231 私の誕生日 その3
お義兄さん夫婦の話で気分が少し和んだら、浩二さんが微笑んで言った。
「麻美からそういう話をしてくれるとは思わなかったよ」
「そう?」
「ああ。今まではなんていうのかな、まだ少し壁みたいなものを感じていたな。それが今日は遠慮が無くなったと感じたよ」
「それって図々しくなったということ?」
「麻美は全然図々しくないよ。それどころかもっと我が儘を言ってくれていいくらいだよ。そうじゃなくて、今までは具合が悪くても、我慢をするかそばに寄せ付けないかだったろう。それをちゃんと話してくれたじゃないか」
そうだったかしらと首を傾げながら思いだしてみる。・・・確かに風邪をうつしたくなくて、うちに来ることを拒んだ時があったわね。あの時はついでに薬の副作用でひどい目にあったのだった。うん、心配をかけたな~。
「えーと、その、心配をかけたくなかっただけで・・・」
「わかっているさ。でも具合が悪い時こそ、看病して甘やかしてあげたいじゃないか」
「そんなことないよ。浩二さんは十分に甘やかしてくれていると、思うけど?」
「いやいや、全然甘やかし足りないよ」
「そうかな~」
「そうだよ」
浩二さんと見つめ合う。なんかいい雰囲気だな~。と、のんきに思っていたら、浩二さんに手を握られた。
「言うのが遅くなったけど、麻美、誕生日おめでとう」
「ありがとう、浩二さん」
腰を浮かせた浩二さんの顔が近づいてきて、軽く触れるだけの口づけをしてすぐに離れていった。
なんだろう。気恥ずかしくて浩二さんの顔が見れないんだけど。うつむきがちに視線を落としていたら、浩二さんが動くのが見えた。私のそばにきたと思ったら、後ろから抱えられるように、抱きしめられた。くっついた背中がじんわりと温かくなってくる。
ああ~、なんか幸せかも。
そんなことを思っていたら、不意に千鶴の言葉が思い出された。
『いい、麻美。簡単に絆されるんじゃないわよ。今回はいい機会なんだからね。これからの家庭でのイニシアチブを取るためにも、強気でいきなさいよ。簡単に許しちゃだめよ!』
そうだった。つい、怒っていないかと気にする浩二さんに、怒っていないことを強調していたけど、そもそもの原因について話してないじゃない。
なので私は浩二さんに体を預けるようにして、浩二さんのことを振り仰いだ。浩二さんは私の行動に目を瞬いてみていたの。
「ねえ、浩二さん。私ね、聞きたいことがあるの」
「それは何かな」
浩二さんは何を言われるのかわかっているのか、若干頬が引きつったように見えた。
「なんで浩二さんは和彦の提案に乗ったの?」
見上げてみる浩二さんは困ったような顔をしている。これはあれかしら。千鶴の尋問で話したから、もう一度言う気はないということかしら。
「やっぱり浩二さんは、私が何に怒ったのか分かってないのね」
見上げるのをやめて俯いて、ついでとばかりに私のお腹の前で交差されている浩二さんの腕を、外そうとした。それに気がついた浩二さんが、腕に力を入れてきた。
「ごめん、麻美。考えてみたけど、判らなかった」
浩二さんが耳元に囁くように言ってきた。これってさ、やっぱずるいよね。浩二さんの低い囁き声って、私のツボなんだもの。これじゃあ、話にならないわ。
もう一度浩二さんの腕を外そうと、手をかけた。こんどはその手をつかまれてしまった。
「放してよ、浩二さん」
「やだ」
「やだ、じゃなくて。話ができないでしょ」
「このままでも話は出来る」
「もう!」
もう一度浩二さんに背中を押し付けるようにして、浩二さんの顔を見た。その表情に私は目をぱちくりと瞬いた。ふう~と息を吐き出すと、体を真直ぐになるように背筋を伸ばした。
「浩二さん、ちゃんと座ってくださいね」
浩二さんはしぶしぶという感じに離れて、右隣に座り直してくれた。その様子を見て、私はもう一度息を吐き出した。
私は勘違いをしていたみたいだ。浩二さんは私より3歳上だから、大人なんだと思っていた。無意識に浩二さんなら間違えたりしないと、思い込んでいたみたい。今までだって思い込みや勘違いをしてきていたのにね。結局は私とあまり変わらないじゃない。
私は息を吸い込むと、努めて優しい声を出すようにした。
「浩二さん、私ね、浩二さんって、もっと大人なんだと思っていたの。でも、浩二さんって時々子供っぽいところがあるわよね」
「それって・・・幻滅したかい」
「ううん。私と変わらないと思ったわ。でもね、ひどいじゃない。和彦とつるむなんて。いつの間にか仲良くなっていたようだし」
少し詰るように言ったら、浩二さんは背中を丸めてこたつに潜りこむようにした。
「それは・・・話してみたら、和彦君は案外いいやつだったから」
言い訳のように言ってきたことに、私の口元に苦笑が浮かんだ。
「まあ、そうなのだろうけどね。口が達者というか、うまいからねえ、和彦は。人をおだてるというか、乗せるのがうまいのよ」
「そうなんだよ。最初は警戒していたはずなんだけど、気がついたら懐に入りこまれていたというか。麻美が和彦君のことを嫌えない理由がわかった気がするよ。」
嘆息する浩二さんに、私は苦笑いで答えたのでした。




