233 私の誕生日 その5
浩二さんは安心させるように笑顔を見せました。
「麻美が不安に思うようなことは何もないんだよ。どちらかというと、勝手に嫉妬していろいろやらかしていた俺の独白だからさ」
苦笑いに変わったと思ったら、笑顔を引っ込めて真面目な顔になった浩二さん。
「二人だけで会った時に、麻美が困っているのは見て取れたんだ。あと、男慣れしていないのもわかったよ。一生懸命嫌われようとしているのも分かったけど、理由が思い至らなかったんだ。まさか彼氏がいるとは思わなかったから、母親が勝手に決めたことに反発しているのかと思っていた」
「えっと・・・ごめんなさい」
浩二さんと始めてあった時のことを思い出しながら、私は謝った。今となってはあの時は本当に失礼なことをしていたと思う。
「麻美が謝ることではないよ。今はお義母さんの親心だってわかっているからな。ただ、俺が余計なことをしたせいで、中野さんに不快な思いをさせてしまったけど」
頬を掻く仕草をしながら言う浩二さんに、何のことだろうと首を傾げながら、目線で続きを促した。
「最初に二人で会った後に、中野さんに頼んでそれとなく探りを入れてもらったんだ。お義母さんは隠し事が出来ない人だよね。中野さんの言葉に乗せられて、言わなくていいことまで話してしまったよ」
「それってまさか・・・」
「ああ。麻美に付き合っている人がいて、その人物のことを気に入らないから、見合い相手を探していたと言ったそうだよ。ああ、だけど、お義母さんだけが悪くないから。中野さんは本当に口がうまいんだ。だから成績もいいんだけどさ」
ということは二度目に会った時には、浩二さんは私の事情を知っていたことになるの?
目線で問えば頷かれた。
「中野さんはお義母さんに聞いた話を俺に聞かせてくれた後、こう言ったんだ。『向こうが隠していたのが悪いから、下平からどうどうと断れるぞ』と。だけど、俺はしばらく考えさせてほしいと言ったのさ。それは中野さんが聞いてきたお義母さんの話に気になるところがあったからだ。ご両親ともに相手の男のことを気に入っていないと言ったそうだ。それと一度も会っていないとも言っていたとも。そこがどうしても気になったんだ。そのまま幾日か経ったら、麻美から連絡が来ただろう。断るためだと解ったから、仕事中なのを口実に連絡先を聞いたんだ。そして、電話をかける時にはもう一度会おうと決めたんだよ」
「どうして」
「単純に気になっていたからさ。でも、俺は間違えてなかったと思ったよ」
浩二さんは思いだすように少し遠い目をした。
「二度目の時、迎えに行って支度がまだできてないのか、少し待たされただろう。姿を見せた麻美は、俺とお義父さんの姿を見て、泣きそうに顔を歪めていたよな。すぐに俯いて表情を隠したけど、それでお義母さんたちの彼の評価の意味がわかった気がしたよ。それに前に会った時より、麻美は痩せているのがわかったし。麻美が苦しんでいるのもよく解った。車に乗ってすぐに断ろうとしただろう。全部言わせずに、強引に美術館に連れて言ったけどな」
そうだった。私は二度目に浩二さんと会った時に、すぐに断ろうとしたっけ。でも、浩二さんは言わせてくれなくて、美術館へ行ったのだった。
「本当は無理やり連れて行ったから、麻美は楽しめないんじゃないかと思ったんだ。だけど前回の水族館同様、俺のことを忘れるくらい夢中になっていてさ。ああ、連れてきてよかったな~と、思ったよ。一時でもすべてを忘れて楽しんでくれたのなら、いいと思った。会話が無くても、夢中になっていろいろ見入っている麻美を見ているのは楽しかったし。そんな風に思っている自分に気がついたから、何も知らないふりで交際を申し込んだ。断られるのはわかっていたけど、麻美の口からはっきりと言われて、思った以上に落ち込んでしまったのには、自分でも驚いたよ。だけどそのあと、麻美は彼氏がいることを告白しただろう。それを言うとは思わなかったから、心底驚いた。それどころかその彼とはもう駄目で、別れるつもりだと言い出した。俺はその言葉を聞いて迷ったんだ」
あの時は泣きながら支離滅裂なことを言った覚えがある。私は山本さんと付き合うまで、他にお付き合いというものをしたことがなかったから、彼との付き合いが普通だと思っていた。それが浩二さんとの二度のデートで、漫画や小説で読んでいたみたいなデートに、これこそが普通のデートだと知ったような気がした。もちろん山本さんとのデートが全て普通じゃないとは思っていないけど、ほとんどが夜のドライブデートだったものね。
あれ? でも、これも普通だったのかしら? 会いたかったから山本さんと会っていたもの。
「だけど麻美は言っただろう。『俺と先に会えていれば』って。それで俺は決めた。麻美が彼氏と別れるのなら、俺がもらおうって。前にも言ったけど、麻美を苦しめた相手だから、その彼がすんなり別れを受け入れるとは思えなかった。だからついて行って、奪ってこようと思ったよ」




