227 パスポートを作りにいこう その1 *
さて、今日は平日です。あの日(土曜日)から4日経った火曜日です。つまり私の誕生日の日なんですよ。
今日は浩二さんとパスポートを作りに行くんです。
海外旅行なんて初めてですから、とっても楽しみです。
◇
その前に、土曜日のことを少し話しましょうか。私と父が軽トラックに乗って家を出て行く音で、浩二さんは目を覚ましたそうです。
和彦は・・・えー、脅しが効いたのか、あのあと眠ることは出来ずに、かといって一人で沢木家の面々と顔を合わすことが出来なかったらしく、布団の中で頭を抱えていたそうです。それで、浩二さんと共に顔を出したけど、母の無言の圧力に何も言えずに縮こまって朝食を食べ、私と父が戻ってくるのを待っていました。(千鶴談)
それで、父と私に平謝りしたのよね。とにかく克義おじさんには内緒にしてほしいと言ってました。父からもの問いたげな視線を寄越されたけど、知らないもん。まあ、父もおじさんに連絡するつもりは毛頭ないようすだったから、小言を言って終わりましたとさ。
一応私は和彦のことは許していません。和彦も許さなくていいと言ったからさ。千鶴が言うには、仲間内で修二共々とっちめることが決まっているそうだしね。
あと、浩二さんと私は・・・浩二さんがすんごく気まずい顔をしていました。洗面所のところでのことを、覚えていたみたいね。なので、浩二さんには「火曜日までは口を利きたくないです」と言いました。・・・ということで、肩を落として帰って行ったのよね。
あっ、もちろん浩二さんは和彦を送っていったわよ。千鶴も送ると言ったけど、千鶴の方が嫌がりました。
そうそう、和彦が帰り際に9センチ四方くらいの立方体の箱をくれたのよ。もちろん包装されてリボンもかけてあったから、どうやら誕生日プレゼントだったみたい。それを私に渡すと、浩二さんを急かして帰っていったわ。
二人を見送って開けてみたら箱の中から出てきたのは、4センチくらいのクリスタルのフクロウ。
「これ、知っているわ。ビーズで有名なスワロフスキークリスタルのものでしょう。高かったはずよ、これ」
千鶴が見惚れながら言いました。
「いくらぐらいなの」
「えーと、確かね、最低で5千円くらいだったと思うのね。そうねえ、ちょっと待って」
そう言って千鶴は付いていた説明書? を、手に取ってページを捲った。
「ほら、見て。ここに写真があるでしょう。一番有名なのはスワンだけど、他にもこの建物や動物たちもあるのよ。それで、このフクロウは、見て! 写真にあるものと違うでしょう。私の勘違いでなければ、ニューバージョンだと思うのよ。う~ん、そうねえ、新商品だということを考えたら7~8千円くらいはするかしら。もしくは1万円はいくかも?」
そばで見ていた父と母がぎょっとしたような顔をした。私だって、引きつった顔をしていると思うの。
「そんな高額な物はいらないよ~。返す」
「やめときなさい、麻美。もらっておいていいと思うわよ。ふ~ん、和彦も本当は反省していたみたいじゃない。うん、あいつも麻美の幸せを願っていたのね」
「どういうこと?」
千鶴の言い方だと、何か意味があるみたいだった。
「あら。物知りの麻美が知らないの。フクロウのあれこれ」
「うん、知らない」
「フクロウって『不苦労』または『福老』に通じるとして、縁起物にされているのよ。あと、『森の賢者』って言われているわよね。確か、どこかの神話で女神の使いとして知恵の精霊として扱われていたはずね。それから夜目が効くことから見通しがいい事の象徴として、金運の象徴でもあったわね。そういう良いことづくめのフクロウを贈るくらいよ。麻美に対して、他意はなかったってことよね」
「えーと、神話・・・女神? 森の賢者はわかるけど、女神様の方は知らないよ。そっかー、お祝いにくれたんだ~。・・・ん? ねえ、もしかして、結婚祝いも兼ねているの、これ」
「たぶんそうでしょう。だから、気にせずもらっておきなさいね」
「うん、そうする」
私は頷きながら言ったのよ。この後、千鶴は一緒にお昼を食べてから、私がマンションまで送っていきました。
◇
それで、ただいま浩二さんの車の助手席に座っているのだけど、気まずいままなのよね。私を迎えにきて親に挨拶をしたあと、二人で家を出た。車に乗り込んでから、会話が成り立たないのよ。
原因は私なんだよね。浩二さんが話しかけにくい雰囲気を、出しているのだろうなとは思うのよ。でも、こればかりは仕方がないんだよ。
信号で止まった時に、浩二さんが私の方を見てきた。それからボソリと言った。
「具合が悪いみたいだから、今日行くのはやめるか」
私は勢いよく浩二さんの方を向いた。浩二さんと一瞬視線が合ったけど、すぐに前を向いてしまった。
「えっ、今日パスポートを作りに行かないと、また改めて休みを取らないとならないでしょう。そうしたら日が無くなるじゃない。パスポートが出来上がらなかったら、新婚旅行に行けなくなるでしょう」
私がそう言ったら、浩二さんは目に見えてホッとした顔をした。
「よかった。麻美は俺と結婚してくれるつもりなんだな」
「当たり前でしょう。……というか、なんでそんな風に思うわけ」
「……土曜日に怒っていて、(香滝さんに)話もさせてもらえなかっただろう。今日だって、あった時に嬉しそうじゃなかったし。というより不機嫌だったから、まだ怒っているのかと思ったよ。それにしては顔色が悪い気がするけど……」




