237 私の誕生日 その9
和彦が兄から言われた言葉は、私も聞いた覚えがあった。言い方は少し違ったけど。
「俺はさ、この時は兄のひいき目だと思ったんだ。あの沢木先輩でも妹がかわいいんだって思ったよ。この後、俺が余計なことを話したせいで、沢木先輩とは会えなくなってしまったんだ。こんなことなら、親父に反抗するためにわざと力を抜いて、格下の高校を受験しないで、沢木先輩と同じところを受けりゃよかったと後悔したよ。でもさ、先輩は麻美の前で俺の下半身事情を話したって怒ったけどさ、あいつはそんなショックを受けなかったと思うんだぜ」
不満を口にした和彦に、浩二さんは恐る恐る聞いた。
「えーと、和彦君は、麻美ではなくて喜伸さんと話したくて、沢木家に来ていたと」
「そうだけど」
当然という顔で返事をする和彦。その返事に困惑したまま浩二さんは言葉を続けた。
「それと、俺の勘違いでなければ、もしかして和彦君は、麻美のことを嫌っていたりするのかい」
浩二さんの言葉にニヤリと口元を歪ませた和彦。
「あっ、やっぱりわかります」
「どうして? あんなに麻美と仲良くしているじゃないか」
浩二さんは和彦の言葉が信じられなかったそうなの。それよりも和彦にいら立ちを感じ始めたことに気分を悪くしたみたいでした。
「あ~、それは昔はですね。今は恩人である麻美を、嫌えるわけないじゃないですか」
「恩人?」
呟くようにオウム返しで言葉が出たけど、前に私が話したことが頭に浮かんできていたのですって。
「えーとさ、それは後で話すから、先に嫌っていた頃の話をしていい? それともやっぱ止めます? こっからはかなり胸糞悪い話になると思うんで」
和彦の言葉に困惑したようだけど、話を聞くだけ聞こうと思ったから「続きを聞くよ」と、言ったそうなの。
「それじゃあ、えーと、そうだな、これは先に言っておいた方がいいかな。俺は麻美だけを嫌っていたわけじゃないんですよ。女全般を嫌っていましたから。麻美は・・・あとで俺の誤解だってわかったけど、麻美もほかの女と一緒なんだと思ったから嫌っていたんです」
少し考えるように一度言葉を止めた和彦。
「もしかしたら麻美から聞いているかもしれないけど、俺の親父は浮気をしているんです。それも子供まで作ってました」
「なっ!」
驚く浩二さんに笑みを見せた和彦。
「俺も最初は驚きましたよ。うちの親って夫婦仲は良いほうなんだと思っていましたから。母から父に対する不満は聞いたことなかったんです。でも見た目格好いいし仕事も出来る人だったらしく、懸想する女性が多くて勘違いした女が家まで来たことが何度かありました。それが俺が中2の時にうちに押しかけて来た女が、母に父が女を囲っていると告げたんです。その時子供もいると言ってました。それに対して母は『知っております』と答えてました。この話はたまたま自分の部屋を出たら聞こえてきたんです。立ち聞きをするつもりはなかったんですけどね」
フッと自嘲の笑みを口元に浮かべた和彦は続きを話し出した。
「母親に気づかれないように部屋に戻ったけど、しばらくは動揺して勉強なんて手につかなくなりましたよ。おかげでテストは散々でかなり順位が落ちました。あまりの落ち具合に、教師から『何があったんだ?』と聞かれるし、家に連絡は入るし、親父にまで『たるんでるぞ』と言われるし。初めて親父と口喧嘩しましたよ。だけど、理由については言えなかった。妹は知らないだろうし、あの時の母も俺たちに知られないようにしていたからさ。結局『反抗期』が始まったと思われたんだけど。それに親父がこの後、ちょくちょく俺のところに来ては『こんなんじゃ一番校には入れないぞ』と、言ってくるのがうざくて、それなら一番校に入るもんかと思ったりしたし。結局わざとそんぐらいの成績をキープして三番校に入ったんですよ。
それと、俺って二次成長が中学を卒業するころから始まったんです。高校に入ったら女からアプローチされることが増えてきたんですよ。中学では全然モテなかったんですけどね。ある時なんて呼び出されていったら、中学の頃に俺のことを『恋愛対象なんてありえない』と言っていた女がいた時には、仰け反りましたよ。まあ、めんどうだったんで、片っ端から断ってましたけどね。
高校に入ってどれくらい経ったか忘れたけど、本屋に寄った時に麻美を見つけたんですよ。声を掛けたら目を丸くして驚いてました。ただその時に麻美が他の女たちに向けた視線が、気に入らなかったんですよ。少し優越感をにじませてました。それを見たから、麻美も他の女たちと同じだと思ってしまったんですよね。
俺もさ、意固地になってたと今なら分かるけど、あの頃ってほんと、気持ちが荒れていたんで、特に女のことには偏見が付きまとっていたからな。えーと、俺が親父狙いの女に食われた話って聞いてます? あの女も高校生によく手を出したと思うけど、その後その年下に溺れるってどうよ。大学行くからもう会えないって言ったらさ、泣いて縋りついてきたんだぜ。それどころか仕事を辞めてついてくるとか言い出してさ。結局親父にばらして、親父に後を任せたけどさ」
和彦の話を聞いて私は思ったの。
・・・なんか、その女性に同情してもいいかな~?




