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236 私の誕生日 その8

浩二さんの話を聞いて、ザルの和彦とは本気飲みはしないと誓った私。いや、それよりも気になる言葉があるじゃないか。


「えーと、待ってまって。浅井さんと和彦は意気投合したんでしょ。じゃあ、和解もしたんじゃないの?」

「俺が覚えている範囲では、そのことについては触れていなかったよ。たぶん俺が眠った後に、話したんじゃないかな。俺が目を覚ました時には二人も寝ていて、二人が起きた時は普通にしていたし。だけど和彦君のところから帰る時に浅井が『やっぱ、あいつは喰えない奴だったよ。下平、麻美ちゃんに余所見させんなよ』と言ったんだよ。どうやら浅井は和彦君に、いいようにあしらわれたみたいだな。それが悔しかったみたいだ」


ため息交じりに苦笑を浮かべる浩二さんに、言葉を無くす私。あの一癖どころか二癖くらいはありそうな浅井さんより、和彦のほうがよりめんどくさいだなんて。


そこまで考えて、ハタと気がついた。


「ねえ浩二さん、この話は何処に行くの? というか、なんで今更初めて会った時からの話をするわけ?」


私の問いかけに、浩二さんはまた苦笑いを浮かべた。


「俺も今更な話だと思うけど、和彦君に言われたんだ」

「和彦に? 何を」


浩二さんの次の言葉が待てずに、私は問いかけた。


「土曜日に沢木家を辞した後、和彦君が話したいというから、彼の部屋に寄ったんだよ。そこでいろいろ言われたというか、聞かされてね。それで俺も考えてしまったんだ」


浩二さんは、またため息を吐き出した。


「和彦君は麻美に話していいと言っていた。というよりも、彼自身の口から麻美に言わないだろうから、俺に代わりに話してほしそうだった。彼もかなり複雑な感情を抱えているんだよ。それを聞く気はあるかい」


真剣な目をして訊いてくる浩二さんに、少し迷ってから私は頷いたのでした。



土曜日。和彦の部屋に入ってすぐ、和彦は浩二さんに謝ってきた。


「すみません、浩二さん。俺、麻美のことを見誤りました」

「頭をあげてくれ、和彦君。俺も悪かったと思っているから」

「いえ、浩二さんは悪くないですよ。俺が全面的に悪いですから」


しばらく項垂れていて、浩二さんはどうしようかと困った。家に戻りたい気もするけど、なんとなく言い出せずに、和彦の様子を見守っていたそうだ。


しばらくしたら和彦は、盛大にため息を吐き出してから言った。


「浩二さん、今から話すことって、麻美は知らないんですよ。だからこの話を聞いて、それを麻美に話しても、かまいませんからね」

「麻美が知らない話? それを俺が聞いてもいいのかい」


浩二さんは戸惑いながら訊いた。それに真面目な表情で頷き返したそう。


「あんまり聞いてて、気分がよくない話も入ってますけど、とりあえず吐き出したいんで」


一度深呼吸してから、和彦は話し出した。


「俺が沢木先輩のことを意識し始めたのは、小学校の3年の時だったんですよ」

「はあ?」


意識する前に疑問の声が口から出た(と言っていた)浩二さん。それに苦笑のようなものを浮かべた和彦は、そのまま話を続けたそうだ。


「うちの小学校は1年から6年までの縦割り活動が活発だったんですよ。その3年の時に沢木先輩と一緒の班になったんです。最初は俺、沢木先輩のことを見下してたんですよ。沢木先輩って運動が出来る人じゃないし、カリスマみたいなもんはないし、周りに埋没して見えたんです。それが縦割り班で飯ごう炊飯をした時に、うちの班のリーダーの男子が休んじゃって、もう一人の6年や5年が指示を出さなきゃいけないのに、オロオロするだけで役に立たなかったのを、4年である沢木先輩が指示を出してちゃんとできたんですよ。すんげー格好よかったなー」


その時のことを思いだしたのか、和彦は柔らかい顔をしていたそうだ。


「4年の時には同じ班になれなかったけど、クラス委員になったおかげで、委員会で顔を合わすことが出来たんだ。その時に『渡辺君も先生の指名かい』って、親しく話しかけてくれたりしてさ。本当に嬉しかったんだ。5年の時にもう一度同じ班になれた時には、奇跡が起こったと思ったくらいさ。沢木先輩は児童会長にはならなかったんだけど、これがさ、先生方が困るから会長にさせなかったんだぜ」


と、しばらくは和彦の『沢木先輩自慢』は続いたそうなの。そして、


「だけどさ、本当に納得がいかなくてさ。なんであんなに出来る人の妹が麻美なわけ? 麻美も小学校の頃はテストでいい点を取ってたんだぞ。一回俺負けてるし。なのに中学に入ったら、上位に入れないどころか、本当に真ん中の成績になってんの。普通すぎだろ。それにさ、公立に行ける頭があったのに、一番下位の私立高校を選んだりしてさ。確かに麻美が習いたいとこはそこにしかなかったけど、高校からそこに行くことはないのにさ。高校を出た後に専門学校に行ったってよかったのに。なんでわざわざ下に見られることをするのか、分かんないと思ったのさ」


憤まんやるかたないという感じに、和彦は言った。とか。


「だけど、沢木先輩は俺とは違う意見だったんだ。高校の時に少しの間、沢木家に通ったことがあってさ、その時に言われたんだ。『麻美はあれでかなり現実が見えているよ。僕よりよっぽど常識があるかもしれない。それに麻美はわかっていてわからないふりをしていることがあるからね。僕の妹なんて立場で自分を貫くことができているんだ。僕より大物になるかもしれないね』とさ」


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