋から箱を取り出し、リボンと包装紙を外してしまった彼。
「このトリュフ、本当に手作りなの? お店で売っているものみたい」
彼の称賛の言葉に(本当は失敗したのを誤魔化すためにトリュフにしたなんて言えない)と思っていた私は、次の彼の言葉に動きを止めた。
「食べてもいい? というか美味しそうだから食べちゃおう」
その言葉と共に一つ摘まんで口の中に入れてしまった。モグモグとしている顔が微妙な表情になっていく。味見をした時にはいいと思ったのに、彼の口には合わなかったのかと、落ち着かない。彼はチョコの箱を丁寧に片付けた。
「麻美」
と名前を呼ばれて、ごくりと唾を飲み込んでから返事をした。
「な、なに」
動揺の為に声が裏返りそうになる私。
「このチョコにはコーヒーが入っているよね。今まで食べたことがなくておいしいんだけど」
「あっ、そうなんだ」
ホッと息を吐き出したら、彼に目を覗き込まれた。
「何かやましいことでもあるの」
「なにが」
「なんか目を合わせてくれないよね」
目を合わせないように逸らしていたけど、じーっと見つめてくる視線に負けて私は観念した。
「その、ごめんなさい。そのチョコ、作るのを失敗しました」
「失敗? これが」
「そうなの。チョコレートを溶かすときにお湯を入れちゃったのよ。だから予定と変えてガナッシュクリームを作ることにして、トリュフに変えたのね。あと、そのままのチョコレート味じゃつまらないから、コーヒーを入れてみたりしたのよ」
「・・・それって失敗じゃないんじゃないの」
「私的には失敗作です」
「美味しいのに?」
「予定と違った時点で失敗です」
私が力を込めて言ったら、なぜか驚いたように見つめられた。
「麻美って意外と頑固なんだ」
「・・・そんなことないけど」
「工夫して美味しいものに作り替えたのに認めないんだね」
確かにうまく作り変えた時点で失敗とはいえなくなったと思うけど、気持ちが納得できていない。頑固だと言われれば、そうかもしれない。
「ところでさ、麻美。次は俊樹たちと飲みに行かないかな」
「原田さん達とですか。いいですね」
「少し先なんだけど、再来週の金曜の夜でどうかな」
そう言われて、私はドキッとなった。
「ごめんなさい。その日は予定があるの」
「それは他の日に変えることが出来ないの」
「一度予定を変えてもらっているので無理です」
「そうなんだ。それってまた友達たちと会うのかな」
「いえ、違うのです」
探るような言い方にドギマギとしながらなんとか返事をする。その私を横目で見た彼が何でもないように言った。
「実は男と会うんだったりして」
言葉に詰まってとっさに返事が出来なかったら、彼の顔色が変わった。
「まさか、本当に他の男と会うの」
「違うの。いえ、違わないんだけど」
私は黙っているつもりだった、母が勝手に進めているお見合いのことを話した。話を聞いた彼は不機嫌な声で言った。
「そんなの断ればいいだろう」
「だから断れないって今言ったよね、私。こちらがお願いしてお膳立てしてもらったのに、それを断るだなんて、間に立ってくれた人に失礼になるでしょう」
「一度会って断るのなら、会わずに断る方がいいんじゃないの」
「そんな義理を欠くようなことは出来ないってば」
「じゃあ、見合いして相手がいい男なら乗り換えるつもりなんだ」
「そんなこと言ってないでしょう。義理を果たすために一度会うだけよ」
「そんなこと言ってるけど、相手がその気になったらまんざらでもないんじゃないの」
(どうしてそんな意地の悪いことばかり言うのだろう。うちに来てくれないのに。うちに来てくれていれば、こんな事にはならなかったのに)
そんなことを思っていたから、つい口から本音が漏れた。
「それなら、うちに来て両親に会ってくれればよかったのに」
私の言葉に顔色を変えた彼は一言「もういい」と言った。そして車を発進させると、いつもの場所に私を送って降ろし、何も言わずに帰って行ったのでした。




